第9話 屋上
美沙希は校舎の屋上で昼ごはんを食べている。ひとりで。
入学式から半月ほど経つが、まだ彼女には友だちがいない。
正確に言うと、ひとりだけ交流している女の子がいるのだが、学校ではほとんど話をしない。
美沙希は父と子のふたり暮らしだ。
お父さんはお金を渡してくれるけれど、まったく家事をしない。
美沙希がトーストと目玉焼きといった簡単な朝食をつくり、ふたりで食べる。父と子の間ではほとんど会話はない。
お父さんは自動車で通勤していて、夜遅く帰ってくる。晩ごはんはたいてい外食で済ませてくる。
美沙希も夜は外食やお弁当を買って食べるだけのことが多い。
彼女は父親の愛情を感じることができない。
お父さんはお金をくれるだけの存在だ。
昼休みの屋上で、美沙希はコンビニで買ったおにぎりを食べている。
ツナマヨを頬張る。ビニール袋の中には他に梅と鮭のおにぎりが入っている。それとトマトジュースとヨーグルト。
つまらないなぁ、とふと思う。
私、なんで生きているんだろう……。
いや、変なことを考えるな。
楽しいことを考えよう。
今日もブラックバスを釣るんだ。
そう、釣りさえできれば私はしあわせ。
でも……。
あの子と一緒にする釣りは、ひとりでするより、ずっと楽しい。
それを私は知ってしまった。
友だちかぁ。あの子は友だちなのかなぁ?
「美沙希! ここにいたんだ!」
あの子の声がした。琵琶カズミ。
「カズミ……」
「一緒に食べようよ。隣、座っていい?」
「やめた方がいいよ」と美沙希は言ってしまう。「カズミは友だちがいるでしょ。私なんかと食べるより、友だちと食べればいい」
「なんで? あたしは美沙希と一緒がいい」
カズミは屈託がない。
「私、話題もないよ。釣りのことしか考えてないし」
「じゃあ釣りの話をしようよ。ナガシマ川の初バス、うれしかったな。釣らせてくれてありがとね、美沙希」
「あれはカズミが自分の力で釣った魚。あきらめなかったから、釣れた」
「でも美沙希がテキサスリグを教えてくれなかったら、釣れなかったと思う。やっぱりあのバスは美沙希のおかげで釣れたんだよ。サイコーの気分だったなぁ」
美沙希は梅のおにぎりを食べはじめる。ひとりで食べるより、美味しい気がする。
「今日も釣りに行こうね。学校裏の池に行く? それとも自転車でどこかへ行く?」
「カズミはそれでいいの? 私と釣りをしてていいの?」
美沙希はなぜか切実そうな顔をしている。カズミにはよく意味がわからない。
「え? いいでしょ。釣り楽しいし、あたしたち友だちじゃん!」
琵琶カズミは私の友だち。たったひとりの友だち。
美沙希の胸が熱くなった。
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