極炎の中で【後】
『貴様に許された時間は刹那に等しいというのに、余を案ずるとは』
もっともな指摘だが、レンはその刹那を――――一瞬を欲している。
いま一度吐かれたブレスが迫る。
熱波ですらすべてを一瞬で蒸発させるであろう熱を孕ませて、レンを消滅させるため。
(耐えてくれ! 本当に……本当に一瞬だけでいい!)
その一瞬さえあればいい。
それで抗える。赤龍に牙を剥ける。
――――レンは、次の一撃にすべてをかけるつもりだった。
いまだって、熱波を前にどうにかなってしまいそうだ。
だというのに、これからレンは更に進まなくてはならない。
くじけそうになる。諦めたくなる。
収まることの知らない感情がいくつも心の中で産声を上げたけど、それとは裏腹に、彼はもう次のチャンスはないという覚悟を以て――――。
『炎に眠れ。弱き者』
赤龍のブレスへと、いま一度挑まんと拳を突きだす。
手元に備えた盾の魔剣を更に酷使して、湯水のごとく魔力を注ぎ込むこと、僅かに一秒に満たない。
……そう。一秒に満たない刹那。
レンにとっては数分にも、あるいは数十分にも感じられる短い時間で、広がった業火はレンの盾を瞬く間に燃やす。
触れた刹那に光の粒子と化し、触れただけですべてを灰燼へと誘う。
だが、レンが欲した刹那のひととき。
口の端が僅かに吊り上がったレンは声に出すことなく、
(俺の身体が燃え尽きるのが先か――――それとも)
アスヴァルのブレスが向く先に、レンの覚悟が打ち勝った。彼が命懸けで仕掛けた加速は、アスヴァルのブレスが角度を変える速度に僅かに早い。
地面をけり、駆けあがったレンはその加速のままに更に上へ……。
やがて、アスヴァルの瞳と同じ高さまで到達すると――――。
膂力の限りを尽くして、いま一度の投擲。
レンの手を離れた鉄の魔剣が飛翔する様子は、周囲の灯りを反射して彗星のよう。
それが、アスヴァルの頭部に残った一本の角に突き立てられた。
これまでと明らかに違う、悲痛な鳴き声だった。
『このような鈍らが――――余の角に傷を――――ッ』
アスヴァルが纏う煌々と輝く赤風。
瞬く間にその勢いが鳴りを潜め、巨躯に纏う赤鱗がぼろぼろと崩れ落ちていく。
尾を左右に暴れさせながら全身を振り回したアスヴァルへと――――レンは崩落してきた岩石を足場に、更に飛翔して。
角に突き刺さった鉄の魔剣に、レンの手が届いた。
そのまま角に着地して持ち手に両手を添えると、彼は鉄の魔剣を体重をかけて手前に引いた。
「くっ……もっとだ……ッ!」
纏う熱や赤風にかかわるからか、角に傷がついてからはこれまでの熱さがない。
といっても、いまが熱くないわけではなく、肌を灼く痛みは健在で、レンの服はここにきて更に焼き付きはじめていた。
だけど、死なない。
これまでは一瞬で死んだはずの熱が、こうして耐えられるまで弱まっていた。
『――――ッ!?』
さらに深く、そして断ち切ろうと動く鉄の魔剣が伝える痛み。
アスヴァルはこれまで以上に大きく身体を震わせ、揺らし、剛腕を伸ばしてレンを掴み取ろうとした。
だが、レンをつかみ取る寸前に、喚いた。
レンが更に強く角を抉り、アスヴァルを苦しめたのだ。
……思っていたより、刃が通る。
差し迫った危機に発揮された力があるとしても、アスヴァルの角は予想していたほどの硬さがない。
アンデッドだから、とか、身体を維持する力が足りていないから、とか。そうでなくては、いまのレンでは傷をつけることすら至難だったはず。
頭部を勢いよく振り回されるたびに、気を抜けばそのまま吹き飛ばされそうだった。
レンも負けじと両手に力を込め、鉄の魔剣をさらに突き刺し、角を抉った。
――――やがて。
亀裂が生じ、赤黒い鮮血が角の内側から飛沫を上げた。
叫び、咆え、そして鳴くアスヴァル。
猶も振り回される首の先で、レンは堪えつづけた。
だがアスヴァルが頭部を地面に向け、そこにある溶岩流へレンを誘う。
『――――、――――!』
それでもレンは引かず、逃げなかった。
溶岩流に放り込まれれば確実な死が待っていると知っても、この機を逃せばもう勝てる見込みはないと確信していた。
