第38話
***
薄紫のドレスが良く似合うマリッカはラクトリン伯爵家の令嬢だ。ラクトリン伯爵の領地はラベンダー栽培が盛んで、ラクトリン伯爵家に赴くといつもラベンダーの優しい香りがふわっと香る。
「レイチェル! 本当にびっくりしたんだから、アンタって子は!」
開口一番、小言と共にぎゅっと抱き締められる。
「そんな大冒険するなら私も呼んでよ! 見たかったわ。レイチェルが離宮に押しかけて初恋のお相手に求婚するところ!」
「勘弁してちょうだい……」
レイチェルは苦笑いを浮かべた、世間的にはレイチェルとヴェンディグは幼き日の初恋を実らせた大恋愛の主人公達なのだ。
「ふむ。しかし、公爵様はアンタを大切にしてくれているみたいね」
レイチェルの格好を眺めて、マリッカはふんふん頷いた。
離宮に住み着いてからは、レイチェルは畏れ多くも王妃が仕立ててくださった最新のドレスに身を包んでいる。かつての地味で渋い色の古着ばかり着ていたレイチェルとは比べるべくもなく美しくなっている。
「恋する乙女は美しくなるという奴かしら?」
「ドレスが美しいだけよ。私には勿体ない気もするのよね」
「なーに言ってんのよ! アンタはもともと顔は美しいのよ、顔は」
「何か引っかかる言い方ね? 顔以外は?」
「おほほ! そんなこと私の口からは言えませんわ!」
軽口を叩き合って、親友同士はころころ笑った。
ひとしきり冗談を言い合ったあとは、庭を眺めながらお茶を飲んだ。ヴェンディグとのお茶の時間よりは砕けた楽な気分で茶を飲みながら、レイチェルはぽつぽつと離宮に押しかける前にアーカシュア侯爵家で何があったかを話した。既に手紙で簡単に説明はしてあったが、詳しく話すとマリッカは舌打ちした。
「アンタの家族ではあるけれど、最低と言わせてもらうわね」
「いいわよ。私も散々思ったから」
レイチェルはふうと息を吐いた。マリッカは怒りをぶつけるようにがじがじとクッキーを噛み砕いた。
「リネットはぱったりとお茶会に出なくなったわよ。まあ、出ても爪弾きでしょうけどね」
「あの子は社交をなんだと思っているのかしら……」
レイチェルが家を出た以上、アーカシュア侯爵家を継ぐのはリネットになるのだが、実務はパーシバルがこなすにしても社交すら出来ないのではまずい。
「あの子、今まではお茶会でもなんでもレイチェルにべったりだったものね」
マリッカが冷笑を浮かべた。レイチェルにも心当たりはある。リネットはいつも人前に出る時にはレイチェルの後ろに隠れるように引っ付いていたのだ。レイチェルが何度「お友達を作ってきなさい」と言っても姉の後ろに隠れるのをやめなかった。
「幼い頃は人見知りだから仕方がないと思っていたけれど……」
レイチェルは溜め息を吐いた。
「侯爵夫妻も、今までもレイチェルへの仕打ちで評判が悪かったけれど、今はもっと忌み嫌われているわよ。罪状に「娘をモルガン侯爵に売ろうとしたけれど気が変わって生贄公爵に差し出した」が加わったからね」
大恋愛説を信じずに、侯爵令嬢は人身御供にされた説を唱える一派もいるのだとマリッカに教えられ、レイチェルはかくりと項垂れた。
「大恋愛説を支持する人達はそのきっかけとなった婚約解消を大目に見てくれているけれどね。そうじゃなかったらきっともっとリネットやパーシバル様の悪評が立っていたわ。レイチェルが公爵様に押しかけ求婚したおかげであの二人は首の皮一枚で繋がっているのよ」
ある意味、レイチェルの「一途な初恋成就」が彼らの立場を救っていると言える。
「まあ、彼らの自業自得だから、レイチェルは気にすることないわよ」
「ええ。気にはしていないわ」
レイチェルは気を取り直してお茶を口に含んだ。
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