#182 メイカケイの火
あなたはメイカケイに揺り起こされ、暗闇に目を凝らす。
「エイカゲンニセイ、お前のランタンを出せ」
あなたは言われるままにザックからランタンを取り出し、メイカケイに差し出す。彼女は自らそれに火を灯し、あなたの前に置いた。
「お前にな、俺の火を教えよう」
あなたは姿勢を整えて老婆に正対した。
メイカケイが言う。
「俺の火は、ヒモリヌシやナンジアルカの火とは違う。あいつらは火が自由に飛び回るのがよいと言う。それで何やら難しいことを言ってるが、俺にはそんなことは関係ねえ。これでも俺は俺なりに、何十年も火と向き合ってきてんだ。
お前は、復讐ってものを知ってるか。……復讐をする奴らってのはな、相手を憎む余り、ただ殺すのでは飽き足らねえで、いっそ死んだほうが楽だって思わすほど苦痛を与えようとするもんなんだ。死にも勝る苦痛の業火だ。
お前は、自殺をしようとしたことはあるか。……この世と己とをはかなむ者は、絶望から逃れようとして、自らの命の火を絶つ。そうして絶望の黒煙を断ち切る。
だがな、本当の残酷ってものは、死にも勝る苦痛とか死にたくなるほどの絶望とかを与えるどころか、その予感も、覚悟もさせねえで、ひっそりと即座に、火を消すことなんだ。
火ってものはな、燃えてあるってことに意味がある。俺の火は、ただそれだけなんだ。生きて火を灯すこと。それこそが喜びで、恵みなんだ。どんな苦痛も絶望も、喜びも恵みも、火を灯し続けていることの証しだ。それはな、それだけで尊いことだ。
これが俺の火だよ、エイカ。俺はこの火を灯し続けて、この町と、あの農場で、生きていく」
「承った、メイカケイ」
あなたは彼女が灯した火と、その器たる彼女とに、頭を下げた。この火を前にしては、あの村八分や揉め事や授業料など、なんと些細でつまらぬものだろう。火はあなたをそう諭している。
今、彼女が灯した火に名前を付けよう。「命の火の恵」と、メモしておくこと。
#183に進む。
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