第11話 : ホーリーカウンシル

———— アズブルグに戻り、ダルシードの勧めで聖王騎士団第三軍兵舎で、一夜を過ごした五郎たち三人。


 朝になると、騎士団たちは、時間厳守で訓練所に集まり、訓練に勤しむ。


 第三軍は、聖王国の東部エリアを管轄する。ここ『アズブルグ』を拠点に治安維持、魔王軍と前線”西部エリア“への補助や資材運搬などを行なっている。


 総勢3万の聖王騎士団兵士が所属し、前線での戦闘には、介入する回数が少ないものの、兵士たちの力は高く、戦争時は、物資の補給、もちろん戦闘に参加する重要な役割を担っている。


 朝礼を終え、グスタフ団長、ダルシード副団長は、五郎たちを応接室へ招き入れた。


 「また会ったな。話は、ダルシードか聞いておる。勇者よ、今後はどうするつもりだ。」


 ダルシードもそうだが、少しはグスタフも対応が柔らかくなっているように感じる。


 「はい。この度は、部屋を手配していただき、ありがとうございました。

 私たちは、『ファランクファルト』を目指そうと思います。元々、目指していた場所ですから、多分二人もそこを目指すと思うので。」


 「ファランクファルトか。それで?どう行くのだ?すまないが、昨夜、話を聞いた後、通行禁止令をハルツ山の山道に敷いておる。」


 「!?」


 慶三郎と阿子は、驚きを顔に貼り付けている。

映太たちと少しでも合流したい。そんな気持ちからだろうが、慶三郎は、今にも飛びかかりそうな雰囲気である。


 それを見て、ダルシードが補足しようとする。


 「いや、ハルツ迷宮は通れな——」


 「ダルシード。私の口から言おう。」


 グスタフは、ダルシードを遮るようにそう言うと、カップに入ったコーヒーを一口飲み、続けた。


 「1ヶ月後...いや、正確には1ヶ月半...ファランクファルトで“ホーリーカウンシル”が行われる。

 一年に四回ほど行われる聖王騎士団の全体軍事評議会の事だ。

 それに、私たちも勿論、参加するのだが、その時にお前らを同行させてやる。」


 「でも、俺たちは急いでるんだ!だ——」


 慶三郎が、声を張り上げるが、五郎が腕慶三郎の前に出し、静止する。


 「グスタフ団長、ありがとうございます。ただ、詳細を伺っても宜しいでしょうか。」


 「ふんっ!血の気が相変わらず多いな。デカイの。」

 

 グスタフは、呆れたような顔で慶三郎を見つめる。


 慶三郎は、歯を食いしばって耐えているように見える。


 「いいか。ハルツ迷宮を通らないでファランクファルトを目指すには迂回ルートが二つある。それは、お前たちも知っておろう。」


 迂回ルートは、“北の首都『リンベル』を通り、ファランクファルトへ行くルート”、“南の聖王国第ニの都市『グーテンベルグ』を通っていくルート”の二つがある。


 勿論、これはアズブルグを発つ際に官介が調べていたので三人は知っている。


 「我らは、2週間後に北のルートを取り、アズブルグを出発する。お前たち、“エレファンティス”は知っているか?」


 グスタフの問いに顔を見合わせる三人。

それを見てグスタフは続ける。


 「大型の獣型モンスターで、モンスターの中では、比較的調教が簡単なのだ。

 このモンスターの特徴は、その馬力とスピードにある。兵士100名ほどが乗る荷車を時速80kmから120kmで運べるのだ。」


 そういうと、エレファンティスの写真がついた書類を見せるグスタフ。

 

 外見は、サイと象を足したような姿で、体長が10m以上はあるだろうか。


 「エレファンティスは、現在、聖王騎士団で管理している。つまり、誰でも乗れるわけではない。

 このエレファンティスが、2週間後に到着し、リンベルを経由し、ファランクファルトへと向かうのだ。」


 「つまり、それに乗せていただけると言うことでしょうか。ファランクファルトへは、いつ頃に着くとの予想でしょうか。」

 

 五郎の問いに呆れたような顔で返すグスタフ。


 「用心深いやつだ。軍事評議会ホーリーカウンシルは、1ヶ月半後だ。その前日までには、遅くても着く。

 お前らが、ハルツ迷宮を通ろうが、自力で迂回ルートを進もうが勝手だが、今から出ても二ヶ月以上は掛かるだろう。」


 それを聞いて、五郎は考える。


 (多分、ハルツ迷宮を通るには、検問などが敷かれている。そこで争っている暇はない。それに巨大亀が確実にいないという保証はない.....)


