簒奪王と星の姫

平本りこ

序幕 神が結ぶ絆

0 絶望と神話

 これが運命だったのだろう。日照りにも豪雨にも、代々私たちは貢物となってきた。それが今回は、天災ではなく人災であったというだけのこと。


 処刑場にこびりついて取れぬ、過去の善良な生贄と非道な罪人たちの血の錆びた臭いが、鼻をつく。


 眼前には人々の暗い瞳、瞳、瞳……。ああ、この女の命が尽きれば、自分たちは苦しみから解放されるのだと、ほんの少しの罪悪感を抱きつつも、安堵する内心が透けて見えるよう。彼らを誰が責めることができようか。


 ぼんやりとする頭のまま、視線を上向かせれば、私の心と相反する蒼天。足元に敷き詰められた油の臭いが漂う藁は、陽の光を浴びてもこの身を焼き尽くそうとはしないが、火の粉がかかればあっという間に燃え上がるだろう。それを見ても、これから起こることには何の恐怖すら感じないほどに感覚が鈍っている。


 首を巡らせれば、玉座のように煌びやかで、この場にそぐわない華美な椅子の上で、深い、とても深い藍色の瞳が、じっとこちらを見つめている。


 どうして。


 一片の動揺もない彼の瞳を見上げれば、失ったはずの感情があふれ出す。それは恐怖であり、憎しみであり、深淵のように深い悲しみだった。


 どうして。その言葉ばかりが脳内を疾走する。私を一生守ると誓ってくれたはずなのに。それなのに。


 私の命は、彼の意思で、焼き去られようとしている。



 大神が世界を糸で創造した時、そこには空と海と大地があった。


 空には星の女神セレイア、海には波の神オウレア。大地を統べるのは神の化身となりし人の子、岩の王サレアス


 空と海と大地がこの世界を形作るように、三柱は決して分かたれてはいけないもの。三位一体となり、古くより信仰を集めてきた。


 平和の時代は、突如として終わりを告げる。岩の王サレアスは、化身であっても神ではない。生物は利己的なものだ。次第に彼の一族は権力を振りかざし、他者を抑圧するようになる。


 人の子は同族同士での戦いを繰り返し、空に血飛沫が舞い、海に亡骸が浮かぶようになる頃には、神はその力の断片を善良な人の子に託し、空の果てと海の深淵に隠れてしまった。


 幾星霜、人の時代が続く。

 古くから続く岩の王サレアスが討たれ、統治者が変わり、もはや岩の王サレアスの地位は、名ばかりのもの。神より授かりし神具も光を失い、人の世は神の威光を失った。



 時は経ち、三柱信仰の最後の寄る辺であった神殿で内部抗争が起こり、神の国サシャは分裂。波の神オウレアより力を受け継いでいた波の御子オウレンが逃亡離脱し、北方にオウレアス王国を建国する。

 対するサシャ神国は、名を聖サシャ王国と改めて、神の時代は明確に終わりを告げた。


 神歴 1517年――。 この世の最後の星の姫セレイリが生まれるわずか60年ほど前のことだった。

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