29.唐揚げ

 引き続き火曜日、午前。

 見張り山の山頂、トライエ騎士団の見張り小屋。


 一人の隊員が面倒を見てくれる。

 一匹を手本に、解体を実演してくれる。

 それを俺が横で、もう一匹を解体していく。


 そういえば母親はゴブリンの魔石取りは教えてくれたのに、なぜかウサギの解体は教えてくれなかった。

 タイミングとか忙しかったとか、たまたまとかだろうけど。


 ウサギは無事に魔石、骨、お肉、皮に分離された。


【一角ウサギの魔結石 魔石 普通】


 魔石は2センチくらい。ゴブリンより小さい。

 やはりゴブリンと同じく紫水晶のような色をしている。


「ほら、これで、解体、完了」

「ありがとうございました」

「いいってことよ」


 思ったよりは難しくない。

 俺が人体の構造とかを少し知っているというのもあるけど。


 これでお肉が手に入った。


「内臓は捨ててくか? トイレあるぞ」

「あ、すみません」


 トイレに内臓を投げ込む。

 モツ煮とかを知っていると、もったいないような気もするけど、これがこの世界のスタンダードなのだろう。

 常識だよ、常識。内臓なんて食べないよねぇ。ぷげら。


 ああ……今度、自分で処理するときは隠れて焼いて食べよう。


「ありがとうございました」


 帰りの手紙、要するに定期報告書を持たされて、下山する。


 下山中にも一角ウサギに一回エンカウントしたけど、すぐに逃げてしまった。


 見張り山を下山し、草原に戻ってくる。

 草原までくれば安全だろう。


 すでに向こう側にはラニエルダのスラム街の家々が見えている。

 スラム街へ行ってもいいけど、一度進行方向を変えて、街道へ出てしまう。


 街道を歩くとまるで旅商人になったような気分がしてくる。


「街道は歩きやすい」

「そうね」

「にゃは」


 ミーニャは何も考えてないな。


 そのまま進み城門前まできたので、ドリドン雑貨店をチラ見して、家に戻った。



 本当のお肉回、調理開始だ。


 本日のお昼のメニュー。

 主食はイルク豆、カラスノインゲンの水煮。

 メインディッシュはウサギの唐揚げ。

 ホレン草、タマネギ、サトイモの山椒炒め。

 タンポポ草とレタスのサラダ。


 唐揚げより先に他の調理をしてしまおう。


 先にちょっと時間がかかる水煮を作ってしまう。


「ではウサギのお肉を出します」

「「おーお」」


 普通のウサギより大きいので、お肉も大きい。

 なかなか食べる量があるぞ。


「一口サイズに切っていきます」


 一口というか三口くらいかな。

 ミスリルのナイフは脂もベタつかずに簡単に切れる。


「ニンニクを刻みます」

「お、ニンニクね」


 ニンニクの匂いがする。


「塩とニンニクを合わせてお肉に揉みこんでいきます」

「おおぉ」


 揉み揉み揉み。


 本当は寝かせたほうが味が染みこむけれど、もうお昼なので、時短クッキングだ。


「油を温めた鍋を用意して」


 これは事前に温めてある。


 揚げる前に小麦粉を水に溶いて塩、ニンニク、ショウガをすりおろしたものを入れた衣をつける。

 片栗粉がいいという話もあるけど残念ながらない。


「揚げます。これが――『唐揚げ』です」

「「唐揚げ」」


 本当はニワトリの唐揚げなんだろうけど、ウサギの唐揚げだ。

 牛とか豚よりも、肉質が似ているので、美味しくできると思う。


 じゅわあああ。


 お肉が油で揚げられていく。


「「(ごくり)」」


 あまりに美味しそうなので、喉が鳴る。

 サラダを並行して作ってもらう。

 カラッと揚がったキツネ色の唐揚げを取り出して、油を切る。


「「美味しそう」」


 山椒炒めをささっと作ってしまう。


「はい完成」


「「やったー、お肉だああ」」


 メルンさんとギードさんもニコニコしている。


「ラファリエール様に感謝して、いただきます」

「「「いただきます」」」


 唐揚げをうまくスプーンに乗せて口に運ぶ。


「うんまぁ」

「美味しい、です」

「ああ、これは美味しい」


 思った以上の肉の旨味。なにこれ美味しい。

 ウサギはニワトリに似ているのか、脂っこくもないしパサパサすぎるほどでもない。

 中から肉汁にくじゅうが出てきて、めちゃうま。


 まだ唐揚げは熱いのに、みんな必死で食べている。


「これなら毎日お肉が食べたいくらいだわ」


 メルンさんがおっとり言う。毎日、一角ウサギ狩りをさせられる俺たちを想像する。

 まあ、美味しいから悪くはない。

 なんとかスローライフの範囲かもしれない。


「すみません……なにやら聞こえてきたものでにゃ」


 おっと珍客だ。お隣さんのルドルフさん。奥さんのクエスさん。

 二人とも猫耳族だけに、耳がかわいい。

 まだ若夫婦だ。二十五歳くらいかな。あれ、こっち基準だと、若くもないかもしれない。


「お肉を、食べているとか、なんとか」


 くっ、たかりか。まあたかりだな。


「はい、一緒に少し食べます? たくさんありますので」

「本当ですか、ではお言葉に甘えてにゃ」

「すみませんにゃ」


 大皿に乗せた唐揚げの余りを見せて、スプーンを差し出す。


「ラファリエール様に感謝します。いただきます」


 ぱく。


「うまっ、なんだこれ、美味しいにゃ」

「どれどれ、本当、こんなに美味しいにゃ」


 二人とも目を丸くして、驚いている。


 唐揚げ、食ったことないのかな。ないんだろうな。


 肉屋で生肉は売ってはいるけど流通量は少ない。

 謎の動物の干し肉がメインだ。たぶん羊。あと魚の干物。


 その肉屋も城門の中まで行かないといけないし、それなりのお値段だから、スラム街では縁がない。

 昔、食べたことがあるかもしれないけど、なさそうだな。


 アツアツのニンニクがほんのり利いている塩味。

 あふれる肉の旨味、抜群に美味い。


 ウサギ二匹分の四分の三は唐揚げにしたから、残りは少ないけど。

 また機会があったら、食べたいと思う。


 山椒炒めとサラダも美味しかった。

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