繋がりつつ縁。
それから数時間後のことだった。
(でもなー……何の手がかりもなしに盗賊を探せってのも……)
依頼主であるアーネヴェルデ商会はその手掛かり事態を欲しているから、それも含めて探してくれという気持ちはわからないでもない。
けど実際、どこから手を付ければよいものか。
これがそうした仕事を本職とした冒険者たちならいざしらず、レンはそうじゃない。
バーサークフィッシュを狩った場所の湖畔にて。
地面に腰を下ろしたレンが残雪の冷たさを感じながら空を見上げた。
早春の澄んだ空に、いくつか雲が浮かんでいる。
「……ってか、なんで騎士も動員されてる調査なのにわかってないんだ」
盗賊は――――いや、もうこの様子では規模から盗賊団と言える。件の盗賊団は、まず帝都に住む魔道具職人の工房に忍び込んだようだ。
そして、盗んだのは書類をはじめとした金品以外のものばかり。
ともあれ、そうした書類を欲して金を積んだ者がいるのかもしれないが。
「人知れず逃げたにしても、痕跡がなさすぎる」
話に聞く限りだと、まるで霧のようだ。
「――――盗賊団の中に『
解呪というのはスキルの一種で、魔力を用いた封印などに対して効果を発揮するものだ。その力を限りなく磨き上げた存在を探していたのが、あのイェルククゥである。
また、解呪はそうした封印への作用に限らず、魔道具などに対してもある効果を示す。七英雄の伝説では、封じられた宝箱などを開ける際に、その力が必要な場面が多々あった。
恐らくその力を利用することで、魔道具による防衛装置を崩し、盗みを働いたのだろうとレンは考える。
破壊を尽くせば騎士に限らず、目立つからだ。
「相談してみるとこからかな」
これを盗賊団に属する者の特徴とするのは些か情報に欠けすぎているが、一つの確定的な話として整理する。
レンはその話を、依頼主であるアーネヴェルデ商会へしてみることにした。
エレンディルに帰ったらギルドに寄り、ギルド職員を通じて連絡してもらうとしよう。
「……後はどうだろ」
じっと空を見上げながらつづきを考える。
アーネヴェルデ商会に属するような者が馬鹿なはずがない。恐らく、レンが考えたことくらいもう既に考えているだろうし、騎士だって同じはず。
レンは他にも共有事項はないかと頭を悩ませる。
「解呪持ちが関係してて……今回の盗みで……」
最初から情報が少ないこともあって、レンはそれから数十分悩んだ。
地べたに座っているが、尻の下には毛皮を敷いてある。生まれ故郷における狩の定番こと、リトルボアの毛皮だ。
おかげで冷たさを感じることなく、涼しい風で頭も冷やせた。
――――仮にこれがゲームにおけるシナリオだったら、自分はどう考えただろう。
ここにきてそんな考えはどうだろうと思う自分も居たけど、考えに行き詰ったレンはとうとうそんなことを考えた。
「やっぱり、帝都からだなー……」
まず、盗賊団の者が帝都をどう出たかだ。
帝都はいたるところの警備兵が居るものの、暗闇に乗じて、しかも隠密行動に長けた者が盗みを働いた際は調査が至難を極める。
かといって、騎士や警備兵も怠けているわけではない。彼らも帝都で務める者として一定の実力があるため、そう簡単に帝都の外へ逃がすとも思えなかった。
「……なーんか引っかかる」
その何かを考えて止まず、でも思い浮かばずレンが頭を抱える。
やがて彼はいくつかの確認事項をまとめ、「よし」と言って立ち上がった。
湖上を覆った氷はとうに薄く、場所によっては割れていた。レンは冬のうちにもっとバーサークフィッシュを狩っておく余裕があればと後悔しながら水中を見た。
以前ほどの荒々しさが見られないバーサークフィッシュが、悠々と水中を泳いでいた。
◇ ◇ ◇ ◇
同日夜、帝城にて。
湯上りのラディウスの髪は、まだ僅かに湿っていた。うっすら肌に浮かんだ汗で髪がくっついている。
彼は手にしたグラスに注がれた冷たい飲み物を楽しみながら、ソファに座り考える。
「さて」
そう口にしてグラスを見る。
