ハロワの邪神窓口は、オッサンに異世界短期就労を斡旋する。
桂木K
第1話 ハロワ窓口の有無さん
このご時世、仕事が無くなるのは世の常とも思ってたが、自分に降りかかってくると、そうも言っていられない。
ともあれ、仕事を探すにも先ずは登録をと思って、地元のハロワにやって来たのだが。
「はい、次の方どういった御用件ですか」
入り口すぐの、受付案内の方が、にこやかに問いかけてくる。
「何かしら登録が必要だと聞いてきたんですが。
先ずはそこから、教えて頂ければと」
私は年下らしき受付の女性に、なんとも言えない気まずさを感じながら、そう伝えた。
「畏まりました。
初めてのご利用の方ですね。
必要書類等についてはご存じですか」
「その辺りも併せて伺いたいです」
「では、1番の相談窓口前でお待ち下さい」
私は受付の女性から、ラミネートの手作りっぽい1番と書かれたチケットと、レシートに印刷された番号札を渡され、促された1番窓口前の待合席に座って待つ。
やはり私と同じく、他にも仕事を無くした人が多いのか、待合の椅子は大分埋まっていた。
それから暫く待って、番号札の呼び出しがあった。
1番窓口の、空いているカウンターに進んで、番号札とチケットを渡す。
私の番号札とチケットを受け取った方は、20代後半くらいの女性の方で、名札には「有無 逆音」と在った。
「手続きのご説明ですね。 どうぞ、お座り下さい」
「宜しくお願い致します」
着席を促され、私は椅子に腰を下ろしたが、何やら奇妙な感覚を覚えた。
それは、担当の有無さんの表情だろうか。
奇妙な引きつり笑いというか、私の顔を見て興味深げというか、面白がっているような。
私の考えすぎなのかも知れないが、この場には似つかわしくない表情だと思った。
そんな思いが顔に現れていたのか、有無さんはしまったというような顔で、自分の頬をぺちんと叩いた。
「ああ、すみません。
えーと、平さん。 平 常生さん。
貴方が随分と面白い相をしていらっしゃるので、つい見入ってしまいました」
「相……ですか?」
「ええ、趣味で観相等を少し。
平さんは中々に珍しい相をされているのですよ。
俗にいう治世の能臣乱世の奸雄とまではいきませんが、
治に在っても乱に在っても変わらずという面相をしておられます」
「流石にそんなに大層な物では」
「いやいや、私のコレはなかなか当たるんです。
きっと平さんは、ビックリするようなトラブルに在っても、冷静に対処できる方だと思います」
なんだか、偉く褒めてくるようだが、この人は凄く苦手に感じる。
有無さんは、そんな私の顔を見やりつつ、うむうむと何度か頷くと、何かを決めたようにポンと両の手を合わせた。
「そうですね。
これも何かのめぐり合わせかも知れないですね。
一つ相談なのですが、私の斡旋する仕事を受けてみませんか。
平さんならきっと大丈夫だと思うんです」
「いえ、あの、できれば普通の仕事を紹介いただければ」
私は何やら有無さんの表情が一瞬、遊び半分で虫の羽根を引きちぎって笑う、無邪気で残酷な子供のように見えた。
ハッとして見直すと、そんな印象は何処へやら、ニコニコした顔をしていた。
しかし、ほんの一瞬の印象。
それがとても嫌な予感に思えてしまい、やんわりと断りつつ普通の仕事の紹介をお願いした。
「いえいえ、誰かに迷惑を掛けるような物ではないですし、平さんにもメリットがある話です。
多少、馴染みの無い体験をするかもしれませんが、平さんに危険はありませんし、上手く行かなかったとしても損はありません。
むろん、上手く行けば大きなメリットがあります。
絶対に平さんの、これからにプラスになる筈です」
有無さんは、笑顔のまま凄い勢いで押して来たが、その笑顔はなんだか貼り付けた仮面のようにも感じられた。
ただ、その言葉に嘘が無いのは、なぜだか間違いないと感じられた。
そして、断ったとしても、結局関わる事になる……逃げられないとも感じてしまった。
「それじゃあ、先ずはお話だけ……でも宜しいですか」
私が渋々と、そう言葉を絞り出すと、有無さんが準備していただろう書類を取り出すと、無言で私の前にすいと差し出して来た。
私が其れをに目をやった瞬間、視界の端で有無さんの、貼り付けた様な物ではなく、本当に嬉しそうで不気味な程の、満面の笑みが見えた気がした。
そして、私はその書類から目が離せなかった。
なにやら、頭の奥がチリチリとする透かし模様の入った書類。
頭の何処かで逆らおうとしているのに出来ず、私は気付いた時には右手にボールペンを握り、私の名前を書き込んでしまっていた。
有無さんは、その書類を手に取り、私へと満足げに頷いた。
「では平様、行ってらっしゃいませ」
「さて、次の方どうぞ」
その席は、何時の間にか空きになっていた。
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