海岸線沿いの洞窟、宝が眠る場所。

「レンは夏にシェルガドの者と会って話をしたんだったな」


「はい。ユリシス様の紹介で、リヒター・レオンハルトという方とお会いしました」


「ほぉー、そりゃ随分と大物だ」



 ラグナにしては珍しく、レンやラディウス以外の人物に対して興味を示す。



「レオンハルト家と言えば、先の騒動でも懸命に動いていたところじゃないか」


「騒動って、シェルガドの大公家で勃発したっていうやつのことですか?」



 確かこういう話だった。



 シェルガド皇国に存在する大公家に二人の兄弟がいて、兄はシェルガドが紛争地などに介入して自国の利益を確保すべきと考えていた。一方、弟の方は兄の考えがいまの時代に即していないと反論したことで、他の貴族も巻き込んだ跡目争いが生じた。



 夏、帝都にやってきたリヒターの生家は代々騎士としてシェルガドに仕えた名門として名を知られていた。

 レオンハルト家は騒動を終わらせようと奮闘するも、最終的に大公家の兄弟がどちらも亡くなる。リヒターは何もできなかった自分を、シェルガドの騎士として生きることはできないと恥じた。



 やがて彼は義父の誘いにより商人となり、大成する。

 リヒターは気持ちのいい人柄の男で、多くのシェルガド人と同じように英雄譚を好んでいた。



レオメルうちにも派閥争いがあるように、どちらも愚かな話だ」


「……ですね」


「どこかへ逃れたという弟側の妻と娘たちも、どうしていることやら。娘のほうは生きていればいい大人のはずだ。いつの時代も子は親の争いに巻き込まれる。くだらなくて笑いがこみ上げてくるとは思わないか?」


「笑いはないですかね。くだらないとは思いますが」


「どれもこれも世界にはびこる理不尽だ。やはり剣王や帝国士官学院の魔女のように、おおよそを力でねじ伏せられる個人にならなくては自由がない。……ふむ、ここでも神は自らの無能を晒しているようだ。素晴らしい」



 重い話はこのくらいにして、二人は茶を一杯飲んで心を落ち着かせた。

 気が付けば、もうかなり時間が経っている。



「そろそろ帰ります。何かあったらまた教えてください」


「ああ。今日はわざわざすまなかっ――――いや待て。俺も行く」



 レンを留めたラグナが立ち上がり、一緒に部屋を出た。

 廊下に置いていた、鞄の旅人の姿で背負う巨大な鞄の元へ行き、閉じられた口に手を伸ばしたラグナ。



 彼が手を伸ばすと鞄は勝手に開かれた。

 そこへラグナがぐいっと手を入れて、



「俺のコレクションから一つ、いいものをやろう。約束していたご褒美いいものだ」



 彫刻が施された、片手で簡単に持てる小さな木箱である。

 手渡されたレンは木箱を手に、



「これ、中に入ってるのがご褒美ってことですよね?」


「よくぞ聞いてくれた。その中にあるのは――――」



 楽しそうに説明をしようとするも、回廊の奥にある昇降機の扉が開いた。

 神秘庁の研究員が姿を見せ、駆け寄ってくる。



「室長、旧市街の件でお話が」


「……やれやれ、タイミングが悪いな。レン、すまないが品の詳細は中に私のメモが入ってるから、それを読んでくれ」


「りょーかいです」



 今度こそ帰ろうとしたその直前、研究員が一足先に昇降機へ戻る。

 ラグナと二人だけになってから、レンが思い出したようにさらっと、



「つかぬことをお聞きしますが、冒険家アシュトンって聞いたことありませんか?」


「なんだそ――――レン! まさかお前、本当はやっぱり俺みたいなことをしたいという願望が!? だから冒険家などと言ったのか!?」


「……すみません。何でもありませんから」


「構わんが、その冒険家アシュトンとやらは何者なんだ?」


「ええと……俺のご先祖様みたいです」



 諸々の話しづらいことを避け、そういう先祖がいたとだけ告げる。

 レンが父親のロイから聞いた龍の翁の話は添えなかった。バルドル山脈での一件にフィオナも深く関係しているからだ。



 しかしそれがあったところで、それらしき答えは導き出せなかった。

 ラグナはもう一度考えてくれたが、やはり思い当たることはなかったようだ。



「まったく聞いたことがない」



 ラグナの知識を探っても微塵も掠らず、答えが見当たらない。

 思い返せば冒険家アシュトンはかなり特殊な人物だ。

 里帰りした際にレンが聞いた龍の翁、全盛期のアスヴァルに勝つほどの人物が歴史に名を刻んでいないことから、特殊すぎる事情があることは前々から察しがついていた。



 逆にラグナが知らなかったことで、より冒険家アシュトンが特別な存在であることが強調されたとも言えよう。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 海岸線沿いの洞窟を出れば、外は真っ暗だった。

