得られた情報。
やがて夜になり、レンは野営の支度に取り掛かった。
手伝うと言ったリシアには休むように言う。
彼女は不満そうにしながら、野営の支度をするレンの姿を眺めていた。
「慣れてるのね」
「ここ数日で慣れました。基本はヴァイス様に教わってたおかげですよ」
「ヴァイスに? もしかして、冬のこと?」
「そうです。あの夜の経験のおかげで、魔物の捌き方や火の起こし方に、色んな野営の知識を学ぶことができましたからね」
あの日はヴァイスによる突然の提案だったが、いまでは本当に良かったと思っていた。
自分だけならいざ知らず、リシアを連れてるいまなら特にそうだ。
(今日はコイツだ)
レンは今から魔物を捌く。
対象はFランクのホワイトホークという魔物で、リトルボアよりランクが一つ上だ。
とはいえレンにとっては敵じゃない。特に苦労することなく狩ることができた。
「空を飛ぶ魔物なのに、どうやったの?」
「木に止まってたところをツタで縛って、後は斬るだけでした」
「あの不思議な剣の力ね」
「ご賢察です。ちなみに正体は秘密ですよ」
「……ケチ」
正直、隠す意味があるか疑問ではある。
リシアを抱き下ろすときだって木の魔剣を使ったし、もはや教えたも同然ではあるのだが……。
スキル名だけを隠すのは、ちょっとした反骨精神によるものかもしれない。
(魔石は今のうちに吸っておくか)
リシアが不満げにそっぽを向いた間に魔石を見つけ、腕輪に近づけ力を吸収する。
密かに水晶に目を向けると、以前と比べて成長が見れる。
――――――
レン・アシュトン
[ジョブ] アシュトン家・長男
[スキル] ・魔剣召喚(レベル1:0/0)
・魔剣召喚術(レベル2:898/1000)
レベル1:魔剣を【一本】召喚することができる。
レベル2:魔剣召喚中に【身体能力UP(小)】の効果を得る。
レベル3:魔剣を【二本】召喚することができる。
レベル4:*********************。
[習得済み魔剣] ・木の魔剣 (レベル2:714/1000)
自然魔法(小)程度の攻撃を可能とする。
レベルの上昇に伴って攻撃効果範囲が拡大する。
・鉄の魔剣 (レベル1:714/1000)
レベルの上昇に応じて切れ味が増す。
・盗賊の魔剣 (レベル1:0/3)
攻撃対象から一定確立でアイテムをランダムに強奪する。
――――――
実のところ、魔石の数で換算すると二つの魔剣のレベルが上がっていてもおかしくなかった。
だが、ロイの怪我により有事に備える大切さを学んだため、レンはリトルボアの魔石をすべて自分のために使うのではなく、半分程度は売却用にしていた。
雀の涙程度の金額でも、ないよりはいいはず。
そのため現状は、この程度に留められている。
「コレはなに?」
腕輪に気を取られていたレンを傍目に、リシアが疑問の声を上げた。
レンが彼女の方に顔を向けてみれば、彼女は荷物の中からとネックレスを見つけ、眉をひそめていた。
「それは魔獣使いから奪ったものです。攻撃したときにチェーンが切れて飛んだんですが、売れば路銀にできると思って保管してました」
見てくれは銀色のチェーンと赤い宝石が目を引く品だ。
リシアはそれを手に取り、小さな声で「魔道具ね」と呟く。
「アイツは俺たちの声が外に聞こえないようにしてるって言ってましたし、その魔道具かもしれません」
レンはつづける。
「ただもう壊れてるので、万が一にも俺たちの痕跡は追われないと思うのですが……」
「さすがレンね。確かにその心配はいらないわ。……けど、売るのはやめておきましょう。いざとなったら、何かの証拠になるかもしれないでしょ?」
確かにその通りである。
レンは間もなく「ですね」と返事をした。
◇ ◇ ◇ ◇
翌朝、レンは夜が明けとともに馬を進めた。
リシアが目を覚ましたのは少し進んでからだった。彼女はまだ本調子でないからなのか、深い眠りについていたようだ。
昼になる頃には森を抜けると、平原に村を見つけた。
十数軒の家々が散見される小さな村だ。
(一応、寄っておくか)
まだ食料と水に余裕はあったけど、本来の目的だった薬があるかもしれない。
なくともリシアは回復に向かっているものの、あるに越したことはない。
