アコナコス

アワイコトブキ

ルノアル

#001 旅の途上

 あなたは旅の途上にある。

 あなたが何者であるかということについて、物語はなるべく制約を設けないようにする。あなたがどこから来たか(差し当たり、あなたは南のほうから北のほうへと向かっているのだが、その前にどの地域にいたのか、あるいはどの星系、どの記録媒体にいたのか)、あなたが何を置いて来たのか(家族か、借金か、それとも臣民か、理想か)、その他諸々は、問われず語られない。

 だがやむを得ず、物語はあなたに関する若干の制約をあらかじめ課す。

 第一に、あなたは人間の成年の(多分三十路の)男性であり、道行く人々もあなたをそのように見る。したがって物語は、主としては成年の男性によって知覚される世界を記述する。あなた自身がそのような構成を組み直し、物語をあなたを女性とする(あるいは男装の麗人とする)ものとして読み替えても一向に構わない。ともあれ物語は、そのような読み方がありうることをさほど考慮に入れずに、あなたが町有数の美女と一夜を共にするよう展開するかもしれないし、男同士で連れ立って小用を足すよう展開するかもしれない。

 第二に、あなたは一人の個性的な人格を演じなければならない。あなたがこの旅の途上で何を飲食しどこに宿泊するかは、概ねあなた自身に決定権がある。追い立てられない限りは喫茶店に居続けてもよいし、読書や運動等の習慣を持っているならばそれを継続してよい。街中で女性に声を掛ける展開を勝手に考えてもよい。とはいえ、あなたが行なうことと記されている行動や発言は、あまり気が利いてなくても、上品とは言えないものであっても、あなたの理解を越えたものであっても、できるかぎりそのままの形で行なわねばならない。……敢えて言うが、仮にあなたが人間の読者であるとして、そのあなたが別の人間の役回りを演じることくらいは、大したことではないのではないか? 他方、あなたが人間以外の読者であり、それにも関わらず人間の役回りを演じようというなら、物語はあなたの意気込みを大いに歓迎すると共に励まそう。

 さて、あなたの所持品は次の通りだ。大きめのザック、下着3着、上着2着(いずれも今着ているものを含む)、食料2食(2日分ではないが、そうなる可能性もある)、水の入った水筒、合羽(防寒着や毛布を兼ねる)、マッチ、日時計、方位計、筆記用具と日記帳、愛読書1ないし2冊、小型の刃物、その他身の周りの小物、そして最後に、これが旅の成否のほとんどを左右することになるのだが、それなりの金銭。これが盗まれない限り、あなたはこの先1か月は金を稼ぐことを考えなくてよい。ついでに言うと、あなたは所持金が何ゴールドなのか、あるいは何セステルティウスなのかといちいち数える必要もない。金が尽きそうになったら親切にそう教えるし、金が尽きたらどこかで仕事を探せばよい。

 あなたが旅する世界の背景については、ひとまず上に挙げた品々から察していただこう。少し付け足すなら、世界中どこでも、主要産業は農業である。地域によっては畜産業や水産業も盛んである。工業は、概ね小規模な手工業が盛んであるが、地域によっては工場制の手工業が現れている。

 あなたは地に足を付けて徒歩旅を続ける。他の移動手段としては有料の馬車があり、ちらほらと見かけるが、金銭の節約のためあなたは利用しない。河川や海を渡る必要があったら、金銭を支払って手漕ぎの舟ないし帆船を利用することになるだろう。

 旅を続ければ、いつかは江戸と呼ばれる土地やサンクトペテルブルクと呼ばれる土地に辿り着くかもしれない。しかしこの世界は、そのように呼ばれる都市のあった時代の10万年後のそれなのかもしれないし、全く別の世界なのかもしれない。

 #002に進む。

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