142.妖精と迷子

 夏も八月、晴天。

 お空には大きな雲が浮いていて、暑いものの過ごしやすい日だった。


 俺たちはお昼ご飯を食べた後、城門の所へ来ていて、兵士さんやビーエストさんを交えて剣の稽古に参加していた。

 ミーニャ、ラニア、シエルは見学で、近くの草花を観察していた。

 そのうち門の向こう側へ出て、何やらごそごそと花を摘んで髪飾りなどを作っていた。


「あれ、ミーニャたちは?」

「さっきまで向こうでお花摘んでいたけど」

「いや、いないよ」


 彼女たちは突然姿をくらませていた。


「大変だ。すぐ捜索隊を」


 大工衆などは町の中を見てくれることになった。

 ハンターや最近ポツポツいる冒険者などは森へ捜索へチームを組んで出ていく。


 ビーエストさんと俺たちもチームを組んでそれに続いて森に行くことになった。


「なるべく早く見つけよう」

「おう!」



   ◇


 昼過ぎ、私たちは城門のすぐ外で遊んでいた。


「あ、妖精さん」


 ふと森の中を見ると、光る玉が浮かんでいた。

 あれはそう、以前にも見た妖精さんだった。

 私はそれを見た瞬間、吸い込まれるようにそちらへ歩いていく。

 今思い出しても、何かの魔法にかかったみたいに、ふらふらと進んでいった。


「ちょっとミーニャちゃん」

「ミーニャちゃん」


 ラニアちゃんとシエルちゃんも私に気が付いて後を追ってきた。

 こうして三人で森に入っていった。


「妖精さんがいたの」

「はっきり見たの?」

「うん。こっち」


 なんとなく強い魔力を感じる。この感じは以前にもラニエルダの近くの森でも出会ったことがあった。


「あっあっち」

「本当だ、ちょっと光った気がする」

「どこ、みゃぁ」


 ラニアちゃんも一瞬見たみたいで、目を見開いている。

 そして私の方へ顔を向けて、コクコクと首を振った。

 ほら妖精さんだ。


「はやく追わないと」

「え、あ、うん」

「妖精さん、みゃうみゃう」


 そのときは必死だったのだ。

 なぜと言われると答えられない。

 でも私は妖精さんの後を追って、どんどん森を進んでいった。

 この森には何回も入ったことがあるから、この辺りなら見慣れている。


「ミーニャちゃん、あの、ここどのあたりだろう」

「え、西へ少し入った辺りじゃないの?」

「なんか周りの雰囲気が違うような気がします」

「そっかな、そっか、えへへ、わかんない」


 私たちはすでに現在位置を見失っていた。

 このエクシス森林の中だとは思う。

 方向としてはエルダニアから西へまっすぐ進んで、西砦の少し下ったあたりかもしれない。


「どこか分からないけど、妖精さんはこっち」

「うん。でも戻らなくていいの?」

「まだ、夕方まで時間あるよね」

「それは、大丈夫だけど」


 私は今思い出してみても、妖精の魅了にかかっていたのだろう。

 正常な判断力を欠いていた。


「遭難しちゃったかも」


 ラニアちゃんが心配そうに言ってくる。


「うん、迷子になっちゃった?」

「かも、しれないです」

「みゃうぅぅう」


 私も迷子だと認めることにした。


「お腹も空いた、みゃう」

「そうだね。その辺のもので食べられるものを集めよっか」

「はい、そうしましょう」


 ということで妖精さんの気配を追いかけつつ、採取をすることになった。

 そうして周りを見渡すと、ところどころに見覚えのある植物がある。


「これ、ハート型、サトイモ」

「そうですね」


 前、エドちゃんが鑑定していたものだ。

 私たちは何種類もの植物をエドちゃんから教えられていた。

 だから見分けることができるようになっていた。


 サトイモを木の枝で掘る。

 思ったより簡単に掘れた。


「やった、やった」

「でかしました」

「やった、みゃう」


 そうしてまた歩き出す。


「これ、トマトだよ」

「そうですね」

「野生のトマトみゃ」


 赤い木の実、トマトを収穫する。

 この辺りではここまで大きな実になるのはトマトぐらいなので見分けはついた。

 似た毒植物は聞いたことがなかった。


 そのうちに日も少し傾いてきた。


「キノコ!」

「キノコはエド君なしでは食べちゃダメだって」

「そっか、うん」


 ラニアちゃんが止めてくれた。

 そういえば似た種類でも毒があることがあるので、勝手に判断しちゃダメって言っていたっけ。

 こんなに美味しそうなキノコなのに今回は素通りだ。

 後ろ髪を引かれるような思いで、進んでいった。

 妖精さんの気配も、もう少し先のほうからまだ感じられる。


 そして私たちは小さな泉に到着した。

 妖精さんの気配はこの辺りで霧散していて、わからなくなっていた。


「綺麗な泉です」

「そうだね!」

「みゃうう」


 ラニアちゃんがまっ先に感動の声を上げたので、二人で同意する。


「お水飲もう、お水」


 三人で水を掬って飲んだ。


「もう暗くなってきたから、帰り道も距離が分からないし」

「そっか」

「ここで火を起こして、キャンプにしましょう」

「わかった!」

「みゃうみゃう」


 薪を集める。それにラニアちゃんがファイアで火をつけてくれた。


「ふぅこれで一安心です」

「なんだか火と綺麗な水で、神秘的」

「そうですね、ふふ。なんだか森の中なのに魔物の気配もなくて」

「うん。この辺り、俗にいうセーフティーエリアなのかも」


 物語だ。

 ダンジョンと言われる迷宮やこういうフィールドのあちこちには上位存在、精霊や妖精などが祝福している土地があり、セーフティーエリアと言って魔物が近寄らない。

 迷信というかおとぎ話だと思っていたけど、本当なのかもしれない。

 そういう話をして笑った。


 サトイモを枝に刺して焼いた。

 トマトは泉の水でさっと洗ったら丸かじりにした。

 私たちは笑顔だった。

 寂しい思いもある。でもなんだか大丈夫な気がしていた。


「大丈夫だよ。迎えに来てくれる」

「エド君ですもんね」

「そうみゃう」

「エドちゃんは私の救世主だもん」


 励まし合って、身を寄せ合って眠る。


 翌朝。


「おーい。ミーニャー」

「おーい」


 パッと目が覚める。すでに日が昇っていた。

 私たちは昨晩、疲れてしまって寝てしまい、野外だったのにぐっすりだったのだ。


「エドちゃーーーん」

「おーーーい」


 声を上げる。返事が返ってきた。

 無事、なんとか合流した。

 私たちはメイン装備以外、ほとんどをエドちゃんのアイテムボックスという不思議な収納空間へ入れているので、荷物を持ち歩いていなかったのだ。


 エドちゃんが走ってくる。

 みんなと抱き合って、ギュッてした。


 森を進みみんなで戻っていく。

 そうして、なんとかエルダニアに戻ったのだけど、この日ばかりは普段温和なパパに怒られてしまった。

 そんな、ひと夏の小さな冒険、思い出だ。

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