第14話 晩餐会の招待客

「エイル室長が……、美女同伴……!」


 晩餐会の開かれている大広間。その扉の前に詰めていた衛兵たちが、仕事を忘れたかのようにざわついた。

 視線の先には、王宮のメイドたちの手を借り、真珠色の光沢を放つドレスを身に着けたアリス。急かされながらエイルと歩んできた道すがら、ずっと視線がつきまとっており、晩餐会の場に着く前からすでに緊張で顔を強張らせていた。


(だめだめ。ラファエロだったら「笑えてないよ」って言ってくるところね、気をつけないと)


 思い直して、なんとか取り繕った笑みを浮かべようと努力をする。

 その横には、群青のジャケットを身に着け、抜かり無く貴族の若君らしい正装に身を包んだエイル。にやりと笑みを浮かべて「たまには俺にもこういうことがある」と兵たち相手にうそぶいてから、低い声で続けた。


「くれぐれも、俺の連れに妙な秋波しゅうははやめてくれ。安い求婚でもしようものなら、蹴散らすぞ」


 兵たちのみならず周囲の高貴な身なりの男女すら黙らせて、大広間のドアをくぐる。


(しれっと言ってますけど、安い求婚を流行らせた張本人ですよね、エイル室長!)


 一言いいたいのをぐっと堪えて、アリスも並んで大広間に踏み入れた。衛兵の横を通り過ぎる際に「玉砕するとしても、告白だけでもしておけば」「ああ、アリス嬢」と妙な盛り上がりが耳を掠めた気がしたが、素知らぬふりを決め込んだ。聞き違いだと思いたい。

 天井の高い広間にはすでに多くのひとが詰めかけ、楽の音が響いていた。


「エイル室長、いつもはおひとりなんですか」

「それ、いま聞くんだ。そもそも普段はこういう場に滅多に参加しない。未婚で婚約者もいないのは以前も言った通り。だから誰はばかることなくアリスに結婚を申し込んでいる。少しは考えてくれた?」


 さらりと求婚返し。いついかなる会話でも大体そこに行き着く。まるで挨拶及び社交辞令。だからこそアリスも気兼ねなく断れる。


「何度もお伝えしておりますが、謹んでお断り申し上げます。エイル室長の求婚は私の『血』目当てですよね。体目的と大差ないと思うんです」

「初めはね。今はアリスの働きぶりに惚れ込んでの求愛行動なんだけど」

「仕事は好きですよ。自分に合っていると思います。エイル室長とは今後も魔法薬学の発展に尽くす、良き仕事仲間でいられたら幸いです」

「どうあっても本気にされない悲しみ。今晩もやけ酒だな」


 人々の間を歩きながら会話を交わす。妙に視線を集めているのは、レアキャラのエイルが出席しているからに違いない、とアリスは納得することにした。

 やがて、円のように人垣が出来ている空間があることに気がついた。

 エイルがすかさず耳打ちしてくる。


「あそこだ、本日の賓客。様子を見てこよう」


 アリスは無言でそちらを確認した。


(ラファエロ殿下とフローラ様。相手は……)


 叔父上、というフローラの声が耳を打った。祖国の王弟グリムズに違いないとあたりをつける。数人の従者を連れているようだ。その顔ぶれを確認して、アリスは小さく息を呑む。エイルの袖をひいて小声で告げた。


「ヘンリーがいます」


 * * *


「叔父上がアンブローズの薬師一族を目にかけているとはかねてより聞いていましたけれど。近い内に、民衆向けの、効力そのままに値段は控えめの魔法薬草の販売が実現しそうなのだとか。素晴らしいことだと思いまして。こちらのラファエロ殿下も同様の事業を率いているんです。お話が合うんじゃないかしら」


 フローラは高貴な女性らしく、人前でラファエロに過度にしなだれかかったりするようなことはせず、きりっと背筋を伸ばしたまま涼しい声で話していた。

 正面に立っているのは、焦げ茶色の巻きのきつい短髪に、口ひげをはやした、厳つい顔つきの中年男性。ぐっとひそめた眉や細められた目が、いかにも気難しそうな印象。

 一方、フローラの横に立っていたラファエロは、如才ない笑みを浮かべて、そのグリムズらしき男性へと目を向けている。


「このたびはようこそおいでくださいました。お目にかかれて幸いです。旅の疲れはいかがですか」


(面識があるはずだけど、さりげない。毒を盛られた関係よね?)


