幼馴染が俺の布団の中に潜り込んで出ようとしない話

月之影心

幼馴染が俺の布団の中に潜り込んで出ようとしない話

 ここは俺、綾川あやがわ慎之介しんのすけの住む家の俺の部屋。

 俺は一人っ子……つまり家には、平日は夕方以降、両親のどちらかが帰宅するまでは俺だけしか居ない。




 のだが……




「おい。」

「ん?あ、おかえり。遅かったね。」

「あぁ、帰りに買い物してきたk……じゃなくて何でオマエが居るんだ?」

「何でって……野暮な事聞くなよぉ。私のモノは私のモノ、キミのモノは私のモノ……でしょ?」

「オマエは青いタヌキの出て来る漫画のガキ大将か。」

「タヌキじゃないぞ!あれはネコ!ネコ型ロボット!それにガキ大将的な台詞だけ引っこ抜いてジャ○アンをディスるのヤメロよな。」


 何だかよく分からない議論に発展しそうだ。

 今、俺のベッドに潜り込んで布団から首だけ出しているのは、隣の家に住む幼馴染の多度津たどつ美彩みさ

 誰もが振り返る美貌とスタイルで学校一モテる女子高生なのだが、付き合いが長いせいか、俺は美彩をそういう目で見た事が無いのでよく分からない。


「あれは『お前のモノも自分のモノのように大事にする。』ってジャ○アンの男気溢れる意味が含まれてるんだぞ。」


 何かドヤ顔で言ってる。


「それとオマエが俺の部屋の、しかも俺の布団に潜り込んでるのと何の関係があるって言うんだ?」

「あぁ~あったけぇ~。」

「聞けや。」


 美彩は布団の中でごそごそと動きながら更に布団の中へ潜って目から上だけを出した状態で目を閉じている。


「何でもいいから取り敢えず出て行け。」

「そんな言い方無いだろぉ?あ~そうか。私が居なくなった部屋でやらしい事するつもりなんだろう?」

「するか!着替えて宿題するだけだ。」

「おっ!?優等生発言いただきましたぁ!後で見せてね。」

「自分でやれ!」


 そう言って美彩が部屋を出ていった事など今まで無いので、俺は気にせず上着を脱いで着替え始めた。


「相変わらずエエ体してますなぁ。」


 上半身裸になったところで美彩が妙なイントネーションで言った。

 まぁこれも毎度の事なので気にしない。

 Tシャツを着てズボンを脱ぐ時、ちらっと美彩の方を見たが、美彩は布団の温もりを堪能するような表情で目を閉じていた。

 下はスウェットを履いて完全に部屋着になった俺は、鞄から教科書やらノートやらを引っ張り出して机の上に置き、宿題を始める為に椅子に座った。


 小一時間経過。

 だいぶ宿題は片付いてきたが、相変わらず美彩は布団に潜り込んだまま、時々俺に話し掛けはするものの、出て行こうとする雰囲気すら無い。


「いつまで布団に潜ってるつもりだ?」

「慎之介の宿題が終わるまで……かな?」

「何で疑問形なんだよ?」

「いや……何でも……無いよ……」


 妙に歯切れの悪い言い方をする。

 いつもならこのタイミングで『分かったよ。帰ればいいんでしょ?』とか拗ねた振りをして帰るのだが、今日はそんな素振りも見せない。


「早く帰って宿題しないと睡眠時間が減るぞ。」

「わ、分かってるよ……分かってるけどそんな冷たく言わなくてもいいだろぉ?」

「はいはい、すまんすまん。……っと出来た。」


 俺は出来上がった宿題を鞄に詰め込むと、椅子から立ち上がって美彩の方を向いた。

 美彩は何だかおどおどした目で俺を布団の中から見上げていた。


「お、お疲れさん。」

「ん?どうした?何かいつもの美彩らしくないな。調子でも悪いのか?」

「い、いや、そ、そういうわけでは無いんだけど……」


 美彩の目線はあっちへ行きこっちへ行き、やけに落ち着かない。

 布団の盛り上がった山がごそごそと動いて何とも落ち着かない様子だ。

 俺はベッドの縁に腰掛けた。


「あぅ……あ!そうだ!ねぇ慎之介!私喉が渇いたんだけど……」

「だったら下行って何か飲んで来ればいいだろ。いつもやってるじゃないか。」

「ぁ……い、いやぁ……今日は何か慎之介が入れてくれたものが飲みたいかなぁ……なんて……」

「嫌だよめんどくせぇ。自分で行け。」

「だってここは慎之介の家だし……そっそれに私は客だぞ?」

「呼んでもないのに勝手に人の部屋にまで上がり込んで客も何も無いだろ。」


 美彩は勢いを盛り返したようにも見えたが、即座に言い返されてすぐまたおどおどした顔に戻った。


「ホントどうしたんだ?具合が悪そうには見えないけど何かあったのか?」


 そう言って布団に手を掛けて美彩に顔を近付けた。


「ひゃぅっ!」

「え?」


 手を掛けた布団がズレた時、目に入ったのは美彩の白い肩だった。

 布団の上には制服の上着が投げ置かれていたので、つまり普通ならブラウスの白い布が見える筈なのだが……。


「え?……っと……え?」

「み、見たなっ!?慎之介のヘンタイ!ドスケベ!チカン!」

「待て待て!何で服脱いで俺の布団に潜ってんだよ!?」

「うぅぅぅぅ……」


 美彩は唸り声を上げながら俺を睨んでいる。


「人んち勝手に上がり込んで服脱いで布団に入ってるって……何考えて……」


 と、布団の上に投げ置かれた上着の下に、上着と同じ柄のスカートまで置かれているのが目に入った。


「ちょっ!?えぇっ!?お、オマエ……す、スカート……って……」

「あ……あぁ~……」