(もう……少しなんだ……ッ)
乱暴に振り回された鎌首は鞭のようにしなる。
溶岩流が迫る。熱が迫り、レンを炎の中に沈めんとして。
だけど――――。
角に生じた亀裂が、遂に。
ボロボロのレンが吼えれば角の周を亀裂が覆い、鮮血と共に深紅の閃光が溢れ出た。
……断ち切れた、というよりは根本が砕けたという言葉が相応しかった。断面からは砕けた屑と鮮血が流れ、深紅の閃光に目が眩んだレンの身体は、頭部を離れた巨大な角とともに宙に浮く。
『ッ――――』
かたや、赤龍・アスヴァル。
アスヴァルは角の跡を始点に全身を襲った衝撃と痛みに、その巨躯で地響きを奏でながら地面に横たわってしまう。
巻き散らされた鱗の残骸や、漆黒の
地面に足をついてすぐの突進は幾度も身体がふらつき、視界が霞むしで明らかに限界が近いことがわかっていた。
そのレンが、遂にたどり着いた。
巨躯を起こす途中にあったアスヴァルの身体に……僅かに露出した魔石にたどり着き、自慢の鉄の魔剣を大きく振り上げ、
「言ったろ――――俺は本気だ!」
それは、力の限りに。
オイルが切れた歯車のように軋みを上げた身体に命じて、フィオナが待つ魔石に鉄の魔剣を叩きつけた。
アスヴァルは首を天高く伸ばし、無造作にブレスを放つ。
レンは決して手を止めず、幾度もアスヴァルの魔石を強打する。
魔石を破壊することにだけ意識を向けた二撃目。
魔石に見えたフィオナが生きていることに安堵しての三撃目
アスヴァルの悲鳴を聞きながら、決して油断せずの四撃目。
――――猛る励声を咆えての五撃目で鉄の魔剣が砕け散り、アスヴァルの魔石が割れた。
『ォォォオオオオオオオオオオオ――――――――』
アスヴァルの咆哮が地下空間を揺らす。
溢れ出た溶岩流が勢いを増し、これまでにない揺れによって、遥か頭上から降り注ぐ岩石がその数と大きさを更なる脅威に変えた。
魔石の中に秘められていた魔力がレンの頬を撫でる。
そして、行き場を失ったその魔力がレンの腕輪へ……腕そのものに纏わりついた。
「ッ……この、最後の最後に!」
レンの片腕はそれにより、腕全体を痛々しく灼いた。表皮は赤黒く染まり、無理に力を入れようとすれば激痛が走った。
無事な腕で灼けた腕を抱いて労われば、腕輪が勝手に光り出す。
腕輪を飾る水晶に文字が浮かんでいた。
――――
・炎の魔剣(レベル1:1/1)
――――
手放しには喜べない。
アスヴァルの魔石から得たことはわかるものの、この魔剣を得る際に片腕が使い物にならなくなってしまった。
正直、この状況では腕の方が大切なため、苦々しい表情を浮かべてしまう。
……ともあれ、優先順位が違う。
レンは無理をしてフィオナの身体を抱き上げて、彼女をアスヴァルから解放した。
彼女はそっと目を開いてレンを見上げる。まだ力ない瞳で意識が覚醒しきっていなかったが、彼女は間違いなくレンを見つめた。
「……冒険者、さん?」
「すみません。遅くなりました」
脂汗を額に浮かべながら強がって、フィオナを抱きかかえたままアスヴァルの傍を去る。
ここでアスヴァルにとどめを刺すことも考えた。
不気味なくらい静まり返って、首をぴんと伸ばしたまま硬直したアスヴァルはもう死んでしまったのではないかと思ったが、そうではない。
レンは本能で危険を察知し、フィオナを奪取した段階で逃げることを決意して。
「……ごめん、なさい」
駆け出したレンへ、フィオナが彼の胸元で涙を流しながら。
「私……本当に……」「大丈夫です。気にしないでください」「……でもっ!」
「誰が悪いとかじゃないんです。こんなの、誰にもわからなかった。――――でも、貴女は俺のことを守ってくれたんだから、謝らなくていいんです」
優しい声に心がほだされ、また涙が溢れ出た。
フィオナは少しでもレンの痛みを和らげようと、自分の身体に残された魔力を駆使して、彼の腕の火傷に手を添えた。
心地良い冷気が、彼の腕を包み込む。
それから彼女は自分の足で立った。
レンはそっと礼を言い、すぐにとある道を視界に収めた。
前方が霞んでしょうがないが、見間違えてはいない。
(どうにかなる)
