66.引っ越し

 謁見を終えて再び馬車に乗せられて家に戻ってきた。

 馬車は道の都合でラニエルダには入れないので、街道すぐ脇に停車する。


「それじゃあ、ビーエストさん、さようなら」

「はい、さようなら。また会う機会がありましたら、よろしくお願いします」


 送り迎えのビーエストさんに挨拶をして、スラムの家に戻る。


 領主館で自分たちのトマトスープもちゃっかり頂いて食べてきたので大丈夫。


 この日はこのままお休みとなった。




 翌日。

 馬車の返却によって金貨十枚が戻ってきた。

 そして金貨二十枚をいただいたので、合計で金貨三十枚ほど余裕ができた。


 引っ越しをしよう。


 この前から考えていたことだ。

 ラニエルダには愛着もあるものの、是が非でも住み続けたいというほど執着心はない。

 なんやかんやドリドン雑貨店には引き続きお世話になる予定だけど、家はいいだろう。


 不動産屋さんという職種はなく、経緯は知らないけれど冒険者ギルドの管轄となっている。

 商業ギルドではと思うんだけど、冒険者ギルドがこの世界の標準らしい。


 今日もギードさんは一張羅のお忍び衣装を着ている。

 いや変装というかこっちが正装なのかな。


 フードをかぶればとんがり耳も隠せるので、この格好がいいのだろう。

 いつもはもっと作業着みたいな茶色い服を着ている。


 茶色い服はスラムの標準服とでもいうべき地味な奴で、春秋や冬に着るお洒落な服のことではない。


 ギルドの受付、クエストカウンターに並んで用件を言った。


「スラムに住んでいたんですけど、トライエ市内に家を借りたいです」

「ミーニャ様たちも城内にお引越しなのですね。おめでとうございます」

「あの予算は金貨二十枚くらいなんですけど。それでなるべく長く住めるところを」

「そうですね、私が特別に案内します」


 そういうなりエルフの受付嬢さんはカウンターから出てくる。

 カウンターの席には「離席中です。他をご利用ください」という札が出ている。

 この札も以前に見たことがあり、意味を教えてもらった。


「そういえばお姉さんって名前は?」

「私はミクラシア・アウフヘーベン・トラスティアです。よろしくお願いします」


 くっそ。相変わらずエルフの名前は長い。

 ハーフエルフでもこうなのか。


 鑑定しようと思って、そういえば無断で鑑定は失礼だって言っていたと思いだした。


 なぜか視線をさっと俺に一瞬移してウィンクしていくミクラシアさん。

 鑑定しようとしたのがバレたかもしれない。

 する前でよかったセーフ。


 資料を見に行って、いくつか見繕ってもらった。

 そうして内覧をした。


 結果は東門から少し北に入った丁度スラム街の背面に位置する場所に決まった。


 表通りから離れており普段は静かだ。


 家の裏側すぐは狭いながらも畑が広がっていて、市内の農家さんが作業をしている。


 狭いトライエ市内であれば全部住宅地かというと、そんなことはなく最低限の農地があるのだ。

 これは籠城したりするときを考えてのことだが、もちろん市民全員を食べさせるには狭すぎる。

 ないよりはマシという程度のものだ。


「ここが新しいおうち!」

「わわ、私も一緒に住んでいいんですみゃう?」

「いいんだよ、シエル」

「やったぁ、みゃう」


 さて家の構造だけど、キッチンとダイニングが並んでいて、別にリビングがある。

 夫婦の寝室と子供部屋だ。

 それから近場の井戸と専用スライムトイレ完備。


 俺もついに一人部屋かと思っていたが、ミーニャがくっついて離れないので、一緒の部屋になった。

 もっと広い家もあったのだけど家賃は高いし、子供部屋が個室だとイヤだ、と主張したのだ。


 ということで総合的に子供部屋は一部屋で、手ごろな値段の家に決まったのだった。


 幸いなことに大型家具は前の住人が残していっておりテーブルと椅子は人数分最初からあった。

 ベッドはないが当分は床に毛布を敷いて寝るとしよう。


 スラム街の家は「メルン診療所」として独立することが決まった。

 手放すのもアレだし、母親トマリアが戻ってくるなら、そのままのほうがよい。


 あとエッグバードちゃんは診療所住まいとなることが決まった。

 一緒に住むより、ここのほうが落ち着きそうだったので。


 家賃はひと月金貨一枚。二十枚で二十か月は住める。

 この世界には敷金や礼金という制度はなくて代わりに家賃がちょっと高い。


 あと基本的に冒険者ギルドでの信用度で借りられる家が異なる。

 冒険者ギルドで直接世話になっていない人でも信用調査や商業ギルドなどへの問い合わせで決まるそうだ。


「はい、荷物」

「ありがとう~エドぉ」


 アイテムボックスは家族には知られている。

 さっさと荷物を収納して引っ越した。

 大型家具などはスラムの家にはないので、楽ではあった。


「じゃあな、スラムの家……」


 家に声を掛ける。

 別にそういう宗教ではないが、メルン治療院以外のものはみんな持って行ってしまったので、布団もお客さん用のみ、たくさんあった籠などの収納品もない。

 ずいぶんガランとしてさみしい感じがした。


 相変わらず何を考えているのかわからないエッグバードだけは部屋が広くなったと楽しそうに家の中を歩きまわっている。


「コケ、ココココ」

「お前は元気でいいな。また卵を産んでくれ」

「ココ」


 そうして古い家と一応、お別れをした。


 ラニアは引っ越しをすると言ったら、だいぶグズッたけど、最終的には同意してくれた。


「ラニア、今までと同じように遊びに行くから」

「エド君、私を置いて、他の女と一緒に行ってしまうのですね」

「そんな言い方しないでくれぇ」

「あはは、冗談ですよ。また遊んでくださいな。うちもそろそろ引っ越しするんです」

「え、そうなのか! よかったじゃん」

「はいっ」


 ラニアも引っ越しか。

 うちよりボロい家だったもんな。

 明らかに稼いでる割には家はそんなんでアンバランスだったから、不思議だったんだ。


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