 砂浜に立ってすぐ、セーラは背筋を弓なりに伸ばして心地よさそうな声を漏らし、夜空を見上げた。普段見ている帝都と違う夜空だった。星の位置も普段は気にして見たりしないけれど、それでもここが、帝都から遠く離れたところであることはわかる。



「そーだ! あのさ、セーラちゃん!」



 ネムがニヤニヤ笑って。

 呼び声に応じてセーラが振り向くと、水辺に立つネムが海中に手を入れた。



「なに――――ちょっとネム! 水をかけないで!」


「ふっふっふー! 油断したセーラちゃんが悪いんだよーだ!」



 唐突にじゃれ合いはじめた二人を見て、シャーロットも交じりにいった。

 三人の少女たちが、海辺でぱちゃぱちゃ音を立てながらじゃれ合う。彼女たちが楽しむのを見て、カイトがヴェインに笑いかけた。

 彼らの顔には少し疲れが見える。



「あいつら疲れてねーんかな。俺はいまにも寝たいくらいなんだが」


「ずっと洞窟の探索をしてましたし、景色もきれいなので遊びたかったのかもしれませんよ」


「おー……そんなもんか。ただ海水は俺の盾にとって天敵だしなー」


「特別な金属を使ってるって話でしたけど、それでも錆びるんですか?」


「まぁな。馬鹿みたいに錆びにくいってだけだぜ」



 カイトが砂浜に落ちている大岩に腰を下ろす。

 隣に似た大岩がもう一つあって、ヴェインはそこに座った。

 少女たちはまだ、楽しそうに遊んでいた。



「そういや、昨日のリシア・クラウゼルはとんでもなく強かったな」


「剛剣使いで、それも剣豪級みたいですからね」


「おん。ってことは聖剣技とかになりゃ剣聖級だ。どうなってんだ? 俺らの年代で剣聖級って、どうやったらなれるんだよ」


「……すごい努力をしたんじゃないでしょうか」



 リシア自身の才能もあるが、それ以上に努力が勝る。

 ヴェインはカイトと笑みを交わすと、自分も頑張ろうという気持ちをより強く抱いた。



 大岩から立ち上がったヴェインは少女たちの元へ。

 カイトはその後姿を見送り、誰がヴェインの心を射止めるのだろうと密かに思う。

 それはそれとして、ヴェインは遊んでいた少女たちに声を掛けた。



「みんな、そろそろ帰らないと」


「ええー!? ヴェイン君も遊ぼ……わわっ!? セーラちゃん!? いまは話してるところじゃん!」


「油断してたのはそっちよ、ネム!」


「あーもー! そんなに言うんだったら、徹底的にやってあげるんだからね!」


「あ、あの……二人とも……もう遅いから……」



 水の掛け合いを続行する二人を見て、シャーロット・ロフェリアがヴェインに「諦めて」と艶美に言った。



「無理無理、この子たちったら遊ぶことでせいいっぱ――――きゃっ!?」


「隙ありよシャロ!」


「……いいわ、受けて立ってあげる! ロフェリア流弓術の冴え、その身で味わいなさい!」



 弓術が水の掛け合いで役立つかどうかはさておき、狙いはきっといい。

 置いていかれたヴェインは諦めて、自分も彼女たちの遊びに混ざったのである。



 ――――翌朝、彼らは同じ場所にいた。



 何日もつづけて洞窟に来ていたのは、探索のためでもあり、自分たちの修行のためでもある。

 討伐を推奨されている魔物たちと何度も戦い、前日よりも奥へ進んでいく。



 昼になって、持ってきた食事を頬張りはじめた一行。

 松明の灯りを頼りに休憩していたときのことだ。



「ってなわけで、次の戦いは俺とヴェインがもっと前に――――」



 手ごろな岩に腰を下ろしていたカイトが、言い終える前にころんと転がった。



「うぇ?」



 大きく身振りを交えて皆に作戦を説明していたところで、つい体勢を崩してしまったのだ。

 