 実は、ダルシードが昨夜、五郎たちから話を聞き、配慮してくれたのか映太たちが死んで教会に戻る事を考えて、教会に見張りの兵士を置いてくれているのだ。


 1日経って、戻ってこないとすれば、間違いなく映太たちは、生きて進めたのだろう。


 ただ、倒さずに出口などを見つけたという可能性もあると五郎は考えていた。


 「わかりました。疑ってしまい申し訳ございません。もし気が変わっていないようであれば、ぜひご同行させていただきたいです。」


 頭を下げる五郎を見て、慶三郎と阿子も同じく頭を下げた。


 「ふんっ!だから、良いと言っておるだろう。私は、忙しいのでな。」


 そう言うとグスタフは、立ち上がり部屋を退出する。

 グスタフは、部屋から出る前に、まだ頭を下げ続けている五郎たちに一言述べる。


 「ダルシードに礼を言え。ダルシードが言わなければ私は許可していなかった。」


 「バタンッ!」


 扉を閉め、グスタフは付き添い兵士二人とともにどこかへと去っていった。


 ダルシードは、優しそうな顔を浮かべて、五郎の肩をポンッと叩く。


 「ダルシードさん....ありがとうございます。」


 五郎がお辞儀するのを見て、慶三郎と阿子もお礼を言う。


 「ダルシードさん、ありがとうございました!!」


 ダルシードは、意見を団長に言うような人間ではない。小さい頃、その運動神経、体格をグスタフ団長に買われて、騎士団入りを果たした。

 

 僅か10歳で騎士団に入ったダルシードは、戦闘力の高さで色々な戦場や任務に就いた。


 メキメキと頭角をあらわし、15歳で当時最年少分隊長を任せられるようになる。


 寡黙で多くを語らない性格は、上層部にも支持されていたが、グスタフに恩を感じて第三軍の副隊長に就いた。


 グスタフは、一度もダルシードから意見を聞いたことがなかった。


 だが、昨夜、ダルシードがグスタフの部屋を夜中に訪れ、五郎たちをファランクファルトまで同行させたいと懇願してきたわけだ。


 五郎たちは、そんな事は知らないが、あの勇者を毛嫌いしていたグスタフの変わりようを見て、ダルシードが頼んでくれたという事は、理解できた。


 「まあ、ここにいる間、騎士団で特訓でもするといい。仕事はしてもらうがな。」


 そういうとダルシードは、退室した。


 ダルシードと交代で兵士が一人、部屋に入ってきた。


 「し、失礼します!今回、皆さんの案内役を務めます!聖王騎士団第三軍所属レビー・マクレフ一等兵であります!」


 レビーは、短く刈り込んだ坊主頭の青年だ。五郎たちと同じぐらいの年齢だろうか。


 「宜しくお願いします!レビーさん」


 阿子が明るくそう言うと、レビーは顔を赤くさせていた。


 「レ、レビーと呼び捨てでお呼びください!では、皆さんを訓練場まで連れて行きます!着いて来てください!」


 五郎たちは、レビーの後に続いて、兵舎を出る。


 レビーは緊張しているのか、歩き方などが固く、ぎこちない様子であった。


 訓練場は、とても広く地面が芝、土、砂、泥などのエリアがあり、そこで多くの兵士たちが訓練している。


 「すごーー」


 阿子がそんな様子を見て、声を上げると、レビーが説明しだす。


 「げ、現在、第三軍の五千人の兵士がここで訓練しております!」


 「へーーー、五千人もいるのかよ!すげーなぁー」


 慶三郎が、訓練場を見回して言う。


 「は、はい。第三軍は、総勢三万人おりまして、週毎に訓練する兵士と勤務にあたる兵士が、五千人ずつ交代していくようになっております!」


 レビーがそんな説明をしていると、後ろの方から五郎たちに声が掛けられた。


 「君たちが、勇者さん?副団長に勝ったんでしょ?そうは見えないなー?」


 金髪の髪に陽気そうな顔で、じろじろと五郎たちを見回すように言う兵士。


 「君かわいいねー!今日の夜ご飯でも行かない?」


 阿子見つけて口説く兵士。しかし、言葉には気持ちは感じられず、とても軽薄なイメージを受ける。


 「ル、ルーカス隊長お疲れ様です!」


 レビーが敬礼する。とても、厳格なグスタフ団長の指揮下の第三軍の兵士とは思えない。

 それに隊長..... 


