第4話 40UP

 学校では川村美沙希は静かだった。

 休み時間にも誰とも話をせず、開高健の釣行記「オーパ!」を読んだりしていた。

 琵琶カズミも話しかけないでねオーラを察知して、話しかけなかった。

 ものすごい美人なので、話しかけたそうにしている男子は多かった。しかし、近づいてもまったく関心を向けてくるようすがないし、「川村さん」と声をかけても、つんとした視線を寄こすだけで、会話にならないのだった。 

 放課後、美沙希がときどき学校の裏林の中にある池に行っているのを知るのは、カズミだけだった。美沙希が池に行くとき、カズミもついて行くようになっていた。


「なんで友だちつくらないの?」とカズミが訊くと、

「人付き合いは苦手」と美沙希は答えた。


 美沙希はトップウォータールアーの1種であるホッパーを投げていた。メガバス社のポップXというルアーだ。竿をリズミカルに動かし、水に浮かぶルアーをすいすいと操作する。

 ブラックバスが水面を割ってトップウォータールアーに食いつく瞬間はものすごく興奮し、快感を得られるが、魚は簡単には食いついて来ない。トップはむずかしい釣りだ。


「あたしもロッド買おうかなぁ。あとリールも。お年玉貯金で」

 美沙希が釣りをするのを見ながら、カズミが言った。

「買えるなら買いなよ。釣りならいくらでも教えてあげる」

「人付き合いは苦手じゃないの?」

「カズミはなんだか別。一緒にいても、気にならない」

 カズミは美沙希が自分を受け入れてくれているみたいで、うれしくなった。

「それって、友だちってこと?」

「さぁ? あんまり邪魔じゃないってだけかな」

 美沙希の反応はそっけない。

「なんかひどい……」


 トップウォーターでは釣れなかった。美沙希はあきらめてルアーをケースにしまった。


「ねえ、ブラックバス釣りたい?」と美沙希が訊いた。

 まだ小さなブルーギルしか釣ったことのないカズミはうなずいた。

「もちろん釣りたいよ!」

「バスはいる場所さえわかっていれば、簡単に釣れる魚なのよ」


 美沙希は池の畔の土を掘った。そしてミミズを捕まえた。

「餌を使えば簡単なの」

 彼女はダウンショットリグをつくり、ソフトルアーのかわりに針にミミズを刺した。

「あの木の枝が水面を覆っているあたりに、この餌を投げてみて」

 カズミは不器用なキャスティングで、何回か餌とおもりを投げた。4回めに、まずまずのところに投げることができた。

「それでいいわ。何もせずに、ただラインを張って待っていなさい」


 カズミは言われたとおりに待っていた。

 美沙希は黙って水面を見つめていた。

 風が適度に吹いて、ふたりの髪を撫でていった。

 突然、ゴツンという大きなあたりをカズミは感じた。

「来たかもっ!」

「合わせて!」

 カズミは無我夢中で竿を思いっきり立てた。

 根がかりのように竿が重かった。しかしググッと強い抵抗があり、生命感が伝わってきた。

「なんか、ブルーギルとは全然ちがう! 大きいかも」

「竿を立てて! 踏ん張って! 無理に引っ張ったらラインが切れちゃう。魚が疲れるのを待つのよ!」

「うわー、すごい引く! 重いよっ、なんなのこれっ!」

 ロッドが半月のように曲がっていた。ラインが引き出されていき、ドラグが鳴った。

「もし巻けるなら、巻ける分だけラインを巻いて!」

 カズミは懸命に竿を立て、リールを巻いた。

 魚は泳ぎまくり、なかなか寄せることができなかった。でも少し時間が経つと、しだいに抵抗が弱くなってきたのが感じられた。

 カズミはリールを巻いた。大きなブラックバスが水面に姿を現した。

 釣り人の姿を見て、バスはまた大きく抵抗した。

「いやー、こわい、竿が折れそう!」

「私が取り込むから、魚を岸に寄せて!」

 カズミは懸命にバスを引き寄せようとした。

 魚は何回も抗った。

 美沙希が魚の口に手を伸ばした。

「焦らないで。もう少しだから。慎重に寄せて」

 美沙希の手がバスの口に届きそうになったときだった。バシャンと魚が跳ね、そのときに針がはずれた。カズミは魚をバラしてしまったのだ。


「ああーっ!」とカズミは叫んだ。

「惜しかったわね。いまのバス、軽く40センチはあったわよ。残念」

「くやしいっ! もう1度ミミズで!」

「あの魚、今日はもう釣れないと思うよ」

 カズミは魚がバレたあたりを名残惜しそうにじっと見つめていた。

「決めた! あたし、釣りをやるっ! 釣竿買うから!」

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