「おわわわわわっ!?」


「カ、カイト先輩!?」



 カイトは近くの斜面から転がっていった。

 手にしていた食事を落とさないように気を付けていたからか、思いのほかバランスをとることができず、力の抜ける声で頑張っていた。



「なんのこれしき!」



 ようやく態勢を整えられたとき、カイトは天に掲げるように手にした食べ物を守り切った。立ち上がり、ニヤッと嬉しそうに笑い残りを頬張る。喉仏を上下させ、嚥下し終えたところで彼は近くの壁に手を付いた。



「ま、俺くらいになるとこんなもんだぜ」


「カイト君ってたまに、妙に自信満々なこと言うよね~」


「おう、ありがとな、ネム」


「褒めてないんだけど、まぁいっか」



 すると……カタンと音が鳴り、石の壁からコロン、と小石が転がっていく。

 壁を構築していた岩が少しずつ崩れ落ちていく。中心となるのは、カイトが勢いよく手を付いたごつごつした壁だった。



 彼の足元にも揺れが生じはじめていた。

 壁を伝う雫が勢いに従い、水飛沫になって頬に触れた。

 最初にシャーロットがあきれた声を上げる。



「ちょっとカイト!? あんた、力入れすぎよ!」


「そうよ! ……ってそんなことを話してる場合じゃないわね、ネム!」


「う、うん! これって結構危ないかも!?」



 最悪の場合、洞窟が崩れてしまう可能性も。

 慌てはじめた五人だが、幸いにも周りへの影響はまったくなかった。

 いつの間にか大盾を構えていたカイトが「へ?」と、



「なんだこりゃ。奥につづいてるっぽいぞ」



 石の壁になかったはずの道が生まれ、風が通り抜けた。

 先ほどの揺れで壁が崩れ、唐突に現れた道だった。



「シャロ、あなた洞窟の地図を暗記してるって言ってたわよね?」


「してたわよ? でも私はこんな道は知らないわ」


「……だけどこの様子じゃ……」


「そうね~、隠されてた道みたい。どうする? 行ってみる?」



 様子を確認するくらいなら、と五人がほぼ同時に頷いた。

 先ほどまでの昼食を片付けて、さらに気を引き締めて奥へ通じる道に足を踏み入れた。



 そこは、これまでと様子が違っていた。

 ただの洞窟のはずが、地面に壁、そして天井の岩が銀に光る魔力の粒を放っている。

 この先に何があるのか、彼らが歩くこと十数分――――



 たどり着いた先にあったのは滑らかな石の回廊だ。

 どこを見ても磨き上げられたように艶があり、人の手で整えられたかのように寸分の狂いもない天球状の空間である。



 この場の中心に、何かが浮かんでいた。

 誰よりも先に「……まさか」と呟いたのはカイトだった。



「カイト先輩、どうしたんですか」


「……あれだよ。あそこに浮かんでるものだ」


「何でしょうあれ……盾のように見えますが……」



 これまでの道で放たれていたのと同じような魔力の粒が、カイトの視線の先で浮かぶモノから一際強く放たれている。

 浮かんでいるものの周囲は分厚い結晶の壁に阻まれ、何物も近づけようとしない。 

 カイトは唖然としながら一歩、前に足を踏み出した。



「本に書いてあった通りなんだ! あれはきっと……」



 レオナール家の先祖、勇者ルインを守った七英雄。

 魔王との戦いでも活躍した英雄が手にしていたかの大盾。

 


「俺のご先祖様が使ってたっていう、伝説の盾――――アイリア!」



 この場にいないレンに英雄装備と称されるその大盾が、数百年ぶりに名を告げられた。

 レオナール家の末裔にして、アイリアが認める自身の持ち手。

 偉大なる祖ライト・レオナールが用いたその大盾が、新たな主にカイトを選ぶ。



 大盾を覆っていた結晶の壁が崩れていく。

 レオメルにまた新たな歴史が作られようとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る