第21話 : 首都防衛戦〜決着【下】〜
その異世界人は、無表情であった。
なんの感情も感じ取れない。映太には、少なくともそう見えた。
同じ世界の出身のはずなのに、とても不気味に見えていた。
グスタフは、その男を見て顔をしかめる。”嫌悪”、”憎悪”、そんな言葉が出てくるような顔で異世界人を見る。
「よくもぉ....よくもぉ!!!!お前だけは、俺が始末をつけてやる!!」
グスタフは、腰につけた剣を抜き、鬼のような形相で男へと斬りかかる。
ダルシード、ルーカスは、地面へと倒れ込んでいる。
グスタフは、スキルを使い、ステータスを上げると素早い身のこなしで異世界人へと距離を縮める。
怒りに身を任せたように、グスタフは剣を上下左右に振るう。
「織田川、お、お前だけは、許さんぞぉ!」
グスタフは、そう言いながら剣を振るう。だが、
グスタフが決して弱いわけではない。
映太も弓を何度も防がれている官介も、魔法を止められている阿子も“この織田川という異世界人が強い”事は分かっていた。
斬撃を織田川へと畳み掛けるグスタフ。しかし、その全てを表情を変えずに躱す織田川。
「く、くそ!貴様だけはぁ!!!」
グスタフの悲痛な叫びが戦場に響く。しかし、織田川は、ただ避けている。ただそれだけなのだ。
グスタフの剣技、魔法。どれも、並の相手であれば軽くあしらえる物だった。
そんな悲痛な叫びを聞き、官介と阿子が映太の元へやってきた。
「映太!!現実味は無いが、お前の右手で織田川に触るしか、方法は無いと思う...」
官介は、必死に知恵を振り絞った。だが、それしか思いつかなかった。
「映太。これ!私たちの持ってる“身代わり人形”。」
阿子が官介と自分が持っていた“身代わり人形”を映太へと差し出す。自分が持っている物と合計すれば、20個ある。織田川相手であれば、20個でも不安な数。
「あいつ、さっきから拳法みたいなの使って一発ずつしか手を出してない。つまり、うちらを舐めてるって事だ。もしかすれば、触れるかもしれないし、失敗しても生き残れるかもしれない。」
官介は、そう言うが自信はなかった。それにもし、映太は死んだら、所持しているSランクアイテムを2つも失ってしまう。
映太自身が一番恐怖を感じていた...
(死んだら、また...また無力な自分になっちゃう。で、でも!)
映太は、勇気を振り絞り、顔を上げる。
「カイセルさん!あの団長を守りながら、やつの気を引いて下さい!」
カイセルは、表情はないが少し微笑んだように間を開けると頭を下げる。
「仰せのままに!」
カイセルは、織田川とグスタフの元へと駆けて行った。映太は、
官介と阿子は、
“映太が近づけるように”、
“カイセルとグスタフがやられないように”、
そして、“映太がもし奴に触った時、殺せるように”、神経を尖らせ、織田川へと弓矢と魔法を放つ。
グスタフの剣が空を切る。グスタフも疲弊からか足取りが重い。その瞬間にカイセルが戦闘に間に合い、横から織田川へと斬りかかる。それと同時に、阿子の雷魔法と官介の矢が、織田川へと放たれる。
「
織田川は、迫るカイセルを見て呟く。
カイセルの剣をギリギリで躱しつつ、官介の矢を手で弾き、阿子の魔法を障壁を張って無力化している。
「シュッ!シュッ!シュッ!」
カイセルの剣もグスタフの時同様、空を切る。
(こやつ....)
織田川は、少し退屈そうな表情を浮かべている。
映太が接近するまでカイセルには死なれてはいけない。官介、阿子は、もはや自分の攻撃が当たるなどと微塵にも思えなかった。だが、映太が近づくまではひたすら攻撃を続ける。
カイセルも同じ気持ちで剣を振るう。カイセルはここまで力量の差を感じる戦い、そして、自分が舐められている事を感じる事は、初めてであった。
横に振るった剣を屈んで避ける織田川。カイセルは、無理矢理に剣の軌道を変えて織田川の身体へと剣を突き刺しにいく。
これに織田川は、屈んだ状態から後ろに飛び跳ね、カイセルの剣を回避する。
その時、横からグスタフが剣を構えて、織田川へと突撃する。カイセルのおかげでだいぶ息を整える事ができたグスタフ。いつもの落ち着きも取り戻したように見えている。
しかし、依然として攻撃が当たらない。カイセルは、振った剣を避けられ、カウンターに織田川の拳が肋骨に入る。肋骨の骨は、バラバラと砕ける。
(ご主人様、申し訳ございません。)
カイセルは、そのまま織田川が追撃を見せ、あちこちの骨を砕かれる。そして、最後に頭蓋骨を踏み潰す織田川。それを阻止しようと、矢を打つ官介。魔法を放つ阿子。斬りかかるグスタフ。
そして、後ろから映太が
織田川は、頭蓋骨を踏み潰すと黒煙になって映太の指輪へと吸い込まれていく。
もう少し、もう少しの時間があれば...
黒煙に変わったカイセルに気付き、織田川は背面へと振り向く。そして、映太の存在を確認する。
「なるほど...今の
織田川は、呟くと迫りくる映太へと構える。中国拳法のような脱力した構え。
(くそ!!もう少しだったのに!もう止まらない!)
