15.ミーニャとヒール

 引き続き水曜日、午後。

 水浴びを終える。


 服をギュッと絞る。ただしあまり強く絞ると、破れてしまう。

 毎日着ているうえに古着なので、繊維が元々傷んでいるのだ。


 れた服だけど、そのまま着る。他に方法がない。


 雨に濡れたら風邪をひくというのは、たぶん迷信だと思う。

 ただし水に濡れた結果、体温が下がって、免疫力が下がるということは、あると思う。

 今は春だし、暖かいからすぐに乾く。


 この辺の気候はわりと乾燥気味かもしれない。

 そういえば、昨晩は夜中に雨が降ったもよう。


 日本は夏の湿度がものすごいけど、こっちはそうでもない。


 ミーニャは髪の毛も一応洗うので、結構水浴びも長い。


 俺も頭まで水に浸かって頭も洗ってある。


「エド、私も終わったよう」


 俺がミーニャのほうを見ないようにして黄昏たそがれていたら、そちらも終わったようだ。


「ねえねえ、私、綺麗になった?」

「お、おう、綺麗だぞ」

「やったっ!」


 うんうん、水も滴るいい女ってね。まあ幼女だけど。

 ちょっと濡れ透けになっていて、見た目がヤバげだけど、こっちの人はこれで普通のこととしてスルーしているから、俺も黙っていよう。

 何か発言したら、俺の人権が剥奪されてしまう危険性がある。


 ちょっと直視するのは厳しい。


 まあなんだ、胸はまだない。六歳だもんな。そりゃそうか。



 さて、何しようか。

 頭の中の予定表は、ある程度消化してしまった。


「ああそうだ、思い出した」

「え、なにが?」

「ミーニャ、メルンおばさんのところいくぞ」

「え、ママ?」

「うん、そう、マッマのとこだ」


 家に帰ります。


 ということで、戻ってきた。

 愛しの我が家。

 床の木の温もりが捨てがたい。


 なお調理場以外は土足禁止だ。床に毛布を敷いて寝るので。

 羊の毛の毛布はなかなか温かい。

 が実を言えば毛布より、抱き枕にしてるミーニャのほうが温かい。


「あのさ、メルンさん、お願いがあるんだ」

「なんですかぁ」

「ミーニャに、いや俺も一緒に習ってみるけど、ヒール、回復魔法を教えてほしい」

「そうですね、そろそろ、そういう年齢ですもんねぇ」


 あっさり承諾してもらえた。


「じゃあ二人とも、まずはヒールの体験からしてもらいましょう」

「「はーい」」


「そういえば、ラニアちゃんが私を仲間外れにしないでって言ってなかった?」

「ラニアにも覚えられるなら覚えてほしいけど、あの子は攻撃魔法専門だから、別にいいかなって」

「そうかしら、まあいいわ」


 そういえば、家族とか鑑定していなかった。

 いやワザと避けていたんだけど、この際だ確認しておこう。


 覚悟を決める『鑑定』。


【メルン・ラトミニ・ネトカンネン・サルバキア

 105歳 メス B型 エルフ

 Bランク

 HP575/582

 MP560/763

 健康状態:B(痩せ気味)


 おばちゃん105歳、なのか、これは人間の尺度で測ったらあかんやつですね。

 年齢についてはタブーと肝に銘じておこう。


 MPが結構使われている。ヒールのMP消費が多いのだろうか。

 それとも結界とか祝福とか、何か高等魔法を普段から使ってるのかもしれない。


 やっぱり痩せ気味なんですね。


 もっと肉を!!


「では、ミーニャ、ヒールを掛けるわね、よく見て、よく感じるのよ」

「はいママ」


 俺も見る。ちゃんとヒールを掛ける瞬間は、まだ見たことがない。

 いつも遊び歩いていたので。


「癒しの光を――ヒール」


 緑色の光が集まってくる。


「ほわわわ」


 ミーニャに光が吸収されていく。


「どう?」

「あっ、なんだか暖かくて、気持ちよかったです」

「よかったわ」


 腕にあった小さな切り傷が、なくなっている。

 女の子なんだから、とは思うものの、草原とか森へ連れまわしているのは俺です。

 すまんなミーニャ。


「次はエドね」

「ああ、よろしく」

「よろしくされますね」


「癒しの光を――ヒール」


「おおぉおお」


 なんだこれ、空前のリラクゼーション効果。めっちゃ気持ちいい。卑猥な意味ではなく。


 横になって、腰モミモミとかしてもらって、このヒールとか掛けたら、もうマッサージ師なんて目じゃないくらい、すごい。


 これで17歳くらいの清楚黒髪ロングおっぱおの美少女だったら完ぺきだったな。

 はあ、前世の記憶が俺を刺激してくる。


「さ、今度はあなたたちよ。お互いに掛けてみて」

「「はーい」」


「い、癒しの光を――ヒール?」


 ぽわわと弱いけれど緑の光が俺を包む。

 ちょっとだけ気持ちよかった。


「なんで疑問形やねん」

「えへへ、なんとなく?」

「でも成功してるじゃん。すごい」

「え、私すごい? えらいの? やったっ」


 頭を撫でてやる。


「にへらぁ」


 うれしそうにする。かわいい。


「俺もやる」

「はい、お願いします」


 ミーニャに手をかざし、こう念じるように。


「癒しの光を――ヒール」


 失敗か。

 もう一回だ。


「癒しの光を――ヒール」


「ヒール……」


「ヒール……」


「ヒール……」


「もう一回、癒しの光を――ヒール」


 ミーニャを黄緑色の光が包む。


「ほわわっ、あふん」


 なんだその、あふん、ってのはちょっとえっちだな。

 成功だ。


 俺も成功した。


 ミーニャの存在意義が怪しいけど、自分で自分に掛けることは出来ない、もしくは難しいらしいので、俺には必要だ。


 伝統およびオタクグッズでは「正副予備の三系統」と決まっている。

 予備はまだない。

 観賞用、保存用、布教用ともいう。


「にへらぁ、私ヒールでエドを応援するねっ」

「ああ、ほどほどに頼むよ」

「うんっ」


 マジほどほどでいいですよ。

 ミーニャが本気で祈ると、奇跡が起きちまいそうなんでな。



 せこせこスプーンを作成しているギードさんも鑑定してみるか。


【ギード・ラトミニ・ネトカンネン・サルバキア

 98歳 オス B型 エルフ

 Bランク

 HP601/612

 MP695/705

 健康状態:B(痩せ気味)


 ふむ。まあメルンさんとそれほど変わらない。

 ちょっと若い。


 メルンおばさんは家にいるのに、実は一番強いのか。

 鑑定は無慈悲に真実を映す鏡である。

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