「お嬢様。ちょっと寄って行きましょう」
「うん。わかってる」
返事を聞いたレンはその村に向けて馬を進める。
数十分過ぎて村に着くと、ひとりの村人が近づいてきた。
「小さい冒険者さんだね。珍しい」
レンとリシアを迎えたのは壮年の女性だ。
「どうして私たちの村に? 何か欲しいものでもあるのかい?」
「はい。実は薬が欲しくて」
交渉の結果、レンは魔物の素材と交換で食料を得た。
本命の薬やミール草はなく残念だが、食料も大切なことに変わりはない。毎食魔物の肉では、リシアの身体にも悪いだろう。
「これからどこに行くんだい?」
「えっと……特に目的のない旅なので、まだ決めてません」
「そうかいそうかい。だったら、このままずーっと進んだ先にある、クラウゼルに行ってみてもいいかもしれないよ」
目的地を明かすことによる危険を鑑みたレンだったが、一瞬、目的地の名が出たことで眉が吊り上がる。
壮年の女性が気付かなかったのは幸いだった。
「クラウゼルで何かあるんですか?」
「この前来た冒険者さんが言ってたんだよ。なんでも近いうちに、クラウゼルは賑わうそうでね」
「クラウゼルが賑わう……?」
「そうさね。よくわからないけど、クラウゼル男爵様が罰せられるとかなんとかでね」
すると、その言葉を聞いてリシアがハッとした。
これまで静かにして居た彼女が慌てて口を開く。
「どういうこと!? なんでそんなことになってい――――なってるのですか……っ!?」
リシアは一瞬、声を荒げてしまった。
しかし情報を得るためにも、激昂しかけた感情を必死になって抑えている。
女性の気を悪くしてしまわぬようにだ。
「さてね。冒険者さんが言うには、クラウゼル男爵様がギヴェン子爵に魔物をけしかけたとか、色々疑惑があるそうさな」
「そ、そんな……」
「本当かどうかは知らないよ。その冒険者さんたちも、道中でギヴェン子爵様の一段と一緒に野営したとき、小耳に挟んだだけらしいらねぇ」
話を聞いているうちにリシアが呆然としてしまった。
女性が戸惑い、「どうかしたのかい?」と心配していたから、レンはどうにか笑みを繕う。
そろそろ、この村を離れた方が良さそうだ。
「彼女、昨日から具合が悪くて」
「大丈夫かい? よかったら一晩くらい泊ってもいいんだよ?」
「お気持ちだけいただいておきます。では、俺たちは急ぐのでそろそろ」
レンは呆然としたリシアにも一言合図をして、平原に戻っていく。
向かうのは、村に着くまでにリシアが指示を出していた方角だ。
「お嬢様。ご立派でした」
村を離れてから数分後。
リシアが冷静さを欠かずにいたことを称賛した。
だが、声を掛けても彼女の反応がない。
また数分が経ち、更に十数分が過ぎてもだ。
でもレンは心情を察して、無理に話をしようとはしなかった。彼女が自分から口を開いてくれるまで、じっと根気強く待ったのだ。
……やがて、その彼女が身体を揺らした。
久しぶりに口を開いた彼女は、
「……ねぇ、
不意の呼び捨てでレンを驚かせた。
「ええ、どうしたんですか?」
レンは驚きを隠し、呼び方の変化を指摘せずに言う。
声色は可能な限り穏やかに、つづきを急かさぬようゆっくりと。
「どうして? お父様はずっとずっと頑張ってたのに、どうしてこんなことになっているの?」
「……やはり、ギヴェン子爵が犯人だったからでしょう」
「ううん、そういうことじゃなくて……」
リシアは言う。
ギヴェン子爵が犯人なことはわかり切っていた、と。
「お父様はレオメルに尽くしてきたのに、どうしてこんな仕打ちを受けなければならないの?」
「それは――――」
「私たちが何をしたって言うの……? 確かに私は幼くて愚かだったかもしれない。でも、お父様がこんな仕打ちを受ける謂れはないのに、どうして」
レンの目の前でリシアが肩を震わせる。
今度は自分のふがいなさのせいではなく、此の程の騒動に対して。
その姿は、七英雄の伝説に出るリシアではなかった。
「……ギヴェン子爵の強引な振る舞いは、誰がどう見ても変よ。道理に合わないはずなのに、どうしてその理不尽が許されるの……?」
繰り返された言葉にも、弱々しさが見え隠れする。
でも、
(――――当然か)
共に居るリシアはまだ幼い少女なのだ。
