77.ラファリエ教会

 月曜日の午後。


 平日の昼だから喫茶店エルフィールの日だ。

 俺たちは平日昼間、ギードさんプラス四人もいてもしょうがないので、交代でお休みを取ることになった。


 氷はラニアと俺しか出せないが、一度昼に帰ってきたときに樽に出しておく。

 これでめちゃくちゃ混まなければ夕方までは持つ。


 開店したあの日から、安い、そしてあまり喫茶店という文化そのものがなかったため、お店は大繁盛している。

 特に長時間休憩していくという文化がないので、一杯飲んでさっと帰っていく人が多い。

 文庫本もテレビもスマホもパソコンもないから時間をつぶす要素があまりない。


 マダムたちも数人で来て、冷茶を飲み終わると、おしゃべりをするでもなく次の目的地へ行ってしまう。


 メルンさんとギードさんによればお茶会という文化は上流階級の貴族のみの文化らしい。

 そもそも意味もなくお店でおしゃべりしたりしない。

 ただし酒場は除く。


 うちは酒場じゃないし、女の子もいない。

 ここでいう女の子とは夜のお仕事のことね。

 いわゆる水商売のことだ。


「それじゃあ、今日は俺とシエルからお休みいただきます」

「行ってらっしゃい。にゃあ」

「はい。行ってらっしゃい」


 ミーニャとラニアが平気な顔で、普通に送り出してくれる。

 なんだか変な気分だ。


 ミーニャは以前なら俺にべったりで絶対離れないはずなのに、この前のエドのうんち一週間戦争の初日のときもラニアと遊びに行っていた。

 ラニアと頻繁に遊ぶようになった、心境の変化があったのかもしれない。

 成長したといえるだろう。

 いいことだ。


「さてどこに行きたい?」

「みゃう……教会。ラファリエ教会。エド君に、みんなに会えたこと、神様に報告して感謝したい」

「そっか」


 シエルもラファリエ教会の信者だったか。

 いや、この国の国民ならほとんど信者だと思うけど、農村がそうだとは限らない。


 実際に村では特殊な宗教や土着の精霊様をあがめていることもあるのだ。


 都市では信仰の自由なんてないが、街の外で好きにする分には問題ない。

 ようはバレなきゃいいのだ。


 俺も一度、教会へは行こうと思っていた。

 ちょうどいい。



「みゃぅ、みゃぅみゃみゃ、みゃぅみゃぅ♪」


 なぜか声ではなく、鳴き声の歌を歌っている。

 今日、武器は俺のアイテムボックスの中だ。


 女の子は俺の知らない歌を知ってる法則でもあるのか、聞いたことがない。

 結構物知りだと自覚しているので謎だ。


 女の子には女の子のネットワークがあるんだろう。

 そこで自分たちだけの歌とか共有しているんだ。


 ちなみにもちろん手をつないで、楽しそうにぶんぶん振り回している。

 子供か。子供だったわ。


 今日は反対側にミーニャがくっついていないところが珍しい。


「こっちかな」


 道を進んでいく。

 教会は家から近いところにある。

 いつも鐘の音がうるさいくらいなので、近所なのは事実だ。


 裏通りを進んでいくと、表通りに出た。

 もう見えている。


 大きな鐘楼があるので一発で教会だとわかる。

 あれが鐘撞堂ともいう。


「大きな建物みゃう」

「おう」


 二人で見上げる。

 ここから見ても、かなり高さがある。

 結構な建築技術だ。

 石造りでこれだけ水平に建築するにはそれなりの技術力を有するのだろう。

 その権力も想像がつく。


 白亜の巨塔、というイメージだろうか。


 王都やどこぞにある聖都の鐘楼はさぞ高かろう。


「私、街に憧れてて、うれしいみゃう」

「そ、そうか。よかったな」

「はいっ」


 シエルの笑顔がまぶしい。

 でもちょっとだけ実家のことも考えていたみたいで、目に涙が浮かんでいる。

 それを隠すように目を擦って誤魔化した。


「逃げてきちゃったけど……」

「うん」

「お母さんたち、ご飯食べられてるかな」


 トマト農家なのでトマトが売れれば儲かるのだろうが。

 問題は自分たちが食べる分を栽培していないと、トマトが全滅したときに詰むんだよな。

 農家の多くは自給自足前提で回っている。

 食糧費を相殺して、なんとか食べている場合が多い。

 しかし聞いた限り、トマトの売り上げに依存しているみたいだし。


「送金してみたら?」

「送金?」

「うん。お金を実家に送るんだ。手紙の配達と同じでお金を送れる」

「そうなんだみゃう!」


 あれ、送金って一般的じゃないのかな。

 そもそも手紙も貴族や商人ばかりで平民には一般的じゃなかったわ。

 前世知識のせいで俺の常識は間違っていたり、ゆがんでいることがある。


 確か母トマリアがいうには冒険者ギルドでやってるはず。

 マイナーサービスっぽいけど。


 教会があるなら、教会間でも同様のサービスがある。

 でも村に教会はあるのかな。


「なあ、村に冒険者ギルドかラファリエ教会はあった?」

「ギルドはないよ。教会はあったみゃう」

「そっか、じゃあ教会でお金を送ろう」

「わかった!」


 さてやっとくだんの教会に到着だ。


 白い石を選んで建ててある。

 ただ大理石とは違う感じ。なんだろう。

 この地域で採れた中で白い石を選んだような雰囲気になっている。

 そのわずかな石材の違いがモザイク画のように組み合わさって独特の模様を作っている。


 表札にはラファリエ教会トライエ支部、と書かれていた。

 字が読めるようになって、俺氏うれしい。

 これが例の台風もどきで飛ばされた看板だ。


 中に入ると、窓から光が注いでいて神秘的だ。

 ちょっとミーニャの祝福を思わせる。


 左右にミサの長椅子。

 中央に通路。


 通路の突き当たりには教卓。

 神父様が聖書を広げて、説教するための台だ。


 奥に祭壇。奥の上にステンドグラス。祭壇にはラファリエール様の白い像。

 左右には謎の飾りと木があり、果物がお供えしてある。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る