19. あ、これ『探偵モード』入ったな
「いや、そんなにつらいなら、月代さんと別れればいいじゃないですか。それで、全部丸ごと解決じゃないですか。アカネ、別に好きで付き合ってるワケじゃないんでしょう?」
「……それができたら、苦労しないっつーの……」
「はぁっ?」
ヤエは首を斜め四十五度に傾けながら顔をしかめている。彼女の頭上にクエスチョンマークが舞うのは当然だった。だってヤエは、私が月代くんに『私の秘密』を握られている事実を知らないんだから。……でも私はとにかく限界だった。この状況を打破できるアイディアが欲しかった。
ムクリと起き上がった私は、核心には触れない形で「自分は月代くんと別れるワケにはいかない」という事情をヤエに説明した。ヤエの顔は納得がいっているようには見えなかったが、他人の胸中をあまり深掘りしない彼女の性格からか、「……まぁ、深くは聞きませんけど」と渋々了解してくれたようだ。
「つまり、月代さんとの恋人関係は持続させながらも、前までのような平和な日常を取り戻したい――、というのがアカネの望みなんですよね」
「そう! そうです! ザッツライト!」
親友のものわかりの良さに、テンションの上がった私は思わず指をパチンと鳴らしながら大声をあげる。ヤエはやれやれと、呆れたように肩をすくめていた。
「今アカネが抱えている悩みのタネ、『時間が勝手に解決してくれる問題』もあれば、『アカネ自身の意識を変える必要がある問題』もありますね」
「……どゆコト?」
ヤエが後ろ髪をくるくると指で弄びながら、斜め下に視線を落とし始める。
……あ、これ『探偵モード』入ったな。
「まずですね、週刊誌さながらアカネに詰めかけているヤジ馬女子の一団は……、来週には姿を見せなくなると思います。彼女らは、ただ騒ぎたいだけですからね。別のゴシップを見つけたらそっちに飛びつきますよ。……あと、水野くんに振られたコトでアカネに逆恨みをしているイケ女軍団ですが、こっちもたぶん、アカネから別にターゲットを変えると私は踏んでいます」
柴崎探偵は、問題その一に対して早々に『解決済』のハンコを押した。問題その二についても流れでハンコを押そうとしていた彼女の手を、私は慌てて掴む。
「ちょ、それは、なんで?」
「……コレはたまたまなんですけどね。さっきトイレに行ったとき、うちのクラスの女子たちが雑談をしていて、有力情報が耳に入ったんですよ」
ヤエはなおも後ろ髪を指で触れながら、チラリと横目を私に向ける。彼女の口角が嫌らしく吊り上がった。
「アカネが振った水野くんですが、最近カノジョができたんですって。なんと相手は、私のコトを彫刻刀で殺しかけたあの能天気女だとか。今後標的になるのはアカネではなく、あの女ですよ」
「……えっ、マジで?」
ヤエが不敵に笑いながらコクンと首を縦に振る。私は絶妙に微妙な心境になっていた。
……いや別に、水野くんに未練があるワケではないけど、私に告ってきた時の彼の真剣な表情を思い出すと、私としてはさ、……次にいくの早すぎない? と思わなくもないのである。
しかし私の疑問を見透かすかのように、柴崎探偵が彼の行動ロジックをひも解きはじめた。
「水野くんは、学内ヒエラルキートップに君臨するネアカの化身ですからね。モブキャラのアカネに振られたという事実だけでも彼の地位を脅かす理由となりえるのに、さらにそのアカネが陰キャ代表みたいな月代さんと付き合い始めたワケですから。彼としては、早々に彼女でも作らないとメンツが保てない事情があるんでしょう。……まぁ、そこにつけこんだ能天気女が強引に水野くんに迫った、という線かもしれませんけどね。……あーやだやだ、くだらない」
自分で言っておきながら、ヤエはさぶいぼをさするかのような所作で身震いしていた。……ちなみに私はというと、ヤエに勝手にモブキャラ認定された事案に多少イラついてはいるものの、まぁ自分でも認めている事実でもあるので、すんでで留飲を呑むことにしてやった。柴崎探偵は仕切り直すようにコホンと咳払いをするや否や、推理を締めくくるように私の顔をまっすぐと見つめ始める。
「月代さんの隠れファンである陰キャ女子たちは、ぶっちゃけ放置で問題ないでしょう。彼女たちが表立って何かをしでかすとは思えませんし、よしんば彼女らが丑の刻参りを実行したところで、素人がかける呪いなんて、失敗して自らに跳ね返ってくるのが関の山ですから」
「……いや、さすがにそんなコトしないでしょ。っていうか、それはそれで怖いんですけど」
「で、最後の問題、アカネが月代くんと過ごす時間を苦痛に感じているという件ですけど――、こればっかりは、あなた自身が意識を変えるほかありません」
ヤエは淡々と言い放った。言い放たれた私は、……まぁ、デスヨネ。と頭を垂れるくらいしかやりようがない。恋愛が起因する悩みなんて、所詮、当人らが抱える問題でしかなく、他人に解決してもらおうという姿勢がまず間違っているのだ。……恋愛経験少ない私が言うのも、なんだけどさ。
ふぅっ、と陰鬱を吐き出した私だったが、しかしヤエの言い方に引っかかりを覚えていた。「ねぇ」と私が彼女の方に目を向けると、私たちの視線が再び交じわる。
「『私自身の意識を変える』って、どういうコト?」
ヤエがキョトンと、心底不思議そうな顔を見せた。
彼女はさも当たり前のようなトーンで、世間話を振るように言った。
「アカネが、月代さんを好きになればいいんですよ。『恋愛しない宣言』とかいう、中二病みたいなコト言うのをやめて」
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