入学して間もない魔法使い。

 途中、ヴェインは同じ特待クラスの友人を見かけて問いかけると、その生徒は少し悩んでから、



「そういや、卒業式が終わってすぐにクラウゼルさんたちと歩いてたような。校舎裏の庭園に向かってったみたいだぜ」


「わかった! ありがとう!」


「って、おいおい! どうしてそんなに急いでるんだよ!」


「ごめん! 冬にあったこと、直接聞きたいんだ!」



 彼はすぐにセーラと合流し、先ほど聞いたところへ駆けていく。

 途中、ネムとカイト、それにシャーロットも合流した。



 必ず今日のうちに話す必要があったわけではないのだが、誰もが気になっていた。

 自分たちが力を合わせて撃退できた魔物を、単身討伐したと噂されているレン。彼の話をどうしても早く聞きたかった。



「なぁ、ヴェイン! 午前中はアシュトンと話せなかったんか?」


「カイト先輩も知っての通り、在校生は直接大講堂に行く日程でしたから! それと卒業生が退場してすぐ、レンたちもいなくなってしまったんです!」


「ネムの予想なんだけど! アークハイセ先輩を見送りに行ったんだと思うよ!」


「そうね~! 私も同じことを思ってた!」



 ネムとシャーロットのやりとりが恐らく正解。

 窓の外から差し込む鋭い日光に、ヴェインが無意識に目を細める。

 彼は自分の胸が大きく鼓動を繰り返していることに気が付き、こんなにも、レンがどうしていたか聞きたかったんだな、と笑う。



 勢い付いた足取りそのままに校舎を飛び出して、裏庭へつづく道を駆けた。

 駆け足はやがて速足へ変わり、徐々に速度を落としてゆっくりとした足取りへ変わる。

 生け垣が並ぶ道の手前、噴水の縁に腰を下ろしたレンを見つけた。



「レン!」


「あれ? ヴェイン? 久しぶり。そんなに急いでどうしたの?」


「そりゃ、レンと話がしたくて……!」



 レンが噴水の縁から立ち上がった。

 以前まで、レンとヴェインの身長はほとんど同じだった。しかし発育がいいからなのか、レンの方が目線が僅かに高い。本当に僅かで、言われないと気が付かないくらいの差だったが。