グラスに反射した自分の顔は、ぐっと眉間を寄せていた。
「やはり不可能だ。いくら夜間の犯行だろうと、聞いたように逃げおおせるものか。逃げられたところで、その先の手掛かりはいくらでも残っているはずだ」
実はこのラディウスが此度の騒動を気にしだしたのは、つい数日前のことだ。
ラディウスは第三皇子として、公務にも忙しい身だ。彼は一月に帝国士官学院が誇る特待クラスの最終試験を終え、すぐに公務漬けの日々を過ごした。短期間で、三度も国外へ出向いたほどだった。
立てつづけの出来事に、疲れは見えない。
が、これにより彼が事件を詳しく知るまで若干の時間を要した。
コン、コン、と誰かがこの部屋の扉をノックした。
「誰だ」
『私ですニャ』
相手がミレイだと知り、ラディウスは「入ってくれ」と扉に向かって声を発した。
すぐに足を運んだミレイの手には、一通の手紙がある。
「お考えごとの邪魔をしちゃいましたかニャ?」
「構わん。何かあったのだろう?」
「そうですニャ。一応、お伝えするべきことがありましてニャ」
ミレイは手にしていた手紙をラディウスに渡し、自分は特に許可を取ることもなくその対面のソファに腰を下ろした。
手紙の封を開ける主君を見ながら、
「ギルドのエレンディル支部からですニャ。残念なことに依頼を受ける気になった冒険者はまだ数えるくらいですが、喜ばしいことに中間報告みたいな感じですニャ」
依頼を受けた者が少ないことには喜べないが、ミレイが言うように中間報告そのものには興味がある。
すぐに手紙を読みはじめたところ、
「――――我々が気が付いていたところまで、少ない情報でたどり着いた者がいる」
「ニャ? どういうことですニャ?」
「読んでいいぞ。中々に興味深い」
自分が持ってきた手紙を再度預かったミレイがその手紙に目を通す。
書いてあったのは、いくつかのことだ。
今日新たに依頼を受けた者が気になることがあるようで、その旨についてギルドが仲介して連絡をしたとある。
その内容は盗みがあった
また、解呪のスキルを持つ者が、被害のあった工房のいずれかに所属しているかどうかもだ。
「いくつかの工房に盗みが入ったというが、不思議な話だ。盗賊どもはおかしなくらい痕跡一つ残していないのだからな」
此の程の騒ぎは、帝都内に盗賊の協力者がいると。
無論、そんなことは捜査をしている警備兵や騎士だって考えているし、それを念頭に捜査に当たっている。
だが、それだけじゃない。
「防衛装置と言うがつまりは魔道具だ。工房に侵入者があればその者らを無力化したり、大きな音で外に知らせるものとなる」
それらが今回、恐らく解呪のスキルによって動作停止に追い込まれた。
「大前提として、盗賊どもがそれらの防衛装置をどのように停止させたかだ。此の程の話に出た防衛装置こと魔道具は巨大だ。被害に遭った工房そのものがそうした造りになっている。目立つことも危惧すれば、故にすべて破壊するのは現実的ではなかった」
「最初から解呪などでどうにかこうにかするなかったでしょうしニャ」
「ああ。あくまでも、すべてを破壊するのは難しい、ということだ」
ミレイは訳知り顔で尋ねる。
「少なくとも、解呪使い一人で盗みを完結させるのは無理がありますしニャ」
「――――そう。だから一夜のうちに複数の犯行が行われた」
ラディウスが言った。
解呪使いの役割は盗みを働くことにない。必要な仕事はただ一つ、いくつかの工房における防衛装置の動作を停止させることだ。その後の仕事は協力者たちの仕事になる。だから解呪使いは防衛設備を止めてすぐ移動する。協力者たちは防衛設備が停止した工房に忍び込む。これで必要な時間を短縮したとされている。
これらが、既に今日までの調査で得られた情報と、そこから導き出された皆の考えである。
ラディウスに限らず、騎士や警備兵たちの間でもそうだ。
だが市井には知らされていない。
相手を警戒し、なるべく知れ渡らないよう多くの情報が管理されていた。