 三人とも、あまり関わりたくないと思ったのか、軽く会釈する程度で終わらせた。


 だが、そのルーカス隊長とやらは、馬鹿にするような表情をあからさまに見せて言葉を続ける。


 「いやー信じられないわ〜。副団長も手ぇ抜いてたんじゃない?どう?今から俺と一戦やりません?」


 “挑発的”誰の目からもわかる。逆に五郎と阿子は、警戒していた。

 だが、慶三郎は、舐められているのがわかっては、引き下がれないのだろう。


 「誰なのかは知らないが、受けてたつぜ!」


 「ま、待ってください!今日は、訓練の見学のみだと、グスタフ団長から——」


 「レビーくん。責任は私が取るから。ね?」


 ルーカスは、レビーにそう耳打ちをする。

その時の表情に、とても嫌な雰囲気を感じる阿子と五郎。


 「おーけー。君大きいね!まあ、宜しく頼むよ。勝敗は、降参するか一撃でも体に先に入れたほうが勝ちでどうだい?」


 ルーカスは、木剣を慶三郎に手渡す。慶三郎もその木剣を受け取り、剣をルーカスに向けて言葉を放つ。


 「いいぜ!やってやろーじゃねぇーか!」


 五郎と阿子は、慣れている感じでレビーをその場から離して見守る。


 ルーカスの部下であろう兵士が、合図を出す。


 「はじめっ!」


 合図と同時に、踏み込んだのはルーカスだった。


 (へー。こいつ直情型かと思ったら意外と冷静じゃないの。)


 慶三郎は、間合いを詰めてきたルーカスにカウンターを合わせるように剣を振るう。


 いつも大剣を使っていたせいか、剣筋は、安定しないものの、迫力ある剣速に思わず、剣を受けるルーカスは、そのまま後方へと吹っ飛ぶ。


 (重っ!)


 しかし、ルーカスは受け身を取り、平然と剣を構える。


 「あの人、自分から後方に飛びましたね」


 五郎は、そんな二人を見て呟く。すると、それに反応する様にレビーが口を開いた。


 「ル、ルーカス隊長は、一見すると不真面目そうに見えますが、第三軍では、数少ない魔族との戦闘経験者なんです。」


 「魔族?魔族って魔王国の人だよね?」


 阿子が不思議そうな面持ちで聞く。


 「はい。魔族っていうのは、モンスターは全く別で魔王国を牛耳る者たちの事です。

 一人一人の戦闘能力が高く、後方の東部エリアの管轄である第三軍では、魔族と戦闘経験がある人はそれ程多くはいません。」


 レビーが説明している間も慶三郎とルーカスは剣を撃ち合っているが、状況は拮抗している。


 「その中でもルーカス隊長は、その強さで前線に呼ばれ、何度も生きて戻ってきているんです。」


 「魔族.....あの巨大亀より強いのかな?」


 阿子は、ハルツ迷宮の一件を思い出す。


 「全く......ルーカスは、勝手に何をやっているんだ。レビー一等兵!これはどういう事かね?」


 不意に言葉が飛んで来る。一瞬、身体をビクつかせて、レビーは声の方を向くと、険しい顔を貼り付けたグスタフ団長とダルシード副団長が、歩いてきた。


 「だ、だ、団長!お疲れ様でございます!ル、ルーカス隊長が決闘を申し込みまして....」


 いつもより辿々しい口調のレビーに鋭い眼光で一瞥するグスタフ団長。


 五郎と阿子は、お辞儀すると、グスタフは一度咳き込んで、慶三郎とルーカス打ち合いを見つめる。


 拮抗しているように見えていたが、徐々に押され始める慶三郎。


 (急に慶三郎が押され始めてる。ルーカス隊長の動きは特に変化はないけど.....)


