ゴジアオイ

@mikotofumino

第1話

妻が失踪した。


 その日、勤め先から早めに帰っている途中、小学4年生の娘のアオイから連絡が入った。


「ママが帰ったらいない。まだ、帰ってこない。お腹すいた」


 今は、6時半だ。混んでいる電車の中で、携帯の画面を見つめる。


なんだ?珍しいな。


 俺は娘に返信する。いまは帰宅途中の電車でもうすぐ帰ること、帰りでなにか買っていくから、何が食べたいか、聞いてみる。


「ドリア食べたい」


 妻のユリが冬によくつくるやつだ。コンビニで見たことはあるが、スーパーにあったか、と最寄りの店で買うものの算段をつけ、電車を降りる。


 結婚11年目。ユリは在宅でフリーのデザイナーをし、俺は企業向け精密機械の販売会社の営業だ。二人の収入でもうひとりなんとかなるか、と話しているところだが、なかなか二人目ができない。


「ただいま」

「おかえりなさ~い、パパ!ご飯は!?」


賃貸マンションの玄関を開けると、アオイが走り寄ってきた。よっぽど腹が減っていたらしく、俺の手にあるスーパーの袋を両手で持とうとする。


「重いから。テーブルにあげるよ」


俺は袋をリビングの台にあげ、中身を出す。


「やった!ドリアだ。冷凍で5分?」

「トマトもあるから、食べるんだぞ」

「ええ~……」


 好物があれば、苦手な野菜もなんとか食べるだろう。俺は急いでスーツを脱いで部屋着に着替える。キッチンへ行くと、アオイがお湯をポットでわかしている。


「ママから連絡入った?」

「まだ」


 俺の携帯から電話をしても、出ない。そうこうするうちに電子レンジが音を出す。アオイがほくほく顔でいだだきま~す、と言う前に小皿のトマトを出す。うへ、という顔を見ながら俺は自分の冷凍ピザをレンジに入れる。


 いま、8時半だ。


 二人で夕飯をたいらげ、皿を食洗機につっこみ、娘に風呂にはいるよう促す。ユリからの連絡はない。たいていユリは家で仕事をするか、買い物にいくくらいの外出しかしない。


 10時を過ぎると俺は不安になって、ユリとの共通の友人に連絡をとってみるが、誰も知らない、という返事だ。


 おかしい。こんなこと、初めてだ。


 ユリは几帳面で、出かけて遅くなるときは必ず連絡する女だ。俺は事故や事件にまきこまれたかも、と思い警察に電話する。


「事件ですか、事故ですか。何がありましたか?」


電話の向こうの女性が聞いてくる。俺はあせる。こういうときはどう言えばいいんだ?


「あの、事件かなにかに巻き込まれたかもしれない、妻が帰ってこないんです」

「奥さんが?いつからですか?」

「今日の朝はいました。娘が帰る6時にはたいてい、うちにいるんですが、まだ帰ってこなくて……」


 女性の声のトーンが落ちる。俺は妻の年齢や特徴、いまの状況を聞かれるまま説明する。該当するような人物の事故情報があれば連絡をたのむ。


 「ママ、どうしたんだろう……」


 さすがにアオイも不安げにする。俺はアオイに寝るように言う。


 翌朝になってもユリは帰って来ず、俺はアオイを学校に送り出した後、会社に遅れる旨を連絡し、警察に向かう。


 ……なにか事件に巻き込まれたかもしれない。


 そう思って行方不明者として相談しようとしたが、「成人が一日帰らないくらいで受理できない」と、追い返される。


 その日も、ユリは戻ってこなかった。



※他サイトにも投稿しています(note、小説を読もう、エブリスタ、アルファポリス、pixiv、ノベルアップ、ノベリズム、魔法のiランド、ツギクル)

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