「商会保有の工房に所属していた方が、そりゃ計画も立てやすいでしょうしニャ」
今回報告してきた冒険者がなぜ被害に遭った商会関係者を疑うのか、いまの言葉が答えだった。盗みの計画を実行に移すにあたり、内部の情報を知る者が有利なことは言わずもがな。
同じ業界とも言うべき者たちの事情もよく知るため、最初に疑うべきはその関係者であるということだった。
また霧のように姿を消し、痕跡を隠さなかったこともそう。
一時的に匿い、折を見て逃がしたとも考えられている。
「その手紙の件を連絡してきた者は、少ない情報からすぐに我々の想定までたどり着いたのだろう。だが確証を持てなかったから、あくまでも探るように問いかけてきたようだ」
当然、いずれかの商会に属する者が盗賊とかかわっていることは、この段階では確定していなかった。現状では、その線が濃いというだけ。
それでも、調べるに越したことはない。
むしろ調べに移らない方が愚かであろう。
だから騎士をはじめ、多くの者たちがその調査に当たっている。
「聞けば、被害に遭った工房で使っていた防衛装置は、内部と外部を完全に遮断するという話だ。盗んだ防衛装置の一部を改造し、それを馬車などに取り付けて帝都を脱したとしか思えんな」
「普通なら改造も修理も時間が掛かるでしょうニャ。けど、殿下が仰ったように緻密な計画の上でなら、そのための前準備くらいできていて当然ですニャ」
「その通りだ。盗賊が痕跡一つ残さず逃げおおせたのは、そのためだろう」
「工房に居た見張りも簡単に倒されてたって聞きますニャ~」
「ああ。だが愚かなのは工房の者や、それらを保有する商会もだ。奴らめ、自分たちの技術漏洩が周知のものとなることを恐れ、すぐに騎士へ知らせなかったとしか思えん」
実際に騒動が起きてから騎士に連絡がいったのは、事件のすぐ後じゃない。
これでは、帝都の警備兵をはじめ、レオメルでも特に優秀な騎士たちがいる帝都であっても調査は難航する。しない方が変なのだ。
これについては別件として、報告が遅れた者に何か罰則があるはずだ。
「今後の商売のため、自分たちの立場が脅かされることを懸念していたのだろうがな」
「まぁ……叡智こそ商売道具って人たちですしニャ。でも殿下、その報告を遅らせた者も盗賊団の関係者かもしれませんのニャ」
「その可能性は低いと思うが、わかっているとも。併せて調査する。今夜中にな」
だが、本当に盗賊団と何らかかわりがなかった場合……。
それこそ、ただ商会の利益を守るべく保身に走っていた場合について。
「被害者の気持ちもわからないではない。が、盗賊も協力者もそれをわかって動いている。狡猾さが見て取れるようだな」
深く深くため息をついたラディウスがミレイを見て、
「ミレイ、頼めるか」
「かしこまりましたニャ。些末事は私にお任せを。それで殿下は?」
「私はいまから城を出てエウペハイムへ行く。ユリシスのことだ。私が知らなかったうちにこの件を調べているだろうから、ユリシスの考えを聞きに行く」
すると、ラディウスは服を着替えるため立ち上がる。ミレイはその間に彼の部屋を離れ、成すべきことを成すため仕事に向かった。
「……しかし」
ラディウスの頭の中に、此度の報告……あるいは相談をした冒険者が思い浮かぶ。
聞けば、今日依頼を受けてすぐにラディウスと同じ疑問を抱き、考えたようだ。
その二人と同じ考えには、騎士や文官もやがてたどり着けるだろう。だが、二人の方が明らかに気が付くのが早い。
特に今回連絡してきた者は騎士ではなく、冒険者だ。
限られた情報源から機転を利かせて判断したと思われる連絡には、このラディウスも称揚を覚える。
「いずれ会ってみるとしよう」
いまは別のするべきことがある。
着替えを済ませたラディウスは少しの荷物を持ち、近衛騎士を連れて城を出た。
魔導船に乗り、エウペハイムへ行くために。
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