第5話

***


 国王は困惑気味だった。


「……カーリントン公爵がそなたと婚約を結ぶ約束をしたと言うのだが、これは真実か?」


 侯爵令嬢が離宮へ押しかけてきたと報告を受けて、どうするべきかと思案していたら今度は離宮から「その令嬢と婚約したい」と報告が来た。急転直下の事態に国王も王妃も頭がついていかずぼんやりとしている。

 謁見の間に呼び出されたアーカシュア侯爵夫妻とモルガン侯爵も、事態を把握できずに困惑の表情を浮かべている。

 その中で、レイチェルだけが覚悟を決めた表情で立っていた。


「はい」


 レイチェルは答えた。

 嘘ではない。両親を説得することが出来れば婚約してくれると、


「約束しました」


 国王は困ったように眉根を寄せた。


「カーリントン公爵が言うには……公の身が呪いを受ける前、王宮で開かれた茶会で出会ったレイチェル嬢と恋に落ち将来を約束したが、その後、公は呪いで倒れてしまい、身を引き裂かれる想いをしながらもレイチェル嬢への想いを断ち切ろうとした。だが、レイチェル嬢が婚約者に心変わりされ、意に染まぬ結婚を強いられそうになっていることを知り、レイチェル嬢の気持ちがあの頃と変わっていないのならば幼き日の約束を守りたいということだが」


 レイチェルは噴き出しそうになった。

 国王を納得させる必要があるとはいえ、なんという脚色を施してくれるのだ。

 出来の悪い恋愛小説のようで、レイチェルは恥ずかしくなって顔を伏せた。


「呪いを受ける前ならば公は八歳、レイチェル嬢は四、五歳じゃろう。出会ってすぐに将来を誓い合ったと申すか」

「恥ずかしながら……一目惚れでございました」


 無理があるだろうと思いつつも、レイチェルとしてはヴェンディグが作ってくれた設定に乗るしかない。疑わしげな国王に向かって真摯に訴えた。


「公爵閣下との結婚をお認めいただけないのであれば、せめて閣下のお側に仕えさせていただきたく存じます」

「何を言うの、レイチェル!」


 レイチェルの落ち着いた声に金切り声が被さった。


「申し訳ありません、陛下。我が娘は気に入らないことがあると意地になる性格でして。まさか、公爵閣下にまで迷惑をかけるとは……お詫びの申し上げようもありませぬ」


 レイチェルの父が国王へ頭を垂れ、母はレイチェルに歩み寄ってきて手首を掴もうとしてきた。

 レイチェルはそれを避けて、警戒を露わに身構えた。連れ戻されてたまるかという意思表示だ。


「娘が何を申したか知りませぬが、相手にする必要がございません。第一、レイチェルはここにいらっしゃるモルガン侯爵に嫁ぐことが決まっております」

「そうですな。明日にもレイチェル嬢を我が家に迎えようとしていたところです」


 モルガン侯爵が髭を撫でながら言った。ちらりと視線を向けてレイチェルを舐め回すように見てくる。

 レイチェルはぞっとした。そうして、両親が何故レイチェルの嫁ぎ先にモルガン侯爵を選んだのか、わかったような気がした。

 噂通りならば妻を手酷く扱うであろうモルガン侯爵にレイチェルを差し出して、レイチェルが二度と生意気な態度を取れないように屈服させたかったのだろう。


 どうしてそこまで、レイチェルを「従順な娘」にしたがるのか、どうしてそこまで、実の娘を貶めてでも優位に立ちたがるのか。

 レイチェルにはわからないし、今となってはわかる必要もないと思っている。


「陛下。私は公爵閣下に懐剣を捧げました」


 レイチェルが顔を上げると、誰もがぎょっとしてレイチェルを見た。


「懐剣を……」


 国王が呻いた。貴族令嬢にとっての懐剣の意味は誰もが理解している。


「どうしてそんな馬鹿なことをっ!!」


 レイチェルの母がおろおろしながら叫んだ。


「ほう」


 その時、謁見の間に低い声が響いた。

 かつかつ、と、靴音が響く。


「私に懐剣を捧げることは、そんなに馬鹿なことだろうか」


 不敵な笑みを浮かべて、ヴェンディグが謁見の間に姿を現した。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る