 何食わぬ会話を、アリスは固唾を呑んで見守った。


「悪くない。結構な歓待の宴、感謝する。殿下、ご機嫌麗しゅう」

「ありがとうございます。見ての通り私は健やかですよ。我が国にも優秀な薬師が揃っておりますので、不調などがあればすぐに良い薬が仕上がってきます。ところで、グリムズ様の従者に見知った顔が。私の思い違いでなければ、アンブローズの若君では」


 社交辞令めいたやりとりの流れで、ラファエロは笑みを絶やさぬままヘンリーへと視線を投げた。

 グリムズが顎をひいて、ラファエロを注視した。


「左様。くだんの 魔法薬草に尽力してくれている」

「どれほどの効力なのかしら。ぜひとも実物を試す機会があれば良いわね」


 他の誰よりも早く、打てば響くように、すかさずフローラが華やかな声で言い添えた。

 ラファエロがすっと視線を流して「そうは言っても、アンブローズの特効薬は、かなりの重傷・重症者を全快までもっていく貴重な魔法薬草です。廉価版とはいえ同程度の効力とあらば、この場にはそんな薬を使うに相応しい傷病者はいませんよ」と控えめに釘を刺す。

 その様子を見ていたグリムズが、不意にふっと笑みをこぼした。

 エイルの影に隠れて様子を見ていたアリスは、それを目撃して、得も言われぬ嫌な感覚に襲われた。


「ヘンリー」


 グリムズが名を呼び、ラファエロに対して警戒しきりの顔をしているヘンリーをそばに呼び寄せる。


「特効薬の効力を確認したいという話だ」

「しかし、殿下が仰っていたように、重傷者がいなくてはその効力の程を知ることは。現物はあるので、お見せすることはできますが」


 慎重に返事をするヘンリーに対し、グリムズはジャケットの裾を軽く払うようにまくりあげ、ベルトの辺りから鞘を払ったナイフを取り出した。

 きらりと刃物が光を放つ。

 取り巻く人々が目を瞠り、息を呑む。


「重傷者がいれば手っ取り早いと、そういう話だな」


 楽しげに言いながら、ヘンリーの手にナイフを握らせて、片頬をひくつかせながら笑った。


「特効薬は手元にあると。であれば、見たい見たいと我儘を言っている、そこの我が姪が良いだろう。アンブローズの特効薬といえば、立ち所に効力を発揮するで有名だ。重傷を負ってもものの一分あれば回復できる。そうだろう?」


(まさか。ヘンリーや叔父ダルトンの作った薬にそんな効力はない。フローラ様を刺しても回復させられるはずが) 


「グリムズ様。宴の席に、流血の事態などあってはならないことです。たとえ被害者がフローラ姫で、加害者もハートフォードの人間で、我が国には被害も咎を背負う者がいないとしても、有りえません。今なら刃物を所持していた件も含めて、この場限りの話に」


 アイスブルーの瞳に冷ややかな光を宿して、ラファエロが淡々と告げた。

 対峙したグリムズは喉を鳴らして笑い、ヘンリーの手からナイフを取り返した。無造作に逆手に構えながら、野太い声で言う。


「しかし、どうも殿下や我が姪は、褒めそやすように見せかけて新薬の効力を疑っている様子。実に不愉快極まりない。これはどうあっても、試してみなければ」


 言い終える前にラファエロが動いていた。ナイフを叩き落とす動線。見越していたかのように、グリムズは躊躇わず、側にいたヘンリーの首筋にとナイフを振り下ろす。

 ほんの少し、ラファエロが間に合わなかった。


「……っ、グリムズ、さま?」


 ヘンリーが、首や背から血を流しながら、信じられないものを見る目で、グリムズを振り返っていた。



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