5.ミントティーと香味野菜

 引き続き木曜日午後四時。

 家に戻ってきた。


「おばさん、ただいま」

「ママただいま~」

「あらおかえりなさい」

「おかえりなさいワン」


 ミーニャの母親メルンさんは、近所の犬耳族のパトリシアおばさんと話していた。


「いろいろ採ってきたよ。まずははいこれ、スペアミント」

「ミントね。ミントなら知ってるわ。スーッとして気分が良くなるのよね、懐かしいわ」

「なるほど」


「お茶を出すから、しばらく話を続けてて」

「そうね」


 さすが謎が多いエルフのメルンさん。

 たぶんこの人、元は良いところのお嬢様なんだと思う。

 だから知識とかいろいろもってるはずなんだけど、世間知らずでもあって、料理を作る才能に乏しい。

 俺が指示すれば料理は出来る。どんなものを作るかは知ってるのに、作り方は知らない、という感じがする。


 鍋でお湯を沸かして、ミントのハーブティーを出す。


「いただくわ」

「いただくワンね」


「美味しいわ」

「美味しいワン、本当にスーッてするワンね」


 犬耳族は、頭に犬耳、お尻の上に犬尻尾が付いている以外は、ほとんど人族と同じだと思う。

 肉が特に好きとかは、あるかもしれない。

 でも野菜がダメとかはないはず。


「それは、素晴らしいワン」

「ええ、そうね」


 おばさんたちは、しばらくハーブティーを楽しんで、大変好評だった。


「ねえあなたたち、そうよこれ、ミントティーだワン」

「なにが?」


「このミントティー。たくさん採ってこれるかしらワン」

「そこそこの量なら、採ってこれるよ。無限には無理だけど」

「私が仲介するワン。ドリドン雑貨店で売るワン」

「あーなるほどねぇ」


 ドリドン雑貨店は、この辺の唯一といってもいいお店で、黒パン、イルク豆、干し肉、あと塩を売っている店だ。

 要するに俺たちの生命線でもある主食を、メインで扱っているお店だ。

 それほど大きくないけど、スラムの家よりはよっぽど立派で、夜はちゃんと正面が閉じられる。

 地区では税金がないんだけど、ドリドン雑貨店の売り上げから地区の財源が出ていて、自警団の給料も原資はここが元手らしい。

 影響力はデカい。


 そんな独占販売のお店に、俺たちのハーブなんか置いてくれるのかと思うけど、半分は子供の遊びだと思って、少しの期間は付き合ってくれるかもしれない。

 あそこのおじさんとおばさんも俺とは知り合いだ。

 俺の母親トマリアとも非常に仲良くしていた。


「わかったよ。乾燥ハーブでいいかな?」

「そうね。それがいいかもしれないワン」


「わかりました。では、明日さっそく準備します」

「お願いワン。午前中に話しておくワン」

「お願いします。あ、小ビンとかないんで、小分けの入れ物は持参でお願いします」

「そうね。他の商品と一緒ワン」

「そうです、そうです」


 量り売りは本来、おもりを細工したり計算を細工するなどこの世界では詐欺の温床と思われているため嫌われている。

 しかし定量販売で使うビンは値段がそこそこする。

 ビンに詰めていると、ビンのほうが中身より高いとかいう、ことになりかねない。

 そのためスラム街では安いものだと入れ物は持参での量り売りが横行している。

 量り売りが可能なのはドリドンさんの信頼によるところが大きい。


 犬耳族のパトリシアおばさんとメルンさんの会話は長い。

 そしてどうも、パトリシアさんは腰痛持ちらしく、いつも治療魔法を掛けてもらっている、ということだった。

 街で施術してもらうと、値段が三倍はするらしいので、メルンさんには感謝しているとか。


 ほら、もう夕方になり掛かっている。

 そろそろ夕ご飯の準備をしないと。


「では、さようならワン」


 パトリシアおばさんの時間泥棒め。


 さて今晩の料理の内容を確認しよう。

 イルク豆とホレン草とカラスノインゲンのニンニク炒め。

 ノビルの素焼き。塩を一振り。

 タンポポ草の生サラダ。こちらも塩を一振り。

 それからスペアミントのハーブティー。


 イルク豆の水煮に比べたら、ずっといい。


 一度煮たイルク豆とカラスノインゲンをホレン草と共に炒めて、ニンニクを入れると、匂いが一気に広がる。


「おお、今日はなんだか、いい匂いがするな。どれどれ」


 日雇いの仕事から帰っていたギードさんも気になるらしい。


「なにこれ! なにこれ! すごい匂い!」


 ミーニャも大興奮。

 こら、そこの子犬。静かにしなさい。


 ミーニャは大きな目がまん丸で、かわいい。


 ノビルも焼くと、ネギかニンニク系の匂いがしてくる。

 一品としては、付け合わせレベルの少ないものだけど、ないよりは賑やかになるから、いいと思う。


「「「いただきます」」」


 ぱく。


「んっ」


「お~いし~い」

「ああ、美味しいな」

「これも、美味しいわね」


 みんなニンニク炒めも気に入ったようだ。

 よかったよかった。


 こうして塩味以外の、ニンニク炒めが我が家のメニューに加わった。

 なお、ニンニクは日持ちするので、まだ採ってきた残りがそこそこある。


 前世だと、スラム街のイメージって、都市部なら壁にスプレーで落書きがあって、プラスチックやビニールのごみが散乱していて汚くて、野犬が徘徊しているような感じだ。

 しかしここは家が粗末なことを除けば、だいたい綺麗だったりする。

 まずプラがないので、ごみがない。

 そして野犬もいない。スラム街では犬や猫がいたら食べられてしまうと、言われたことがある。

 俺は犬猫を食べたことがないので真相はしらないけど。

 城壁内では、犬猫のペットも普通に歩いているので、その辺は治安と文化の違いなのだろう。


 また土むき出しかと思いきや、意外と隣家と空間が少しでも空いていて、草が生えている。

 ただ有用な草はほぼ生えていない。


 うちにも特に意味のない庭がある。


 そこにニンニクとノビル、ホレン草を植えようと思う。

 庭にあれば、採りに行かなくても済むし。


「ミーニャ、手伝って」

「はい、にゃんっ」


 たまに猫耳族みたいに返事をする。気に入っているらしい。かわいい。


「ニンニクとノビルを植えます」

「植えるの!」


 二人で家の裏に、ニンニクとノビルの余りを植えた。

 ニンニクは全部植えないで、家の中に残しておく。

 万が一、庭を掘り起こされて、全部盗まれたらショックだ。


 ホレン草は、葉っぱしか採ってこなかったので、植えられない。

 これはちょっとしくじった。


 タンポポ草も特にこれは雑草なので植えるという考えがなかった。

 また一部の葉っぱだけ採ってくれば、また生えてくるからエコだとも思っていた。

 だから根っこごと採取していない。


 まあいいか。タンポポ草はさすがに近所から全部なくなったりしないだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る