アスヴァルの角がレンに砕かれ、更に魔石も破壊されたことでその力は極端に弱まった。
影響を受けていた溶岩流も少しずつ静まっていた。
これにより、外へ通じる道の一つがレンの目に映し出されたのだ。
レンはフィオナに肩を貸し、彼女と共に前へ進みはじめたのだが、
『シィ……シィイイイイ……』
忘れてはならない。
アスヴァルは、まだこの地下空間にいる。
角を砕かれ、魔石も失ったアスヴァルはつい数分前までの知性すらなくなって、全身が一層腐りはじめていた。
瞳は青一色に光って、口元から漏れだすのは炎から瘴気に変貌している。
足を動かすたび、腐臭と瘴気が地面から湧きたった。
いくらアンデッドだろうと、魔石まで砕かれたら死んでもおかしくないはずなのに……。
全身を腐らせようと動きつづける姿が、生前の精強さを彷彿とさせた。
やがて腐りきった身体は横たわり、もう二度と目覚めぬ眠りに堕ちるはずだが、それまでどれくらいの時間を要するか想像できない。
(どうにかして、外に――――ッ)
レンの頭の中には、この場を離れることだけが浮かんでいた。
もう、戦えるだけの余力が自分にはない。
恐らくフィオナだってそうだ。
彼女もアスヴァルの魔石に取り込まれ、自身の力を吸い取られていたから、身体にあまり力が入らないようである。
だからこそ、最初の目的に帰結した。
何が何でもフィオナを連れてバルドル山脈を去り、彼女を無事にエウペハイムへ送り届ける。事後処理や魔王教の件はそれからだ。
……足が重い。
自分では勢いよく走っているつもりなのに、目的の道まで全然たどり着けない。
視界は更に霞んで、端が暗くなってきた。
(もう少し……なのに……)
限界はとうに超え、気力だけで動いていた自分を誤魔化せなくなった。
前へ押し出した足が地面を踏み損ね、ふらっと前のめりに倒れかけた。
「っ……冒険者さん!」
しかし、それをフィオナが押しとどめる。
これまでレンに肩を借りていた彼女が、今度は彼女がレンを支えたのである。
視界のほとんどが暗闇に染まり、意識がもうろうとしてきたレンが「逃げてください」と呟く。
だが、フィオナは決して頷かない。
レンに肩を借りていたときよりは遅い足取りだけど、懸命に足を動かしつづけた。
『フゥ……フゥ……シィィイイイ……』
背後から嫌な音がした。
フィオナが一瞬だけ振り向けば、そこには二人に迫りくるアスヴァルの姿がある。
瘴気を散らし、腐食した身体で駆ける姿がなんとも悍ましい。
伝説も、堕ちればああなると思えば絶句した。
「っ……来ないで!」
レンに比べて魔力に余力があったフィオナが氷の壁を生んだ。
しかし、四本足で這いずるように近づくアスヴァルは意に介することがない。
強固であるはずの氷の壁は、最初からなかったかのように突破され、足を止めることなく近づくアスヴァルにフィオナが息を呑む。
『オォォオオオオオ――――ッ!』
アスヴァルの剛腕が何度も何度も地面を突いた。
抉れた星瑪瑙が石礫とかして飛翔し、弾丸と化してレンとフィオナを襲う。
それらが迫る度にフィオナは氷の壁を用いて守り切ったが、代わりにアスヴァルが瞬く間に距離を詰め、次に剛腕を振り下ろせば二人を潰せるまでの距離に近づき――――
「っ……!?」
遂に、剛腕が届いた。
だけど間一髪、フィオナがブレスからレンを守ったときと同じ、強固で分厚い水晶のような氷で自分たちを覆った。
だが衝撃に倒れこんでしまったフィオナの頬が地面に擦れ、頬を赤い血が伝う。
――――でもどうしてか、その血はレンに触れてすぐに色を変えた。
フィオナ自身も気が付かなかったけど、赤から黒に色を変えていたのだ。
「レ……ううん。冒険者さん」
支えきれず一緒に倒れこんでしまったレンへ近寄り、フィオナは「ごめんなさい」と何度も繰り返した。
氷の壁の外からは、アスヴァルが何度も剛腕を振り下ろす音が聞こえてくる。
アスヴァルは暴走してしまっているが、その膂力はレンと戦っていた頃に比べ遥かに脆弱で、フィオナの氷を崩すのに時間を要していた。
「氷が砕けたら、また同じようにあなたのことを包み込みます」
鮮血と共に涙で頬を濡らしながら、倒れたレンの頭を自身の膝に乗せて言う。
