後日談・2
第18話 惚れ薬検証の件(1)
惚れ薬。
薬師に依頼される薬の中では、回復薬と並んで注目度はトップクラス。
実際に制作されている数や種類は曖昧ながら、薬師であれば一度は持ちかけられたことがあるはず。「例のアレ、頼むよ」と。
しかしながら、その効能が「確実」であればあるほど、倫理的な問題を無視できなくなる。
すなわち、「魅了」などの魔法特性持ちが「強制的に恋愛感情を想起させる」ほど強力な薬を作った場合、使われた側は「好きでもない相手と関係を持つことを強要される」ことになるのだ。
たとえば、身分差に悩む使用人が、思い余って深窓の令嬢に使ってしまったら?
決して不義密通などしない妻子持ちの男性に対して、思いを遂げるべく使った女がいたとしたら?
薬がまがいもので効かなかればそこまでだが、使われた側が心神喪失して使用主の言うなりになるほどに効いてしまったら、どうする?
副作用や常習性がなく、持続時間も短い等「薬」としての害毒性が低かったとしても。
効いている間に行われたことが犯罪行為かそれに類することであった場合、取り返しがつかない。
それゆえに、「惚れ薬」なるものは薬師にとって禁じ手となっている。道義的な問題から「作れたとしても、作るべきではないもの」なのだ。
ただし、「作れる」のであれば大枚をはたいてでも「欲する者」は確実にいる。
さらにいえば、求道的な観点からも「作りたい」薬師もいる。
よって、いつの時代もその薬に関する噂話は絶えない。
中にはもちろん、噂にとどまらぬ「実物」まで存在している。
* * *
仕事を終えた宮廷薬師たちが詰め所から帰る中、アリスは室長であるエイルに居残りするように告げられた。
(普段、私が時間を忘れて働き続けていることについて、小言のひとつもくれるのに。「残れ」というからには、よほどのことが……?)
全員退室するまで、話し始める気はないらしい。
アリスも、目を通し終わった書類を今一度眺めたりして、時間を潰した。やがて、誰もいなくなったところで、戸口に入れ替わりのようにラファエロが顔を出した。
「エイル。遅くなった」
「大丈夫だ、ちょうど良い。ドアを締めて施錠してくれ。これから話すことは他言無用の内容だ」
相手が王子であることなどお構いなしに顎で使う。ラファエロもいまさらこの程度を気にする性格でもなく、後ろ手で施錠しながらアリスにちらりと視線をくれた。
目元に、ほのかな笑み。
アリスは浅く会釈した。
(会えそうな予感はあったけど、実際に会えると嬉しいよりも緊張する)
距離感は、微妙。
アリスが望みさえすれば、関係性はきっと変わる。新たな局面を迎える。想像はつくのだが、うまく踏み出せる気がしない。
一方で、ラファエロは待つつもりのように感じられた。自分から事態を動かすというのは、立場を考えれば権力に物を言わせるようなもの。アリスが望まないうちは、現状維持……。
ラファエロがまっすぐエイルの机に向かうのを見て、アリスも立ち上がって足を向ける。
揃ってエイルの前に立ったところで、エイルが無造作に小瓶を引き出しから出して、机の上に置いた。
「知り合いの薬師が作ったものなんだが、効能の検証をしたいと思っている。惚れ薬だ」
透き通るような青のガラスの小瓶が、きらりと光ったように見えた。
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