日常10 両親からの呼び出し。

「くっ、あんな辱めを受けるとは……」

「辱めって……あんたに羞恥心とかあったのね」

「そりゃあるわ! あの状況はさすがに恥ずかしすぎるぞ……」


 無理矢理服を剥ぎ取られるんじゃぞ? しかも、普通に好きかなーとか思っておった相手と、今日仲良くなったばかりの女に。


 あれじゃな。この一件で儂が学んだことは、


『自分で見せるのと、強制的に裸(下着はあり)を見られるのとでは、全く持って感じる羞恥心の量が違う』


 ということじゃな。


 そうか。エロゲとかで、普段下着姿や裸を見られても平気なヒロインが、主人公にトイレに入っているところを目撃された時、やけに恥ずかしがっていた理由はこれか……。


 儂、すごく納得。


「ごめんなさい、まひろちゃん……。つい、調子に乗ってしまいました……」

「いや、別にいいんじゃが……儂としては、あのような服の着せ方は勘弁してほしい、かのう」

「すみません……」

「謝らんでもよいぞ。選んでくれと言ったのは儂じゃからな。儂が……全部受け止めきれればよかったわけじゃが……」


 無理じゃった。


 普通に、無理じゃった。


 いやはや、女が洋服選びに時間をかけるわけじゃ……。


 しかもそれが、複数人で行った場合、他の者の服も選んでいるわけじゃからな。それならば、男が待たされるというものじゃな。


 だからと言って、あれはいささかやりすぎな気もするがな!


「ところで、お二人だけでここに来たのですか?」

「違うわ。三島君と笹西も一緒よ。あいつらは、さすがにまひろの買い物に付き合うのはハードルが高い、みたいなことを言って断ったけど」

「たしか、お二人ともまひろちゃんのお友達でしたよね?」

「む、そんなことまで知っておるのか?」

「し、調べる機会があったもので……」

「どういう機会よ……」


 美穂に同意。


 どうにも瑞姫は、何かを隠しているような気がしてならない。


 じゃが、別段害悪的な何か、というわけではなく、それ以外の……そうじゃな。言うなれば、性癖的な何かと言うべきか。


 ま、勘じゃがな。


 ……もしや、これが女の勘と言う奴か!


 なんて、さすがにないな。儂にそんなものが備わっているはずなかろう。


 儂じゃからな。


「っと、あそこにおるのは、健吾と優弥ではないか?」

「あらほんと」

「何やら少し疲れた様子ですが……」

「……理由はなんとなくわかるがな」


 十中八九、待たされ過ぎて疲れた、と言ったところかの。


 こればかりは申し訳ないとは思っておるが、悪いのは儂ではない。悪いのは、ここにいる二人の悪魔じゃ。


「おーい、戻ったぞー」


 少し離れたところで二人に声をかけると、こちらを振り向く。その表情は、やっぱりちょっと疲れた様子ではあったが。


「やっと来たか……」

「少し待ちくたびれましたよ。随分と時間がかかったんですね」

「ちと、瑞姫と出会っての。美穂と一緒に服を選んでもらっておったら、時間がかかってしまってのう……」

「瑞姫……?」

「初めまして、ですね。羽衣梓瑞姫です」

「はぁ!? ちょっ、お前ら何があったらうちの学園一のお嬢様美少女と出会うんだよ!?」


 儂らと一緒にいる女子が、うちの学園で一番有名な人物だったと知り、健吾は声に出して驚き、優弥は目を見開いていた。


「わたし、そんな風に思われているのですか?」

「まぁ……有名人、ということに変わりはない、わね。さすがに、羽衣梓グループの社長令嬢と考えれば」

「わたしはお父様の娘なだけであって、わたしがすごいわけではないのですが……」

「とは言うが、おぬし、毎回学年トップの成績ではなかったか?」

「そうですね。お勉強は普段からしっかりやっております。ですが、まひろちゃんも大体20位~30位辺りにいる気がするのですけど……」

「ま、授業だけは割と真面目に受けておるからな」

「……そう言えば、まひろさんはそこだけは真面目でしたね」

「追試とか受けるのが面倒なんじゃよ。後の面倒よりも、目の前の面倒を取るぞ、儂は」


 それに、それくらいの順位にいた方が、ある程度の融通も聞くようになるしのう。あれじゃ、内申稼ぎ、みたいなもんじゃな。


 ちと違うが。


「それはいいとしてよ、なんで羽衣梓さんまでいんだよ?」

「いやなに。服を買いに行こうとしたら、ばったり遭遇してな。で、どうも一緒に服を見たい、とか言うもんじゃから一緒にな。ちなみに、その時に友達にもなった」

「は~~、なるほどなぁ……まひろって、知らない間に友達増やしてるんだよな……しかも、大抵どんな奴とでも友達になってるしよ。お前、ある意味おかしくね?」

「そうか? 儂はただ、どんな者にも平等に、同じように接しているだけじゃぞ」


 相手によって態度を変えるのは、心が小さいものや、変なプライドを持っている奴がすることじゃ。


 儂は別に、プライドなんてものは無い。


「では、音田さんも友達に?」

「えぇ、私はもともと顔見知りだったけど、さっき改めてね」

「はい、お友達が増えて嬉しいです。わたし、学園ではお友達と呼べるような人がいませんでしたから……」

「む、なぜじゃ? おぬしは普通に話しやすいし、友達がいそうなものなんじゃが……」

「えーっと……わたしは、社長令嬢と呼ばれるものですから、こびへつらう人やその肩書で気後れしてしまって話しかけてくる人がいないんですよ。クラス委員は自分から進んでやるとは言ったのですが……」