七英雄の伝説における聖女リシアではない。決して。
ゲームと同一視したことこそ侮辱かと思い、レンは心の中で謝罪した。
「もう貴族って……よくわかんない……」
遂にリシアは肩を震わせ、涙を流した。
その涙は手綱を握るために回されたレンの腕にも滴り、彼女の震えと共にレンに悲痛さを伝えて止まない。
痛ましく、切ない姿だった。
ただ、リシアの疑問に対する答えをレンは持っていない。
それでも、無視する気にはならなかった。
だからレンはほぼ無意識のうちに手綱から片手を放し、リシアの頭を撫でた。
恋人にするようなそれではなく、兄が妹にするような優しいそれで。
「……レン?」
彼女の髪は湯を浴びていないせいで汚れが残っており、絹を思わせる艶が見る影もない。
リシアにとってみれば、こんな髪は触られたくなかった。
そもそも、平時も易々と触らせるものではない。
「……どうせだったら、もっとちゃんと撫でなさいよ」
しかし、リシアは嫌悪することなく受け入れた。むしろ撫でやすいように身体を動かしたのである。
◇ ◇ ◇ ◇
その翌朝、日が昇って間もない頃、クラウゼルの町にギヴェン子爵が到着した。
壮年の彼は一見すると、灰色の髪とヒゲを丁寧に整えた紳士然とした男だ。
が、この男は見た目と裏腹に腹芸に富んでおり、大きな野心すら抱いている。英雄派に属する貴族の一員として、同派閥の勢力拡大に一切の余念がなかった。
「子爵」
町中の大通りを馬で進む中、彼の騎士が声を掛けてきた。
「いよいよですな」
「――――ああ。我ら英雄派の未来のためにも、必ずやクラウゼル家を落とさねばならん」
「成し遂げられた暁には、志を共にする皆様がお喜びになることでしょう」
「そうだ。……
「その相手がクラウゼル家であるならば、帝都近くの領地も抑えられますからな」
ギヴェン子爵が頷いて返す。
「できればクラウゼル家ごと抱き込みたかったものだ」
「ええ。しかし奴らは、子爵が何度働きかけても動かなかった者たちです。もはや、力で抑え込む他ないでしょう」
言葉を交わすうちに、子爵はふと思い返した。
彼は僅かに馬を騎士に近づけ、忍び声で騎士に言う。
「衰退しつつあるレオメルを生まれ変わらせるため、皇族派を追い詰めねばならん。そして、中立を自称する愚かな売国奴共に罰を与える。……奴らのような日和見主義は、貴族の風上にも置けない愚か者だからな」
強く言い放ったギヴェン子爵を見て、騎士は頼もしさを覚えた。
「それにしても、子爵」
「どうした」
「……レン・アシュトンに対して、どうしてあれほどご執心だったのですか? 確かに未来有望な少年ですが、あれほど手を尽くす価値がおありとは思えません」
そう言われたギヴェン子爵はほくそ笑み、天を仰いだ。
「子爵? 差し出がましいかと存じますが、レン・アシュトンに聖女以上の価値があるとは――――」「それが、あるのだ」「――――!?」
食い気味に言ったギヴェン子爵の横で、騎士が目を見開いた。
決して騙りとは思えぬ圧倒的な自信を孕んだ声には、明確な理由を感じて止まない。
「聖女の存在も、後にクラウゼル男爵と交渉するための材料に違いはない。だがしかし、それだけで私がこれほど強引な立ち回りをすると思ったか?」
得意げに言ったギヴェン子爵が、つづけて、
「私が真に欲しているのは、レン・アシュトンただ一人だ。クラウゼル家の件はついでにすぎん。寄り親共の圧にも、いい加減飽き飽きしてたところだからな」
「な、なぜなのですか!? 未来有望であろうと、たかが田舎騎士の倅に過ぎないのですぞ!?」
「皆が皆、そう言うであろうさ。だが、
その声音は、先ほどよりも自信に満ちている。
更には大望を期待させる力強さだった。
「――――アシュトン家を手にすれば、我がギヴェン家は英雄派の中で台頭する。いや、英雄派どころか、ほぼすべての臣民も私を讃えることになろう」
含みのある言葉の真意は語られず、ただ騎士を期待させるに留まった。
でも一つだけ気になった。
どうして子爵は、レン・アシュトンと言わず、アシュトン家と言い直したのだろうか……と。
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