第3話 美沙希とカズミ

 ブラックバスを持った美沙希と、ふらふらと近寄っていくカズミの目が合った。 

 本当にきれいな子だなぁ、とカズミは思った。

 美沙希は何も言わずにカズミを見て、少しだけ首を傾げた。その目はどうしてここに自分以外の女の子がいるのだろう、と不思議がっているようにも見えた。

 やがて美沙希は目をそらし、バスをリリースして、少し居場所を移し、釣りをつづけた。

 彼女の釣り方はおもりを使わないノーシンカーリグと呼ばれる釣法だった。ソフトルアーが自然な沈み方をするので、魚が警戒せずにルアーを口に入れてしまうよく釣れる釣り方だ。

 その反面、おもりがないので、遠投ができないとか、底を取りにくいなどのデメリットがある。しかし美沙希はノーシンカーリグを苦もなく扱っていた。

 使っているルアーはゲーリーヤマモト社の3インチヤマセンコー。ゲーリーヤマモトのソフトルアーは比重が水より少し重い素材でできていて、ゆっくりと沈んでいく。美沙希はこのルアーに絶大な信頼を寄せていた。


 2匹、3匹と美沙希はバスを釣り上げた。サイズは最初の魚が1番大きく、2匹め以降は20センチくらいの小バスだった。彼女が釣るのを、カズミはじっと見つめていた。

 ずっと釣りに集中していた美沙希が、ふっとカズミに目を向けた。


「釣りに興味があるの?」と美沙希が言った。

 興味があるのは釣りではなく、川村美沙希という人間だったが、カズミは話しかけてもらえたことがうれしくて、うなずいた。

「うん。ちょっと興味あるかも」

「やってみる?」

「えっ、いいの?」

「いいよ。ノーシンカーはむずかしいから、ダウンショットリグがいいかな」


 美沙希はラインの先端にカミツブシおもりをつけ、そこから10センチほど上に針をつけたダウンショットリグに仕掛けを変えた。ルアーもカットテールにつけ変えた。

 そして対岸の岸際にキャストした。

「手首をときどき小刻みに揺らして、ロッドを動かしてみて。こんな感じで。うまくできたら、ルアーが生きているみたいに動くのよ。その動きで魚を騙して釣るのが、ルアーフィッシングの醍醐味なんだ」

 手本を見せて、美沙希は竿をカズミに渡した。

 カズミはときどき竿先を揺らしたりしていたが、正直釣りどころではなかった。なかなかお目にかかれないほどのものすごい美少女が隣にいるだけで、なんだかドキドキしてしまうのだ。


「魚の反応がなかったら、場所を変えてルアーを投げるんだよ」

 美沙希は手取り足取り、カズミに釣り方を教えた。

 教室ではものすごく無口だったのに、釣りの話をしているときは饒舌で、教え方はていねいだった。

 よっぽど釣りが好きなんだな、とカズミは思った。


 突然、竿先がビクビクと動いて、カズミはびっくりした。

「なんかいる!」と彼女は叫んだ。

「魚よ! 合わせて!」

「合わせるって、どうするの?!」

「竿をぐっと立てて!」

 カズミが竿をびゅんと立てると、しっかりとした重みが感じられた。くいっくいっと竿先が引かれている。

「リールを巻いて!」

 言われたとおりにすると、小魚が水面から姿を現した。

 ブラックバスではなかった。15センチぐらいの小さな魚だった。

「初フィッシュおめでとう」と美沙希が言った。「ブルーギルね」

「ブルーギル?」

「ブラックバス釣りをしていると、よく釣れる外道よ。でも魚は魚。あなたは魚を釣ったのよ」

 カズミはあのビクビクとした手応えを反芻していた。不思議に魅力的な感触だった。竿には初めて釣った魚がついていて、まだバタバタと動いている。

美沙希が針をはずし、ギルを池にリリースした。

「どう? 楽しかった?」

「うん! すごい気持ちよかった!」

 カズミの正直な感想だった。

 さっきまで興味があるのは川村美沙希だけだった。でもいまは釣りそのものにも俄然興味が湧いていた。

「釣りって楽しいのかな?」

「楽しいよ、すごく。他の何事よりも楽しい」

 教室ではずっと無表情だった美沙希が笑っていた。

 クールな川村美沙希もいいけど、この美沙希はもっといい!とカズミは思った。

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