70.喫茶店エルフィール

 平日の午前中は学校へ行く。

 それで午後なんだけど。


「喫茶店をしてみたい」

「エド、喫茶店、にゃあ?」

「喫茶店みゃう?」


 少し考えがあって喫茶店をしてみようというふうに思い立った。


 俺も茶色い服を卒業して、冒険者ギルドで小綺麗な服を買ってきた。


 出すのは以前は自分たちで作っていたハーブティーだ。


 ハーブティーも犬麦茶も買ってきて自分で淹れるのは、特にスラム在住だと面倒くさい。


「そこで喫茶店だよ。お茶を出す専門店でさ、最低限のものだけ出してそのかわり料金はうんと安く設定するの」

「なるほどぉ、エドすごい」


 ミーニャはよくわかっていないので「エドすごい」と言っているのだろう。

 まあ別にいい。


 メルン治療院は兼喫茶店支部ということにした。

 スラム在住の人はメルンさんのお店でお茶を楽しめる。


 そしてお茶だけだとさみしいのでクッキーを出す。

 クッキーなら日持ちがするので、翌日に繰り越しても大丈夫だ。


 そうそう。

 この際なので、砂糖とコショウを冒険者ギルドの売店で、手に汗握りながら注文した。


「さささ、砂糖と、コショウ……ください」

「ええ、もちろんあるわ。大袋よね? 全部で金貨二枚だけどいい?」

「はいっ」


 俺も緊張する。

 武器とかのほうが高かったりするが、砂糖とコショウといえば高級品の筆頭だ。

 これを買うのは俺の中で夢でもあって、その緊張感は半端なかった。


 小袋もあるけれど分かれている分単価が高いので、量を使うことがわかっているなら、よけい高いのだ。

 銀貨一枚の袋と金貨一枚の袋があるってわけ。

 銀貨の袋十個買っても容量は金貨の袋ひとつより少ない。


 とにかくこうして砂糖を買ってきた。


 その砂糖を控えめに入れて小麦粉と水で作ったシンプルクッキーだ。

 魔道コンロにフライパンを乗せて焼いている。

 薄切りのアーモンドも買ってきて入れておいた。

 アーモンドなしのも用意してみた。

 薄焼きにしてパリッといけるようにしてある。

 間違って厚焼きにするとボソボソの携帯食料みたいになってしまう。


 本当はジャムをつけて食べると抜群にうまい。

 しかしジャムは高いので別料金が必要になる。


 とりあえずサクランボとノイチゴジャムを数ビンだけ在庫があったので、これを有料オプションとすることにした。


 お茶はミントティーと犬麦茶なんだけど、ここからがうちの売りだ。

 ホットだけでなく、あらかじめ作ってあって、それを氷魔法で冷やしたアイスがあるのだ。


 飲み物を低温で冷やす概念もこの世界にあることは宿屋で知った。

 あのときに飲んだ冷たいレモン水は忘れもしない。


 ということで俺の独断でレモン水もラインナップに入れておく。

 レモンは市内の朝市で調達してきた。

 ちょっと勝手がよくわからないので相場より高いかもしれない。

 ここは要改善だろう。


 通常、冷やすのは地下倉庫なんだけど、俺たちは氷魔法を使う。

 そしてその氷をコップに入れて提供する。


「わわ、冷たい。氷すごい」


 ミーニャはいつも好奇心旺盛でかわいい。


 氷魔法なのだが普通にメルンさんは使えた。すごい。

 ラニアも普通に使えた。というか以前、攻撃魔法で使っていたと思う。すごい。

 そして俺も根性で氷魔法を覚えた。適性自体はあったらしい。すごい。自画自賛。あばば。


 支店はメルンさんに、そして本店なのだが。


 本店はうちのリビングを一般客に開放することになった。


 俺たちは狭い家に住んでいたのでキッチン、ダイニングだけでも十分で、リビングの活用を持て余していたのだ。

 それで喫茶店を思いついた。


 金貨が飛んでしまったが、木製の椅子とテーブルを四組ほど購入した。


 それから冒険者ギルドのエルフのお姉さんの伝手つてで、簡易的な木製看板を作ってもらった。


『喫茶店「エルフィール」』


 エルフィールってのはエルフはラファリエール様の眷属という意味の言葉で、古代語から受け継がれた単語の一つらしい。

 メルンさんとギードさんはちょっとって遠慮したんだけど、俺が押し通した。

 つけちゃいけないという遠慮ではなく、恥ずかしいかららしいので。


 エルフの店とかかっこいいじゃん。


 本店は平日昼過ぎまでお休みだ。

 本店の隠しメニューとして茹で豆のランチは食べられる。


 イルク豆、サトイモ、ホレン草で山椒風味が利いている。


 俺たちとギードさんが学校から戻ってくるから、かわいい女の子の接客が楽しめる。

 あぁ俺をご指名することもできる。奇特な方もたまにいるかもしれない。

 金髪イケメンエルフをご所望ならギードさんをどうぞ。


 夕方には閉店だ。

 俺たちはちょっとだけ前より遅い夕食を食べる予定となっている。

 土日は休みとする。食材を採りに行ったり、森へ行ったりしたいので。


 開店前日は日曜日だったので、森へ行きトマトを回収して俺特製トマトスープを作った。

 パンと干し肉の日なので、もちろんお祈りもしたよ。




 開店初日。

 こういうのは月曜日と相場が決まっている。


 午後の開始時間になったら「クローズド」の札をひっくり返して「オープン」にする。


「喫茶店『エルフィール』、本日より開店いたします」


 ぱちぱちぱち。


 冒険者ギルドのエルフのお姉さんミクラシアさん。

 いつもの雑貨屋のドリドンさん。奥さんは店番だそうです。

 それからたまたま帰ってきたらしい騎士のビーエストさん。


 生徒関連はガキ大将ハリス。ハーブの提供元だ。

 ハリスの彼女らしいメアリー。


 スラムのお隣さんのルドルフさんとクエスさん。


 あぁお懐かしい。犬獣人のパトリシアおばさん。ハーブはこの人から始まった。


 現お隣さんのラニアの母親ヘレンさん。ジャム騒動ではお騒がせした。


 それから俺の知らない人や近所の人がいる。


 住宅街の奥だというのに初日は関係者で席はすぐにいっぱいになった。

 値段は最低値だ。

 俺たちの物価感覚はスラム街とドリドン雑貨店が基準なので、城内の物価よりはるかに安いらしい。

 その感覚で安い値段設定したからそりゃあ安いわ。


 利益は少ないが十倍売ればいいんだ、十倍な。


 ハーブは格安で直接仕入れているので、めちゃくちゃ安い。

 水は井戸から汲み放題。

 井戸の使用料とかもない。

 氷は業者に頼むと目ん玉飛び出るくらい高いらしいが、自分の魔法で出す分にはタダ同然というね。


 こうして初日の営業をなんとかこなした。

 売上はまぁまぁだったが、それ以上にいろんな人と交流ができて意外と満足した。


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