第7話 言い伝えは本当?ビーチサンダルがもたらす奇跡


気がついたら、私はあの射的のお店の前まで引き返していた。


時間も終わりに近づいていて、みんな花火大会に向かっているためか、そこには誰もいなかった。


ちらっと景品の方へ目をやると、そこにはまだあの白いビーチサンダルが飾ってあった。


「おう、さっきのねえちゃんじゃねえか!どうした?花火行かねえのかい?」


と店のおじさんが威勢のいい声で話しかけてきてくれた。


その声に吸い寄せられるように歩き、私は店の前で立っていた。


「おじさん、1回だけやらせて?」


私はもう必要なくなった白いビーチサンダルがとれようがとれまいがもう、関係なかった…。

だけど…最後にもう1度だけ…自分の気持ちをリセットしたくてがんばってみたかったんだ…。


さっきとは違う私の雰囲気を感じとったのか、おじさんが射的の準備をしながら言った。


「なあ、知ってるかい?この神社の上の境内で花火を一緒にみた男女は、必ず結ばれるって話…。まっ、古い言い伝えらしいけどな!」


それは母さんからも聞いていた話と同じだった。


ちょうど店の横が神社の入り口で、長い石階段が続いている。


「あんなのただの迷信でしょ?母さんは父さんと一緒に見に行ってたみたいだけど…。」


といって射的の銃を受け取り、8番の的に狙いをさだめる。


この1回…

1回で絶対に当てる…。


私はすべての気持ちをぶつけるように引き金を引いた。

念を込めたはずのコルク玉は無情にも外れ地面に転がった。


はぁ…また外れ…。

そんなにうまくいくもんじゃない…か…。


と右横に誰かが…。


「俺も1回…。」


見上げるとそこには黒崎くんが立っていた。


「黒崎くん!なんでここに?花火は?みんなは?」


私はあまりの驚きに怒涛のように、どうして?の感情をあらわにしていた。


「ちょっと落ち着け…俺が1人あの中にいてもしゃーねぇだろ?」


「あ…そだね…。」


そっか…。カップルの中に1人って…しかも黒崎くんだし…。


「青野と桃田が送れってうるさくて…。それに危なっかしいだろ?1人じゃ…。」


と少しうつむき照れたように見えた黒崎くんがちょっとかわいく見えた。

こんな表情初めて見た…。


「はいよ、にいちゃん!頑張りな!彼女にいいとこ見せなきゃな!」


「ちょ、ちょっとおじさん!ちがうから!」


私はとっさに訂正してみたけど、おじさんはにやにやしていて、黒崎くんはうつむき黙ったまま…。


おじさんから射的の銃を受け取った黒崎くんが銃をかまえる…。

背が高く…肩幅も胸板も大きい男子がかまえるとこんなにもさまになるんだぁ…。


「1回だけじゃ無理だよ。私なんかもう、7回もやって無理だったんだから…。」


というやいなうや、黒崎くんが放ったコルク玉は見事、8番の小さな人形を倒した!


私は驚きのあまり声がでなかった。


「大当たり―!!」


とおじさんが派手に大きな声で言う。


すでに透明のビニール袋に入ってある、青いアサガオの飾りがついた白いビーチサンダルを手にとり、にやにやしながらわざと黒崎くんに手渡した。


ちょっと戸惑う黒崎くんだったけど…私の目の前にさっと差し出した。


「欲しかったんだろ?これ…。」


「えっ、でも…。」


「俺が持ってても仕方ねぇだろ?」とさらに押し付けてくる。


「ありがと…。」と私は小声でいった。


べつに欲しかったんじゃない…。

気持ちのリセットがしたかっただけなのに…それも私はできなかった…。


履く必要もなくなったこのサンダルは今や…私の中ではむなしいだけだった…。


そんなやりとりを見ていたおじさんが言った。


「ねえちゃん、さっきの言い伝えの話だが、昔、俺も見たんだよ…境内で花火!」


とおじさんが自慢げに話す。


「へぇー、その人とはどうなったの?」


と聞いた時、1人の女性が裏から入ってきた。


「ねぇ、そろそろ片づけないと…。あっ、お客さん?この人おしゃべりがすぎるから、花火大会行くのに引き留めてたんじゃないの?ごめんなさいね…。」


とても元気で明るい女性が弾丸のように会話に入ってくる!


「いえ…もう帰るとこなので…。」


「えっ!恋人どうしで花火見ないとかありえないわ!なんで?」と女性が間髪入れずに聞いてくる。


「私たち…そんなんじゃ…。」


「ふーん。お似合いなのにね!」


お似合い?私と黒崎くんが?そんな風にみえてるの…?


それをみていたおじさんがすまなさそうに間に入ってくる。


「お前それぐらいにしとけ。ねえちゃんたちにもいろいろと事情があるんだよ…な?すまなかったな。」


「でもさ、せっかくなんだし…友達どうしでも花火見てきたら?この上の境内から見る花火は絶景なんだから!河原に行ってたら絶対間に合わないと思うし、ここからなら境内のほうが近いしね!でも急がなきゃ!」と女性がせかす。


私と黒崎くんは一瞬、顔を見合わすがなんとも煮えきらない様子に業を煮やしたのか、女性は表に出てきて私たちの背中を押す。


「ほら、早く!あら、でもその下駄でこの階段は辛いわね…そうだ、このサンダルに履き替えたら?」


「えっ?は、はい…。」


帰るはずの私たちが…なんかへんな展開になっちゃったけど…まっ、いいか!と思いながら私は、赤井くんの前では履けなかったこの白いビーチサンダルに履き替えた。


「うん!かわいい!この浴衣にすごく合うじゃん!」

と女性は満面の笑みでいってくれたのがすごくうれしかった!


「ありがとうございます!」と私も自然に笑顔になっていた!

下駄をサンダルが入っていた袋に入れ替えた。


「さぁ、急いで!そしてちゃんと思い出つくっといでよー!」とまた女性がいう。


私は思い出したようにおじさんに聞いた。


「おじさん、さっき言ってた一緒に花火見た人って…?」



「これ!うちの奥さん!」といって笑顔で女性を指さす。



「これってなによー!失礼しちゃう!」と少し怒って見せたがその表情は幸せそう!


母さんもおじさんもここで?


でもほんとなのかな…あの言い伝え…。

と思いながら石階段を登ろうとしたとき、おじさんが黒崎くんに袋に入った何かを投げ渡した。


「にいちゃん、ほらよ!これしか残ってなかったけどもってけ!」といって見送ってくれた!


2人で仲良く手をふりながら!



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