「あなただけでもクラウゼルに帰れるように、絶対にあの龍を止めてみせますから……だから、ごめんなさい。巻き込んでしまって、本当にごめんなさい」
声が震える。
嗄れそうだった。
「……せっかく約束してくださったのに、ごめんなさい」
何度目かわからない謝罪を口にして、彼女ははじめてレンの頬に手を触れた。
彼の頬を伝う汗を丁寧に拭い、彼が命懸けで守ってくれたことへの感謝を密かに伝える。
やがて、氷の壁に巨大なひびが入った。
フィオナはそれを見て、別れの時だと知った。
「――――砦では私を気遣ってくれて、本当にありがとうございました」
最期に、どうしても言いたいことがあった。
「一年くらいでしたけど、私はあなたのおかげで、最期に人らしく生きる時間を過ごすことができたんです」
彼女は涙を拭い、
「さようなら。レン様」
別れの言葉を口にした。
◇ ◇ ◇ ◇
夢を見ていたのか、それとも死後の世界なのか。
気が付いたとき、レンは見知らぬ回廊の中を一人歩いていた。
……どうなっているんだ。
自分はさっきまでアスヴァルと戦って、星瑪瑙の地下道を抜け出そうとしていたはず……なのだが、ここはいったいどこだろう?
夢にしては感覚が鋭く、死後の世界と言うのも違う気がした。
では、結局ここはどこなのかという話になる。
――――回廊は、黒い大理石調の床がつづく広い場所だ。
左右には流麗なステンドグラスが等間隔に張られ、ステンドグラスの外側は夜なのか真っ暗だ。
高い天井には豪奢なシャンデリアがあって、レンが進む道を照らしていた。
……なんだ、あれ。
しばらく進んだ先に、巨大な扉が現れた。
複雑な彫刻が施されているそれは、レンが何度開けようと試みても開かなかった。
しかし、それはとあることをきっかけにあっさりと開く。
『……せっかく約束してくださったのに、ごめんなさい』
フィオナの声がしたと思えば、扉からカチャ、と鍵が開くような音がしたのだ。
扉はそれから勝手に開いて、レンのことを中に誘う。
円筒状の壁には、ここもステンドグラスが張り巡らされている。
ここのそれは、回廊にあったものと比べて更に豪奢だった。
戦争か何かを模したであろう絵のあるガラスが、荘厳且つ息を呑む迫力に富んでいる。
部屋の中に足を踏み入れれば、コツン、という足音が何処までも響き渡った。
この部屋に、レンは一人。
寂しいくらい響き渡った足音を聞いた後に、レンはこの部屋の中心に置かれた台座の存在に気が付いた。
台座の上には、漆黒の長剣が突き立ててあった。
レンはその剣の下へ足を進めた。
背後では扉が閉まる音が鳴り響いたけど、気にせず進んだ。
自分がどうしてここにいて、ここが何処であるのかといったことに向けていた気持ちが消え、いまは漆黒の長剣にだけ意識が向いていた。
台座の前に立ったレンは、しばらくの間その剣を見つめた。
すると、
『――――砦では私を気遣ってくれて、本当にありがとうございました』
また、だった。
どこからともなく、フィオナの声が聞こえてきた。
自分の傍から聞こえてきたような気もするし、はたまた、どこか遠い別の世界から聞こえてきたような、不思議な感覚もした。
『一年くらいでしたけど、私はあなたのおかげで、最期に人らしく生きる時間を過ごすことができたんです』
レンは自分がまだ死んでいないと思った。
耳に届く切なさを極めたフィオナの言葉に、レンはどうにかして彼女の下へ戻らなくては――――と焦燥を覚える。
でもわからない。
どうしたら外に戻れるのだろうと思っていたら、刹那、漆黒の長剣に目が向いた。
有り得ないと思ったけど、その剣に語り掛けられた気がしたのだ。
『さようなら。レン様』
フィオナの声を聞きながら、レンは漆黒の直剣に近づいた。
……ふと、腕輪が光った気がして目を向ければ、
――――
・????(レベル1:1/1)
――――
イェルククゥと戦った際、リシアの魔力に影響を受けて顕現した魔剣と同じ表記があった。
では、この漆黒の長剣がそうなのか? フィオナが隠していた力が関係していて、彼女の体内にも魔石があるのだろうか――――とレンは少し考えた。