 美彩の顔は真っ赤になり、如何にも『しまった』という表情になっていた。


「いけないの?」

「何逆ギレしてんだよ!まさか……オマエ……」

「し、下着は脱いでないもん!」

「開き直んな!」


 俺と美彩は、布団という防壁を挟んで揃ってオロオロしてしまっていた。








 30分後。

 俺の目の前には美彩が正座をしていた。


「つまり、俺の部屋に来て俺の帰りを待っていて、布団の上に寝転がったら気持ち良かったから中に潜り込んだ……と。」

「はい……」

「で、俺の匂いが落ち着くなぁ~と思ってたけど、気が付いたら服を脱いでいた……と。」

「……はい……」

「で、下着に手を掛けたと同時に俺が帰ってきて身動き取れなくなった……と。」

「うぅ……」

「ヘンタイだ!」

「う、うるさいっ!こんなフェロモンまみれの布団を放置してる慎之介が悪いんだぞっ!」

「フェロモンまみれって……知らんがな……」


 美彩は顔を真っ赤にして俯いていた。

 と言うか、自分では分からないけど俺の布団ってそんなに匂うのか?

 明日ファ○リーズ買って来よう。


「うぅぅ……ごめんって……」

「はぁ……まぁいいよ。」

「ホント?じゃあ明日から……」

「そういう『いいよ』じゃねぇわ!それ以上変態度増やすんじゃねぇ!」

「いいじゃんよぉ……ほら、この布団に私の匂いが付いたからお互い様だよ?」

「何でお互い様にならなきゃいけねぇんだ。」


 真っ赤な顔は変わらず、美彩は正座したまま俺の顔を上目遣いに見てきた。


「え~……だって好きな人の匂いって落ち着くでしょ?」

「はぁ?」

「だから私は慎之介の布団に付いた慎之介の匂いが……」

「ちょっと待て。」

「何よ?」


 あまりに自然にさらっと言ったから聞き逃しそうになったが。


「何の匂いが落ち着くって?」

「何……って『好きな人』の匂いって落ち着かない?」

「誰の好きな人が誰だって?」


 きょとんとした顔になる美彩。


「え?私の好きな人が慎之介って事だけど……何か変だった?」

「え……そうなの?」

「え……?」

「え?」


 二人してお互いの目をじっと見たまま暫く静止していた。


「え?美彩って俺の事好きなの?」


 美彩は半分驚いたような、半分呆れたような顔で、さっきまで真っ赤だった顔を普段の顔色に戻して俺の顔を見ていた。


「今更感ハンパないんだけど……本気で訊いてるの?」

「うん。本気も本気。ってあぁ……よくある『幼馴染として』ってやつか?」

「幼馴染としてしか好きじゃない男の布団に潜りこむわけないでしょ?」


 普通、人の布団に勝手に潜り込む事自体しないだろ。


「私は慎之介の事が好きだよ?勿論、一人の男の人として。」

「マジか……」

「慎之介は?」

「へ?」

「私の事好き?」

「えっと……正直に言っていいか?」

「うん。」

「考えた事無かった。」

「えぇっ!?そこは『俺も好きだよ』って言うところでしょ!?」

「嘘は吐けん。」

「好きって言えぇ!」


 美彩が正座の状態から俺の方にぴょんっと飛んで来て俺に抱き付いてきた。


「うげぇっ!危ないだろがっ!」

「好きって言わないとあのパソコンのDドライブにある『歴史動画』ってフォルダ削除するぞ!」

「好きです!……って何でそれ知ってんだよ!?」


 『歴史動画』フォルダ……俺が過去1年で方々から搔き集めてきた秘蔵の動画コレクションが詰まったフォルダ。

 皆まで言うな……動画たちだ。


「やっと認めたな。往生際の悪い奴め。」

物質ものじち取られて認めるも何もあるもんか。てか何で俺なんだよ?」


 俺の上に乗った美彩が俺の胸に両手をついて体を起こした。


「何でって言われてもなぁ……ずっと一緒に居て、一緒に居たら落ち着けるからかな?」

「それって『情』じゃないのか?長いこと一緒だから慣れてるのもあるだろ?」

「あ、それは最初そうかもって思ったけど違った。」


 美彩が再び俺の上に圧し掛かってきた。


「違った?」

「高校入ったくらいの頃だったかな、『慎之介が私以外の子と付き合ったら』って考えた時に『絶対嫌だ』って思ったの。だから『情』じゃなくて純粋に慎之介の事が好きなんだなって。」

「ふぅん。そういうモンなんだ。」


 俺の胸にぐりぐりと頭を擦り付ける美彩。

 その頭に手を回して撫でてやった。


「だから私は慎之介の彼女になりたい。ダメかな?」


 俺は天井を眺めながら美彩の頭を撫でていた。


 美彩は幼い頃からいつも一緒に過ごして来た幼馴染で、顔もスタイルも良くて、騒がしい事もあるけど一緒に居る事自体はストレスフリーな子。

 じゃあそんな美彩が、俺以外の男と付き合ったらどう思うか……。


(いい気分にはならないんだろうな……)


 俺は寝そべって上に美彩を乗せたまま言った。


「分かった。まだピンと来てないけどよろしく頼むわ。」


 美彩が俺の胸に押し付けた口からふぅーっと息を吐き出し、胸の上が温かくなった。


「うん……」


 正直今は、美彩の事がどれくらい異性として好きなのか分からないけど、これから好きになっていけばいいんじゃないかと思った。








 翌日の晩、俺のパソコンのDドライブから『歴史動画』のフォルダが消えていた。

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