 慶三郎が負けるわけはないと信じていたからか、違和感を感じる五郎。


 そんな五郎の心を見透かすようにグスタフが口を開いた。


 「君たちは強いが、30年前に見たあの憎き勇者は、もっと圧倒的な強さだったよ。

 勿論、それでもこの世界の人間よりは、能力値は高いとは思うがね....,」


 多くは語らずといったいったところで、グスタフは、話を区切ると他の場所へと向かっていった。


 「そこまで!!」


 「お前、強いけどぉ〜そんなもん?魔族との戦いじゃ死んでるぜぇ?」


 ルーカスと慶三郎の決闘が終わる。結局、試合としては決着付かずで引き分けとなったが、最後は、慶三郎が誰の目から見ても押されていた。


 「ちっ!」


 慶三郎は、ルーカスの言葉に言い返せず、悔しがっていた。

 つまり、自分自身でも押されていた事を理解していた。


 それを見て、ダルシードが五郎へと周りに聞こえない声で言う。

 

 「今日、夕方に室内訓練場Bへ三人で来てくれ。」


 そう言うとダルシードも他の場所を巡回しに去っていった。


 慶三郎はまだ、悔しがっている。阿子は、そんな慶三郎の背中をポンポン叩いて慰めている。


 「レビー一等兵、室内訓練場とはどこにあるんです?」


 「し、室内訓練場は、兵舎の裏側にあります!A〜Eまでエリアがありまして、騎士団の許可証があれば、いつでも使う事が可能です!ご案内しますか?」


 「いや、今じゃないんですが、夕方から使いたいなと思ってまして。許可証って貸してもらえたりするんでしょうか?」


 「は、はい!私のは無理ですが、受付で仮許可証を発行してもらえるはずです!」


 「では、そこまで案内してもらってもいいですか?」


 「も、勿論です。」


 五郎は、慶三郎と阿子にダルシードに来いと言われた事を伝えるとレビーに案内をお願いした。


——— 夕方になり、兵舎から裏口を通るととても大きな建物。ショッピングモールのような施設があった。入口で先程、発行してもらった仮許可証を提示すると中に入ることができた。


 「Bエリアだ」


 エントランスにマップがあり、エリア毎にアルファベットが振られている。


 Bを見つけるとそこへ向かう三人。


 レビーは、先程別作業があるために別れたが、丁寧なマップがあり、安心であった。


 “B”と大きく書かれた扉を開き、中に入ると小さなエントランスがあり、そこから通路が分かれている。


 エントランスのベンチにダルシードが座っていた。


 「来てくれたか。まずは、付いてきてくれ。」


 ダルシードは、通路を歩いていく。突き当たりの扉を開くとまあまあな広さの部屋があり、床は芝生のような緑色の草で覆われており、綺麗に長さが調整されていた。


 「さて、君たち勇者....異世界から召喚された者たちは、この世界に比べれば、基礎能力は、高い。力、速さ、反応速度、耐久力などだ。それは、団長が話した“織田川オダガワ“と言う勇者も話を聞いた限りは、恐ろしい能力値であったと推測できる。」


 そう言うとダルシードは、草原の上に三人を座るように指示し、説明を続ける。


 「それは、魔族も同じだ......奴らも人間とは比べ物にならない身体能力を持っている。」


 それを聞いて五郎が疑問を口にする。


 「ですが、魔族との戦いは、拮抗状態にあったのでは?グランデンの大虐殺... “織田川オダガワ”の裏切りがなければ、ここまで攻め込まれる事はなかった....と思うのですが」


 ダルシードは、一度微笑むと話を続ける。


 「その通りだ。勿論、数の違いも当時は、今より大きかったという事もある。だが、魔族の身体能力との差を埋めた最大の要因は、”スキル“だ。」


 「スキル..........」


——— 五郎たち三人は、またハルツ迷宮の時ような事を繰り返したくないと誓う。ダルシードの言葉に驚く三人。確かに今まで、特に意識をしなかったかもしれない。三人は、ダルシードの言葉に耳を傾けた。













 


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