だけど、それは違う気がした。
フィオナの声につづいて鍵が開くような音がしたことを、レンは冷静に思い返した。
何か……フィオナの力がレンに作用した可能性は捨てきれなかったけど、フィオナの身体に魔石があって、そこから影響を受けたという感じはしない。
となれば、この漆黒の長剣はレンが最初から持っていた――――となるが。
(やっぱり、よくわからないな)
一瞬、レンは自分の体内に魔石があるのかと思ったけど、ばかばかしいと笑い飛ばす。
「けど、何でもいい」
レンが声に出す。
「彼女を助けられるなら、力を貸せ」
言い放つや否や、レンの身体に異変が生じた。
漆黒の長剣をつかみ取れば、濃密な魔力が止めどなくレンの身体に流れ込んでくる。
そもそも満身創痍だったのに歩けることが不思議だったけど、それを抜きにしても、経験したことのない充足感がレンの身体を包み込んだ。
身体が満たされていく感覚がしばらくつづき、終わると同時に漆黒の長剣は姿を消した。
……すると背後から、扉が開く音がした。
扉の奥には眩い光が満ち溢れていて、これまでと様子が違った。レンはそれが、元の世界に戻れるのだと本能で悟り、光に向かって歩きはじめる。
頭の中には、自然と炎の魔剣のことが浮かんでいた。
アスヴァルを倒すために必要な力だと思って。
だけどさっきは、強烈な頭痛でお前には扱えないと言われたような気がした。なのにいまは、漆黒の長剣に注がれた魔力によって、そうした心配が脳裏を掠めることもなく。
「出ろ。炎の魔剣」
命じれば、レンが腕輪を装着していない手に……さっきまで、漆黒の長剣を掴んでいた手に。
火炎を宿した直剣が、当たり前のように召喚された。
――――
・炎の魔剣(レベル1:■/1)
――――
けれど、レンが扉に近づくにつれて様子が変わっていく。
炎の魔剣が纏った火炎は徐々に色を変え、剣身も伸びて直剣へ近づく。
また一歩進めば柄も大きさを変え、これまで銀一色だった剣身と柄が、くすみ一つない黄金へとその色を変えていく。
――――
・炎の■剣(レベル■:■/1)
――――
同時にレンは、漆黒の長剣から得た力のすべてが、すべて炎の魔剣に吸われていく感覚を覚える。
コツン、と足音を奏でるごとにその現象は進みつづけ、炎の魔剣はレンの背丈ほどもある長剣となり、腕輪の水晶に映したその名を変えてしまう。
――――映し出された名は、炎剣・アスヴァル。
光に満ちたその先を見せる扉の前に立ったとき、レンは自分の身体に痛みを覚えた。倦怠感を覚えた。魔力がほぼ枯渇したことによる頭痛を覚えた。
忘れていた腕の火傷も痛みを催して、ここから先の現実に向かう覚悟をさせる。
でも、こうして動けるだけの活力を取り戻したし、手には黄金の魔剣がある。
あの漆黒の長剣はなんだったんだ? それに炎の魔剣の名前が変わって……まるで
「まぁ……なんだっていいや」
ここにフィオナの力がかかわっているとしたら、彼女に直接聞けばいいだけなのだ。
そう、すべてが終わってから。暴走したアスヴァルを倒してから。彼女がどんなスキルを持っているのか尋ねることにしよう。
こうつぶやいたレンは、光の中へ雄々しく一歩を踏み出した。
◇ ◇ ◇ ◇
レンに別れの言葉を告げてからというもの、フィオナは彼を守りながら、何度も氷の魔法を用いてアスヴァルの攻撃を防いでいた。
だけど、彼女だって限界だった。
アスヴァルが振り下ろした剛腕が近づいてくる。
次こそは、対処できずに命を奪われると確信した。
「っ……」
しかし、フィオナの命を奪うに至らなかった。
震えていたフィオナの肩はレンに引き寄せられる。彼女に迫っていた剛腕は、彼が手にした剣が放つ炎に弾かれたのだ。
「っ……レン、様?」
絶望の淵から一変。
不意の驚きに表情を染め上げ、レンをきょとんと見上げた黒髪の少女。
その少女が一筋の涙を頬に伝わせたのを見て、
「はい。自己紹介が遅れましたが、俺はレン・アシュトンと申します」
――――レンは穏やかな笑みを彼女に向けた。
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