122.初氷

 金木犀きんもくせいの木に花が咲いていた。


「エド、この花、いい匂いするっ」

「おう、金木犀だね、たぶん」


【キンモクセイ 植物 普通】


 オレンジの小さい花をたくさんつける。独特のいい匂いがあたりに漂っていた。

 それでもってこの木はオスの木。

 日本にはオスの木しかなくて挿し木で増えて実もならない。


 この世界には中国みたいに原種が生えているので、もちろんメスの木もあるらしい。

 日本にも薄黄木犀という近縁種があってプルーンみたいな紫の実がなる。

 つまり、それに似た感じの実だった。

 まあ日本や中国の木とは厳密には同じではないと思うけど。


 前領主は庭の実のなる木が好きらしく、なかなか庭は散策のし甲斐がある。

 集めて石鹸とかにするといいかもしれない。

 手間なのと下請けをしてくれる実働部隊のハリスがエルダニアには居ないので保留としよう。


 そうしてこうして秋も深まっていった。


「じゃあな、坊主。また春になったら来る予定だから、頑張れよ」

「ばいばい。俺たちもまた稼ぎにくるからな」

「ばいばい」

「さようなら」


 定期馬車や回ってきたレンタル馬車で各々の大工衆が帰っていく。

 もうすぐ冬がくる。


 冒険者ギルドの本館。噴水広場前のラファリエ教会とセブンセブン商会。

 表通りの店舗が何軒か、長屋がワンセット、住宅街の通りもワンセット、倉庫街。

 あとは市民公園。


 結構な数の家を完成させることができた。

 ここまでできて今年の仕事は終わりだ。

 みんなトライエ市と王都へと戻っていった。


 冬は雪も舞う。トライエ市と異なり数センチぐらい積ることもあるらしい。

 手がかじかんで仕事どころではない。

 特に外での大工仕事は手を使うので大問題だった。


 ということで冬は室内の改装工事など工務店のような仕事をするらしい。

 王都でもそういう仕事はあるので、続きはまた来春だ。


「馬車、いっちゃったね」

「ああ」

「寂しくなっちゃった」

「そうだな。なんか温かい物でも食べよう」

「うんっ」


 大工衆が居なくなると、あれだけいた男たちと元気な女性がみんないない。

 城門の管理をしている衛兵と衛兵の雑用をする人、あと数人の商人くらいしかいなかった。

 これにバラック小屋の料理店が何軒か。

 それから今は商店と倉庫を回している新興の大商店が何軒か営業しているだけになった。

 そうそう、ビエルシーラさんも支店をひとつ構えている。


 もっとも王都とトライエ市の間は冬の間も普通に行き来があるので、領主館ホテルは営業している。

 メイドさんたちは新年を前に、いつもより掃除を頑張っていた。


 冬の間はエルフ国との間の取引は基本的にできない。

 冬山のヘルホルン山を登るのは死に物狂いの覚悟がいる。

 もちろん理由があって通る人もいるにはいるらしい。

 ヘルホルン山の西砦と東砦も城門を閉ざして立てこもっているそうだ。



 冬のある日の朝。


 ミーニャたち暖房妖精さんを抱いて寝ているとすごく暖かい。

 子供の体温は大人より高くてぬくいらしい。

 とても気持ちがいいが、なんとか布団から出て起きる。


 ピーピピピッ、ピゥ。


 普段見ない種類の小さい鳥が鳴いた。

 葉が落ちた木の枝に留まっている。

 白と黒の模様に赤いワンポイントがお洒落さんだ。

 もっと北のほうから渡ってきた鳥だろう。


「鳥さんかわいいね」

「ああ」


 そういうミーニャたちもかわいいけどね。

 オールシーズンのメイド服を着ているので見た感じの服装は変わらない。

 見えないだけで下に一枚シャツを追加している。

 あまりに寒いと上にマントを羽織ったりもする。


「おお、今日は寒いわけだ。氷が張ってる」

「氷? ほんとだ、かき氷と一緒」

「そうだな、うん」


 ミーニャは氷も普通にエルフ国で見たことがあるし、氷魔法で出した氷も見たことがあるんだった。

 俺は天然の氷はあまり見た記憶がない。

 ここよりも何度かトライエ市のほうが温かい。

 ちょっとの差なのだろうけど、やはり少しだけエルダニアのほうが北なのだ。


「固いね」

「そうだよ」

「つるつるだし」

「おう。足で乗ると滑るから気をつけないとね」

「うんっ」


 注意したのに凍った水溜まりの上に乗って滑って遊んでいる。

 ずいぶんたくましい。

 運動神経はよいようで、全然転ばない。


 つるつるー、つるつるー、と遊んで行ったり来たりしている。

 ミーニャもシエルもなかなかやる。

 ラニアはどちらかというと頭脳戦タイプなので、ちょっとおっかなびっくりだった。

 なるほど、これは性格出るな。


 口から吐く息も白い煙のようで、なるほど空気もだいぶ冷たい。


「もうすぐ冬だね」

「ああ」

「冬といえばクリスマスとお正月だもんね」

「そうだな、何食べたい?」

「もちろん、唐揚げ!」

「だよなぁ」


 クリスマスという単語ではないが、冬至を過ぎたお祝いする習慣がある。

 これも転生者が広めた疑惑があるが十二月に入ると針葉樹の木にいっぱい飾りをつける。

 なので俺は心の中では通称でクリスマスと呼んでいる。

 お正月はお正月だ。


 それでクリスマスにはチキンを食べる。

 シチメンチョウだったりニワトリだったりするが、さてエッグバードを食べるわけにはいかないし。

 ケーキはよく分からない。スラム育ちなので見たことがない。


 気温も零度を下回るとなると、雪になる可能性がある。

 寒いのはあまりうれしくない俺はちょっとドキドキだ。


 さて今年は女の子が三人もいる。

 どんなクリスマスとお正月になるか、今から楽しみだ。

 楽しい楽しいホワイトクリスマス。ちょっと期待しておこう。


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