第5話 呂洞賓仙人
イギリス人から逃げ延びた彩蘭と侍は香港政府に匿われていた。清王朝からの勅命書を携えた彩蘭を無碍にはできなかったからだ。
この時代の政府は腐っていた。見栄やコネばかりが重宝され、賄賂などは平然と行われていた。香港政府は、反清王朝と言われている三合会との癒着も日常風景である。
この時対応した政府の要人もまた三合会との繋がりを持っていた。情報だけ聞き出してやり過ごそうとするも、彩蘭の剣幕に押されつつあった。
「ですから、この香港でイギリス人が阿片の販路の土台を作ろうとしているのです。」
「しかしだ。三合会とやり合うのだろ?それは清王朝にとっては願ってもない事だ。漁夫の利を得れば良い。」
「イギリスが三合会だけを相手にすると、本当にそう考えるのですか。当然、政府要人や市民にも被害が出るでしょう。また、彼らは我々の事など人間とも思っておりません。彼らの好きにさせては香港、ひいては清王朝に決して癒えぬ傷を残すことになりましょう。」
彩蘭に対応していた要人は悩む。余りにも壮大な彩蘭の物言いが胡散臭く感じてきた。しかし、これが事実であったのならば、中央への報告を怠れば自分が裁かれる事になるだろう。
「わかりました。王朝の使いの者と連絡をとってみましょう。」
「ありがとうございます。」
と、彩蘭は深々と礼をして部屋から出て行った。
「あいつは信用できるのか?」
部屋へ戻ると石田時乃助が聞いてきた。
「信用はできないわ。ただ、自らの保身の為に王朝への連絡はするでしょう。」
「ならば、動くのはそれからか。」
彩蘭と石田は次の手を思案する。しかし、結局の所は相手の出方しだいだろう。イギリスがどう動くか。三合会がどう対応するのか。それを見定めてから動かざるおえない、というのが政府側の実情である。もう少し政府が積極的に関与してくれるのならばやりようもあるが、それは期待できないだろう。結局の所、官僚は保身に動く。荒らされた街の後始末はいつも幕僚と呼ばれる私設役人に回されるのだ。
トントン、と扉を叩く音がした。石田が警戒する。隙間から覗くと初老の男性が1人で立っていた。彩蘭にその旨を伝える。
「年寄りを待たせるもんじゃないぞ。」
と、声がした。彩蘭はその声を聞き慌てて扉を開けた。
「申し訳ありません。警戒しておりました。」
「よいよい。事情は分かっている。
「
石田は2人のやり取りを黙って見ていた。呂洞賓と呼ばれた男の空きのなさに、柄にもなく怖気づいた。斬りかかれば斬り返される。それが本能でわかるのだ。
どうすれば勝てるのか。石田は武人としての性質として自然と思考を巡らせていた。
「良い護衛を抱えているな、彩蘭。」
「恐縮です。」
頭の中で百手考え、百度敗れた。刀で挑むのは分が悪い。しかし、俺にはそれしかない。
「そう強張るな、侍よ。我らは仲間だ。仲良くやっていこうじゃないか。」
呂洞賓は石田に言った。仙人と呼ばれた奇怪な老人と共闘する事に、石田は妙な胸騒ぎを覚えたのだった。
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