#008 老人の跡を継ぐ
#008 老人の跡を継ぐ
翌早朝、あなた達は朝食をとることもなく薪や灯油やスコップなどを荷車に積み込み、南の大樹へと向かった。道中、あなたは荷車を引く親子二人の前を歩く。二人は小声で話をしたり、沈黙したりしていた。どうやらエイカゲン老人のことをあれこれと話したり黙想したりしているらしく、あなたのことをほとんど気にかけていない。あなたは二人の邪魔をせぬよう、十歩以上前を黙々と歩いた。あなたは、まだ彼らに名前を名乗ってすらいない。
大樹に着くと、あなた達は老人の亡骸を掘り起こし、火葬に付す。これは、死者が火として生き続けるようにするための儀礼なのだという。儀礼の最後には遺灰を土に戻すが、その跡には墓標すら立てられないという。
ヒモリヌシ氏が言う。
「墓標はむしろ、火が自由に伝わり広がるためには邪魔なんだ。墓を立てることではなく、命と言葉の火を受け継ぎ、伝えること。それが我々に必要なことだ。老師は以前から、ご自分の死を私達が悲しむことを拒んでおられた。私達の弔い方を、決して非情だとか無慈悲だとかとは思わないでもらいたい。私達は慎ましくも、心穏やかに、老師の火が自由を得て飛び回るよう祈りたい。老師はそれをこそ望んでおられるのだから」
立ち上る炎と煙を眺めながら、あなた達はエイカゲン老人に対してしばし黙祷を捧げた。これまで粛々と作業をこなしていた親子二人の目に涙が浮かんでいるのを、あなたは見た。
しばしの後、ヒモリヌシ氏はあなたに向いて言う。
「さて、この場でやるべきことがもう一つある。君の名前だが……」
「ああ、申し遅れましたが私は……」
「いや!」
あなたが名乗り出そうとするのを、彼は強い調子で制した。
「君はこれより、エイカゲンの跡を継ぐ」
彼は決意を込めるかのように一呼吸置き、続ける。
「故に、君の名前は、エイカゲンニセイ(叡火言二世)だ」
カオル嬢が目を細めてしんみりと頷く。……気のせいか、一瞬だけ顔を強張らせ、肩を小刻みに揺らしたようにも見えた。
「何だって!?」あなたは叫ぶ。
「これだけは守ってもらわねばならない。老師がかねてより所望されていたのだ」
「いやいや待ってくれ、エイカゲンニセイだと!? おかしいでしょう?」
「何がおかしいものか。私の名前だって、正しくは五代目ヒモリヌシだ」
「そういうことを言っているんじゃない。……待てよ? あなたはそれでも「ヒモリヌシ」とか、単に「ヒモリ」とも言われているじゃないか」
「私の名は跡を継ぐ前はヒモリだったからな」
「ちなみに私の本名は」娘が控えめに言う。「ホノオカオル(焔緒香)といいます。余計なことでしたか?」
「君は気が利くね。じゃあ、私もせめて「エイカ」ならばいいでしょう」
「ふむ、そんなことにこだわるのか」ヒモリ氏が言う。「普段はそう名乗ってよい。先生も普段はそう呼ばれていた。だが今後、君の本名はあくまで、エイカゲンニセイだ。これはとてもありがたい、深遠な名前なんだ。
あなたは渋々ながら、それを受け入れることにした。するとヒモリヌシはあなたの肩を掴み、空に向かって声を上げる。
「エイカゲン先生、ご覧になりましたか! 彼が叡き火の言を継ぎました! エイカゲンニセイです!」
あなたはこの先、「エイカ」ないし「エイカゲンニセイ」を名乗らねばならない。
一方、ヒモリヌシやホノオカオルにとって、「エイカ」とは誰よりもまず亡きエイカゲン老人のことを指す。物語進行上の不都合を取り払い、あなたがこの名前に馴染みやすくするため、これからは主としてあなたのことを「エイカ」と呼ぶことにするが、ヒモリヌシやカオル、あるいは誰であれエイカゲン老人を知る者は、本来ならばあなたのことを「新米エイカ」とか「小エイカ」とか、あるいは「エイカ0.2.0」とかなどと呼ぶのかもしれない。
あなたはそっとつぶやく。
「エイカゲンニセイ……」
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