だが、グスタフは最後の気力を振り絞り、剣を織田川の背中へと斬りつけた。
織田川は、背中を切られた痛みなど感じないのか、表情を変えず、映太の腹へと掌底を叩き込む。
織田川の手のひらから衝撃が、映太の腹から背中へと貫通する。
「あがっ!!」
「映太!!!」
官介は、声を張り上げて叫んだ。後方、数十m吹き飛んだ映太へと、一歩一歩、歩み寄る織田川。
官介は、近寄らせまいと矢を射る。障壁に拒まれようと残り少ないMPを使い果たすつもりで阿子は、魔法を打ち込む。
だが、織田川の歩みは止められない。
映太は、身体が白い光に包まれ、戻る。つまり、今ので“身代わり人形”を消費した証。
(く、くそ!これまでなのか...)
急に映太に無力な自分に戻ってしまうという恐怖が沸き起こる。
だが、その時...
「!?」
織田川は、グライフヴァルトの方向へと視線を移す。
微かに歓声が聞こえてくる。すると、織田川が懐から札を取りだした。織田川たちが連絡に使ってる携帯のような物だ。
「おい!シン!聞こえっか?やられたわ。しらん間にナイルの野郎に街奪還されてたわ!あっちの参謀強かやわ!」
「わかった。一度撤退だ。」
「おま!撤退するんか!?」
「ああ。ヒデ。ナイルが来てるとなるとこちらもめんどくさいしな。面白い物も見れたし。ガルシアと麗華にも伝えてくれ。」
札の向こうの
織田川の姿が見えなくなると、中央の方で兵士たちの歓声が聞こえてくる。
「大丈夫か!」
「大丈夫?映太!」
阿子と官介が、地面に倒れている映太に駆け寄る。
「う、うん。でも何もできなかった。」
(Sランクアイテムを2つ持ってたって、無力じゃないか!!!)
映太は、心の中で叫び悔しがる。阿子も官介も何も言わず、映太の身体を支える事しかできなかった。
「ガルシア!撤退や!」
「ちっ.....次は必ず倒してやる!」
中央で死闘を演じていたガルシアとティグリスの戦いは、結局、織田川が撤退を決めるまで着くことは、なかった。
ティグリスもガルシアも身体は、ボロボロで意識も辛うじてあるといった状態であった。
「それは、こっちのセリフじゃい...」
そう言うとティグリスは、身体を重力に任せて、地面へと倒れた。
「カルディアのやつ。よう企んだわ!ペンシルベニアの小倅のやつ、遅いんじゃい!」
「おい!勝ち鬨だ!各戦場に勝利報告を伝えろ!」
後方でカルディアが、伝令を集めて指示をする。
グライフヴァルトの城壁の上で兵士たちが聖王国の旗を掲げて、喜びを表しているのが窺えた。
中央で戦闘を行なっていたメンフィスとハトホルは、その光景を見ながらギーセン隊の兵士に大鬼たちを無理に追わないようにと指示を出す。
「叔父さん、一体何が起きたの?」
グライフヴァルトを見ながら驚きを隠せないハトホル。
「勝ったんだ。グライフヴァルトを聖王騎士団第一軍団が奪還したんだよ。」
「えっ!第一軍団が来てたの!?」
聖王騎士団第一軍団は、聖王国東側—つまりは、魔王国との前線を担当する聖王騎士団きっての武闘派の集まりであった。
前線担当のため、滅多に内部に来ることはないが、今回カルディアが援軍要請を出した。
第一軍団の到着を悟られないよう、右側の守軍を配置せず、中央を囮にした。
もし、到着が遅ければ、壊滅。首都リンベルも陥落していたことだろう。
「間に合いましたね!カルディア副官!」
「ああ。なんとかな。」
(異世界人絡み...ましてや30年前の織田川たちが出向いているのだ。あの男が動かないわけない。)
カルディアは、胸のつっかえが取れたのか安心した表情を浮かべていた。
左側で映太と官介、阿子は、勝利報告を聞いた。そして、五郎と慶三郎がリンベルの教会で蘇生した報告も受けた。
安心し、喜ぶ3人だったが、どこか胸のモヤモヤは消えない。
「僕ら何かできたんだろうか?」
ポツリと呟く映太。映太だけではなく、阿子、官介、そして五郎と慶三郎も劣等感に似た悔しさを感じざるを得ない結果であった。
「あそこで、あの織田川ってやつが引かなかったら負けてたかもしれない。」
映太たちは、勝利したとは思えない戦場、地面に横たわる無数の兵士たち、大鬼たちの死体を見ていた。
「負けた!負けた!ナイルの小僧が来とるとは気づかんかったわー。」
「くーーー!ティグリスムカつく!あのジジイ!昔からあのしぶとさ変わんないわよ!」
「はは。僕なんて2回も死んでしまったよ。まあ、僕はスキルでアイテム作れるから、死んでも問題ないんだけどね。」
どこか深い森の中、5人の男女がどこかへ向けて歩いていた。
「それにしても、シン!珍しく遊んでたな。」
「ああ。あまりにも詰まらなかったからね。どうにか楽しさを見出そうとしていたんだけど。」
(あの
織田川は、相変わらず無表情のままである。
「それにしても、勇者おったな!弱かったけどな!」
「ヒデ。そんな勇者に僕は、やられたんだけど...」
「こっちには、いなかったなー。見たかったぁー!」
その2人の後ろに綺麗な黒髪の女性。どこかのお嬢様と言った雰囲気の女性が織田川と並んで歩いている。
「麗華は、あの勇者たちどう思う?」
「そうね。まだまだ弱いけれど、面白そうではあるわ。特にあの男の子。シン、気になっているのでしょ?」
「ああ。」
織田川は、一瞬はにかむと再び、感情を感じない顔へと戻った。
———— 聖王国首都『リンベル』。聖王国の存亡を掛けた首都攻防戦は、2万を超える戦死者を出すも、”第一軍団団長ナイル・ペンシルベニア“率いる第一軍団主軍によるグライフヴァルト奪還と魔王国軍の撤退により、聖王国軍の勝利となった...
————————首都攻防戦 完———————
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