「……けど、どこから話せばいいのか……」


「どうしたのさ。ちょっと落ち着いてよ」


「あ、ああ! 冬は大変だったろ? だからそれで色々聞きたくて……!」



 中性的な見た目のレンが見せる苦笑いには可愛げがある。

 それなのに、ヴェインの本能に訴えかける力も奥底にあった気がした。

 あっさりと答えたレンはヴェインが落ち着くのを待つ間に、カイトを見た。



「レオナール先輩たちも大変だったって聞きましたよ。魔導船乗り場につく前に巨神の使いワダツミに襲われたって」


「おう、こっちも色々あったぜ。魔導船で飛んでたら、いきなりシンリンクライの群れやら何やらが襲い掛かってきてな」


「話は聞いてましたけど、改めて聞くとやばいですね」


「なーに言ってんだ! アシュトンの方もよっぽどだっただろって! しかもアシュトンはなんつーか……ほら、あれだ」



 新聞にも書いてあったし、英爵家の情報網にも引っかかっている。

 剛剣使いレン・アシュトンは剣聖となり、獅子聖庁から聖・グリムドール剣章を授与されているだろうという話は、まぎれもない事実だった。

 回りくどい言い方はせずに、ヴェインがまっすぐレンを見つめながら、



「レン、本当、、なのか?」



 冬にあったことのすべて、中でも巨神の使いワダツミを単独討伐したという事実を聞く声。

 多くを語らなくても、伝わる。確信めいた声音だった。

 するとレンは、静かに首を縦に振ってから、



「俺はただ、いつだって必死なだけだよ」



 決して、巨神の使いワダツミを単身討伐したとは答えない。

 答えてはならない理由はないのだが、ここで自分が成したことを大っぴらに口にすることは、レンの性格的にもなかっただろう。

 彼が言ったことがすべて。

 いつだって必死に剣を振ってきた。その結果だっただけ。



「もうこんな時間か」



 ヴェインと、英爵家の子たちが黙ってしまったのを傍目にだった。

 答えてすぐのレンは腕時計を見て、そう言った。



「ごめん。来てもらったばっかりなんだけど、この後用事があって」



 獅子王大祭の実行委員の面々で、ミレイの卒業を祝うささやかな場を用意していた。

 そろそろリシアたちに合流しなければならない。



「今度またゆっくり話そう。俺もヴェインがすごい活躍をしたって聞いて、話を聞いてみたかったからさ」



 レンは噴水の縁から腰を上げ、ヴェインたちが駆けてきた道を歩いていく。

 彼が去ってからも、ヴェインたちはその方角を眺めていた。



 はじめに動きはじめたのはセーラだった。彼女はヴェインの隣にやってきて、こつん、と彼の小腹を突いた。

 ネムがぶかぶかのパーカーの裾から伸びた細い足を動かし、ヴェインの目の前に。

 カイトがヴェインの肩を豪快に抱き寄せて笑っていたら、残るシャーロットはそんなカイトの背を押して引きはがし、自分が代わりにヴェインの首筋に両腕を回した。



「あっ! おい、シャロ!」


「あーはいはい、文句は締め切られました。ヴェイン君も私みたいなお姉さんのほうがいいでしょ?」


「シャロ! 変なこと言ってないで離れなさい!」


「あはははっ! シャロってば、まーたセーラちゃんに怒られてる~!」



 そんな、ヴェインにとっての賑やかな日常。

 大切な仲間たちと過ごす、こんな昼下がり。



「……俺も、もっと強くなるから」



 いつか必ず、レンに追いつき追い越せるように。



 勇者ルインの末裔はレンのことを頭に浮かべ、密かに呟いた。

 見上げた空は、雲一つない快晴。



 ◇ ◇ ◇ ◇




 入学式までもあっという間で、時間にすれば数週間もない僅かな期間だった。

 この季節、帝都の学び舎が立ち並ぶ区画は連日のように人で賑わい、多くの学び舎が新入生を迎えていた。



 帝国士官学院にも、未来有望な新入生が多く入学したところである。

 だが、入学式を終えて一週間もしないうちに、帝国士官学院は普段の空気を取り戻していた。



 新入生にとってはまだ新鮮な日々であっても、在校生は意外とそうでもない。

 在校生の場合は各季節の試験もあり、新鮮さにばかり浸ってはいられなかった。

 違うことといえば、春になるまで通っていた四年次の姿がなく、各学年の生徒たちが進級していたことくらい。



 本当にそのくらいで、



「……あのよー、アシュトン」


「はいはい、なんです?」



 校舎の一階、昇降口で。

 図書館に寄ってから校舎に来た二年次のレンに、同じく登校して間もない新たな三年次のカイトが話しかけていた。

 二人は階段に向かって歩きながら、

 


「なーんか物足りなくねーか?」


「へ? 何のことです?」



 教室へ向かいながらの雑談に花を咲かせる。



「いやほら、まず卒業式だろ? ほんでこの前はすぐに入学式だ」


「確かにそんな感じでしたけど」


「この時期は学院もそうだが、パーティだって馬鹿みたいにあったろ?」


「そうでしたね」



 レンもリシアと出席したパーティがいくつかあった。

 挨拶に来る貴族の多くが、年々影響力を増すレザード・クラウゼル子爵の縁を持ちたい貴族たちだったが、中にはレンを目当てにしていた貴族もいた。



 だが、そこはレンやレザードがいなしていたし、かの剛腕の姿もそう。

 ユリシスの影は見るものによって、そのシルエットが悪魔にでも見えていそうなくらい強かった。

 カイトが言いたかったのはそれとは別のこと。



「俺は賑やかなのが好きなんだ。特に去年の春から夏なんて最高だった」


「獅子王大祭のときはすごかったですしね。……あれが特殊な例だった気もしますが」


「まぁまぁ、数年に一度の祭りと一緒にはできねーけどよ。でもほら、あんなに賑やかだった春の一か月が終わったら、もういつも通りだろ?」


「進級しても、教室の中はあんまり変わらないですしね」


「それそれ! 特待は一般と違ってクラス替えもないしなー…楽には楽だが物足りないんだよ」



 カイトが言うように特待クラスは、教室内の雰囲気があまり真新しくない。

 それでも、新たな授業ははじまるし、学年ごとに専用の授業があったりするから、完全に新鮮味がないわけではなかった。



 だがこの冬のことも考えれば、去年の春からずっと賑やかな気もしてくる。

 ……いくつかは歓迎できない賑やかさだったとしても。



「冬も色々あったんですから、このくらいでいいんじゃないですか? 平和が一番ですよ」


「わかってんだよ~……俺は平和な賑やかさが欲しいんだって……」



 力なく言ったカイトが壁にぺたっと体重を預けた。

 レンが周囲の生徒の声に気が付いて目を向けると、幾人かの生徒がこちらを眺めながら笑っている。

 二人の男子生徒の姿勢のアンバランスさが面白かったのだろう。



 カイトはすぐに歩きはじめたものの、それでも彼の足取りに覇気はまったくない。



「昨日はさっそく小テストがあったしな」


「ああ……それで今日は一段と元気がないんですね」


「わかるか? 前より成績はよくなってきたんだが、それでもまだまだだしな」


「だからそんなに……。ちなみにさっき、力の抜けた歩き方を笑われてましたよ」


「お~……気にしなくていいぜ。ここには父上たちもいないしな」



 階段に差し掛かったところでレンが苦笑する。


 

「レオナール先輩がいいならいいですけど」



 彼らは広い踊り場で足を止めた。村に建つアシュトン家の屋敷にあるレンの部屋なら、そのまますっぽり収まりそうな広さだ。

 踊り場にある大きな窓の前で足を止めたカイトが日光を浴び、春風を感じながら大きく背を伸ばす。



「よっし! ほんじゃま、今日も頑張――――」



 カイトが窓から振り向いた瞬間。



「べぶらっ!?」



 女の子の声だ。

 よくわからない悲鳴のようなそれを聞いたレンの横で、カイトが「すまねぇ!」と慌てて謝罪したところ、



「く、くぅ~~っ!!」



 鼻先を抑えながら、カイトを涙目でうらめしそうに見る少女が立っていた。

 彼女は青地に金糸の装飾が施されたオーバーサイズのローブを身に着け、つばの大きな魔女の帽子を抱いていた。



(あれ、この子)



 身長は平均的で、体格は細見。目鼻立ちの整った容貌は、だれが見ても可愛らしいと思うだろう。ミルクティーに桜色がさしたような色の髪を、肩まで伸ばした女の子だった。



「って、リズレッド!? お前、どうして俺の後ろにいたんだ!?」



 その女の子を、レンはっていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る