6 次なる情報は


 城に戻り最初に向かったのは、先日の首都散策にて世話になった侍女、サーラのもとだった。


 さっぱりとした性格の彼女とは馬が合ったし、故郷が同じということで、親近感もあった。だが帰還一番で彼女の元に向かったのは何も友情からではなく、例の手がかりについて情報を得たかったからだ。


 シャポックラントが地名だと仮定するのなら、最初は、オウレアス王国民であるリュアン辺りに聞くのが手っ取り早いかと思った。騎士団に所属していれば、治安維持のために国土のことには詳しくなるだろうし、現役の住民の方が、土地に精通していると思ったからだ。


 しかし考えてみると、シャポックラントが万が一、先の戦争で聖サシャ王国の蹂躙じゅうりんを受けた土地であった場合、南方の民であるヴァンがその名を出し、無駄に不快の念をかけてしまう可能性はないだろうか。リュアンは寛大に接してくれるだろうが、不要な軋轢あつれきは避けたかった。


 その点、現在は聖サシャ王国民であるサーラならば、気軽に聞いてみることができる。サーラはエレナの侍女であったが、職位は高くなく、主の世話だけでなく近辺の清掃なども任されていた。年齢もヴァンの少し上程度であったし、裕福な商家の出ではあるが、爵位はないということだったので、十分な地位と言えた。


 控えの部屋で、エレナの衣服を手入れしていたサーラに声をかけると、先日の襲撃で気が張りつめていたのか、驚きに大きく肩を揺らしてから肩越しに振り向いた。


「あ、星の騎士セレスダ。どうかされました」

「ごめん、驚かせるつもりはなかったんだ。ちょっと聞きたいことがあって」


 早速、謎の単語について聞いてみるもサーラも知らないようだった。ヴァンとしてはもっとよく記憶を掘り起こしてほしかったのだが、当のサーラはそれどころではない様子で、ややまなじりを吊り上げている。


「それ、何の調査ですか? この不穏な状況下で、一日丸々不在にして」


 ヴァンが不在であったことが、侍女中に知れ渡っているのは予想外であったが、ご指摘通りだったので頭を下げる。


「ごめん」

「それ以上の説明はないんですか」


 徐々に親密になり、気心知れてくると、一介の侍女にすら尻に敷かれそうになるヴァンは自分の気質を呪ったが、幼い頃から三つ年下のエレナに振り回されてきた様子を見ている周囲の者が、同様にヴァンを扱うのもなんとなく理解ができた。


 詳細についてヴァンの口から説明を期待できないと早々に察すると、サーラは溜息交じりに服を畳む。それからしばしの思案に斜め上の虚空を見上げてから言った。


「シャポックラントという単語は知りませんが、ラントという語感からすると、やはりどこかの地名だと思います。長ったらしい響きからしても、おそらくオウレアスの地名で間違いないかと」

「やっぱりそうか」


「アーリアネラント、セビージャラント。塩が薄く、農業ができる土地に多い響きだったと思いますよ」

「そうすると、南方の国境付近かな」

「そうですね、それも南東側だと思います。西側は国境付近も結構塩が濃いので」


 南東の国境付近。ヴァンが保護されたのもその辺りだと聞いていた。やはりこの波の紋は、ヴァンの失われた記憶を辿ることを促しているように思える。その意図は不明だったが。


 顎に手を当てて思考に耽る星の騎士セレスダの表情を覗いつつ、サーラは頃合いを見て声をかけた。


「まさか、その辺りにご自身で行かれる、なんてこと考えていないですよね」


 まさに明日の予定として脳内で組み込みを始めていたヴァンは、図星を指されて言葉に詰まった。サーラは今度は盛大に溜息を吐く。


「私がご意見する立場にはないことはわかっていますけど、そういった捜査は下々の者に任せては? 万が一あなたが不在の時に星の姫セレイリに何かあったらどうするんですか。悔やんでも悔やみきれないのはきっとあなた自身ですよ」

「そうだね、君の言う通りだ」


 本当にわかっているのかしら、とばかりに首を傾けるサーラ。ヴァンとしても、この状況でエレナの側を離れるのは本望ではないのだが。


 気にする必要はない、と自分に言い聞かせてもやはり、藍色の徽章を寄越した例の狂人の言葉が脳裏をちらつくのだ。「反発すればどうなるか、わかるな」と、奴は低俗な脅し文句を垂れてきた。波の紋に従わなければ、いったいどんな不都合が起こるのだろう。


「そういえば、例の襲撃者はどうなった?」

「さあ、私は存じ上げません」


 気にしすぎかもしれないが、サーラの語気は冷たい。女性がこのような態度を取る時は、察しの悪い相手に苛立ちを募らせている時なのだと、エレナのお付きをしていて痛いほど知っていたので、時間を取らせた詫びを簡潔に述べ、早々にお暇する。


 それから向かったのは、岩波騎士の詰める部屋だ。騎士の一人から、例の男が大した情報も吐かぬまま獄中で死んだとの報告を受け、殺しても問題ないと言ったのは自分ではあるものの、小さな後悔が沸き起こったのも真実だが、そもそも時間をかけたところで、奴はきっと何も吐かなかっただろうと、自分を諭した。


 翌日からは多忙だったので、シャポックラントの捜索はお預けとなった。サーラの言葉が胸に引っ掛かっていた訳ではなく、街道や首都の治安に関する処理事項が多く、とても城を離れられる状況ではなかったのだ。それでも時間を見つけて出かける計画を立てていたのだが、それは実行直前で中止せざるを得なくなってしまった。


 昼前、午前の業務に一区切りをつけ、厩舎で馬具の準備をしていた時、エレナが不用心にも護衛を一人だけ連れて、慌てた様子で飛び込んできたのだ。馬の獣臭のきつい厩舎に躊躇なく踏み込み、足元が汚れるのも構わず藁をかき分けるエレナは、少し苛立っているようだった。


「こんな時にどこへ行くの。大変なの。さっき、伝令が来て」


 あまりの剣幕に驚き馬具から手を放したヴァンを見て、エレナは呼吸を整える。それから続く言葉に、ヴァンの心臓は大きく一跳ねし、そのまま停止するかと錯覚した。


「イーサン殿下が襲撃されたの。詳しくは分からないけど、容体はあまり良くないみたい。それと、イアンが……罪を問われて投獄されたって」

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