21. 吐いちまえよ~、かつ丼食いたいだろ~?


「えっ、どうしたの、急に」


 周囲の視線を全く気にしていない様子の月代くんが、淡々とした口調で小さく口を動かす。まだ少し動悸が収まっていなかった私は、「いや、さ」とボソボソこもった声を洩らしながら、上目遣いで彼の顔を窺った。


「私、付き合うならやっぱ、ちゃんと付き合いたいと思ってさ。好きでもない相手のカノジョをやるの、なんか気持ち悪いんだよね。だから私、月代くんのコトをちゃんと知ろうって、ちゃんと好きになろうって、そう思ったの」


 私は、私の素直な気持ちを率直に彼に伝えたつもりだ。ありのままを伝えすぎて若干恥ずかしくなったので、私は照れをごまかすように眼前のハンバーガーにガブリかみついた。

 ……ちなみに私はチーズバーガーとポテトとコーラを注文しており、月代くんはアイスティーだけ。――フツウ男女逆だろ――、というツッコミは、許可しませんっ。


 月代くんは窓の外に目を移しながら、「別に、付き合ってくれさえすれば、僕はどっちでもいいけど」と意味深な言葉を洩らした。少しだけ口元が緩んだ彼の表情は、困っているようにも、少しだけ嬉しそうにも見える。ほぼ丸呑みの要領でハンバーガーを胃の中に流し込んだ私は、自身のスクールバッグから一冊のノートを取り出し、テーブルの上に広げ始めた。


「でね、私、五時間目と六時間目の授業中、月代くんへの質問ノートを作ってたんだ」

「……小太刀さん、授業はちゃんと聞かないとダメだよ」

「うるさいな、数学と科学はいつも大体寝てるんだから、どっちにしろだよ」


 母親のような小言を宣う月代くんだったが、呆れたように笑う彼の表情は存外愉し気だ。私はというと、「じゃあ、月代くんへのインタビューを開始します」と、意気揚々に口を開く。


「一つ目の質問、家族構成は?」

「一人っ子だよ。両親は共働きだから、家には一人でいるコトが多いかな」

「あ、そうなんだ。私も母子家庭でお母さんが仕事でよく遅くなるから、境遇似てるかも……。二つ目の質問、月代くんって、どこに住んでいるの? 電車通いなのはなんとなく知っているけど」

「僕んち、ココからだとかなり遠いよ。ほとんど千葉に近くて、一時間以上かかるんだ」

「えっ、ココから千葉って……、東京二十三区を横断してるじゃん。私は徒歩だし、そもそも電車通学ってしたコトないから、考えられないわ」

「まぁでも、同じ電車にひたすら乗っているだけだから、案外楽だよ。本読んだり、ラジオ聴いたり、好きに過ごせるから」

「ふーん、住めば都、慣れればグリーン車ってやつかな。……次の質問いくね。好きな食べ物は何ですか?」

「何だろう、あんまり考えたコト、ないな」

「この質問に即答できないの、地球上で月代くんだけだと思うよ。早く答えないと、デコピンするから」

「……えっ、ペナルティあるの? え~っと……、か、かつおぶしとか――」

「――かつおぶし!? 回答がトリッキーすぎるわっ!? こういう時は誰しもがメイン料理答えるだろっ!?」

「えっ、そうなの? ……っていうか小太刀さん、なんかツッコミ慣れしてない?」

「そ、そんなコトないっつーの。……ええと、次の質問――」



 私と月代くんの初の放課後デート、二人の会話は私が思っていたよりも自然に進んでいった。私が事前に用意していた質問ノートには全部で二十題の問いが用意されていたのだが、実際消化されたのは半分くらい。何故なら、質問文がきっかけとなって別の話題に派生し、会話がどんどん脱線していったから。ありていに言うと、私は月代くんとのおしゃべりを楽しめていた。


 ……なんだよ月代蒼汰、フツウに喋れるじゃん。ちょっとズレてるところがあるけど、それはそれでおもろいし。……なんで私、月代くんとの登校時間を苦痛に感じていたんだろう。


『それは、アカネが月代さんのコトを知ろうとしていないからですよ』


 記憶の中のヤエの台詞が、私の心の声に返事を返した。

 ……ヤエ、どうやら、アンタの言う通りみたいだね。

 私は、月代くんなんて何を考えているかわからないし、彼と和やかな談笑なんてできるワケないと決めつけていた。

 ……でも、それは私の大きな誤解で、月代くんが私に心を開いてないんじゃなくて、私の方が、月代くんを拒絶していたんだ。



「――どうしたの?」


 一瞬だけ意識が飛んでいた私はハッとなり、急にフリーズした私の顔面を月代くんがいつものきょとん顔で眺めていた。「ゴメンゴメン、ちょっと今日の晩御飯のコト考えていて」と私が下手な言い訳をかますと、「さっきハンバーガー食べたばかりのに、もう晩御飯のコト考えているの?」と月代くんが柔らかく笑う。チラリ店内の掛け時計に目を向けると、既に一時間近く経過していた。


「そうだ、コレだけは聞いとかなきゃ。月代くんって、趣味あるの? 好きなコトというか、普段、何してるのかなって。部活もやってないワケだし」

「……趣味か、趣味はねぇ――」


 相変わらず月代くんの声は覇気がない。彼はとぼけた顔でポリポリと頬なんぞ掻いており――、しかし彼の微妙な表情の変化を私は見逃さなかった。


 さきほどの好きな食べ物を聞いたくだりでは、私の質問に対して彼は本気で回答を絞り出している様相だったが、今の月代くんは、確固たる答えが頭に浮かんでいるのにも関わらず、それを言うのを躊躇しているように見えたんだ。私は追及の手を緩めない。


「何? 月代くん、人に言えないような趣味があるの? 大丈夫だよ、例えエロサイト巡りだったとしても、私はちょっとしか引かないよ」

「……ちょっとは引くんじゃん。っていうかそういうのじゃないから。やめてよ」


 月代くんが少しムッとした顔になって、そっぽを向く。

 ……えっ、あの月代くんが……、拗ねた? ナニコレ、おもろっ――

 私は一人で、テンションが上がってきた。


「いいじゃんかよ~、減るもんじゃないし。吐いちまえよ~、かつ丼食いたいだろ~?」


 ニマニマと口角を吊り上げながら身を乗り出す私に対して、月代くんは白旗を上げるようにタメ息を吐く。「……別に、隠したいワケじゃないんだけどさ」と意味ありげな前置きと共に彼が私に細い目を向けた。「何? 何?」と私はワクワクが止まらない。


「僕、お笑い……、とか、好きなんだよね」

「……へっ?」



 世界が止まった気がした。

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