 少し寂しそうな表情でそう話す瑞姫。


 なるほど……。


 金持ち、と言うのも大変なんじゃな。


「ならば、そこの二人も友達になってくれると思うぞ? あまり気にしないタイプではあるしのう」

「ほ、本当ですか?」

「俺は構わないぜ。家は家、そいつはそいつで考えるからな!」

「そうですね。僕もあまり気にしません。そもそも、まひろさんが友達になれる方ですからね。多少変だったり、癖あっても根はいい人だと思うので、問題ないですよ」

「三島君、いいことを言ってる風にしてるけど、割とおかしなこと言ってるわよ?」

「そうですか? まあ、そう言うこともありますよ」


 優弥は、たまにフォローになっていない発言をするからのう……。


 そこだけは、たまにどうかと思っておる。


 いや、儂が言えた義理ではないのかもしれんがな。


「お友達が増えるのは嬉しいですね。学園も楽しくないわけではないのですが、少しだけ寂しいものがありましたので……」

「ならば、二年からは儂らがおるし、遠慮なく話しかけてよいぞ」

「はい!」

「それなら、クラスとかも一緒だといいわね。まあ、結構確率低そうだけど」

「だなー。俺とまひろはクラスが別になったことはないしなー。優弥は中学からだっけか?」

「そうですね。たしか、三年生ほどかと」

「そこまで長い付き合い、というわけではないのですね、三島さんは」

「絆的なことを言えば、時間は関係ありませんけどね。僕たち三人で遊ぶ機会が多いだけですので」

「そうじゃなぁ……」


 そう言えば、健吾とはクラス替えしても同じで、優弥は中三の頃からの付き合いか。


 まぁ、なかなかに居心地のいい二人じゃしな。悪友的なものかの?


 美穂はまた二人とは違った居心地のよさがあるしのう。


 瑞姫に関しては、なんじゃろうな。こう、姉、的な何かを感じておる。


「さて、次はどこへ――」


 くぅぅぅ~~~……。


 どこへ行こうか、と儂が言おうとしたら、儂のお腹が鳴った。


「……」

「まひろ、あなたお腹空いたの?」

「……どうやらそうらしい。そう言えば、能力をあれだけ使っておったことじゃし、腹が空くのも当然じゃな。まったくもって、燃費の悪い能力じゃ」


 カロリー消費とはのう。


 あれをやるだけですぐにカロリーが消費されてしまうのでは、ガリガリになってしまうのではないか? 儂。


「では、昼食を食べに行きませんか?」

「だな。時間もちょうどいいし。で、どこ行くよ? 三階にはフードコート。一階にはレストラン街があるが」

「そうじゃなぁ……一階に行こう。儂、お子様ランチが食べたい」

「……あんた、すごいわね。高校生なのに」

「いやなに。この姿なら特に問題もなさそうじゃからな。ほれ、コ〇ン君もよくお子様ランチを食べておるじゃろ?」

「いやあれは小学生だと思われているからでしょうが」

「同じようなもんじゃよ。儂も小学生くらいになっておるしな」


 この姿ならば、お子様ランチを食べても問題なさそうじゃからな!


 個人的には、この姿だからこそできることをしたいし、食べられるものを食べたいのじゃよ。


「お子様ランチですと……レストラン街にある洋食店でしょうか」

「いや瑞姫、こいつの戯言を真に受けるの?」

「え、冗談なのですか?」

「いいや? 儂は本気で食べたいと思っておるぞ?」

「えぇぇ……」


 儂の発言を聞いて、美穂は若干引いたような声を漏らしていた。


「音田さん。まひろさんがこう言いだしたら、止められませんよ。そう言う人です」

「……あー、そうだったわ」

「別に儂、ふざけて言っておるわけではなく、単純にこの姿だと胃袋も小さくなっておるんじゃよ。正直、そこまで飯が食えなくてな」


 やはり、小さくなると内臓の方にも影響を及ぼすのかもしれぬな。


 ただでさえ小食だったわけじゃからな、儂は。


 ならば、今の儂なんてその時よりも食べられないのは自明の理。


「なんだ、ちゃんと理由があったのね」

「……おぬし、儂をその場その場のノリで生きている奴だと思ってはおらぬか?」

「思ってるわ」

「酷い奴じゃな」

「いいのよ。……それじゃ、さっさと下に行って食べに行くわよ。瑞姫もいいのよね?」

「はい。今日はこちらのショッピングモールでお昼を食べてきます、とお父様やお母様に伝えておりますから」

「そう。ならよかった。じゃ、出発よ」


 ふふ、お子様ランチ、ちょっと楽しみじゃな。



 瑞姫が口に出した洋食店は確かに美味かった。


 というか、マジで久しぶりに食べたぞ、お子様ランチなぞ。


 あれじゃな。こう、プリンみたいに盛られたチャーハンに旗が立っているのが、地味にいいのよな。あれ、好きじゃぞ、儂。


 なんかテンションが上がる。


 そして、本当にお子様ランチで満腹になった。少し苦しいくらいじゃな。


 やはり儂、大食いとかには向いておらんのじゃろうなぁ……。


 先に食べ終わり、軽く一息ついていると、


 ブー、ブー


 と、儂のスマホが鳴り出した。


「すまぬ。電話じゃ。ちょっと出てくる」

「いってらっしゃい」


 一言断ってから、店を出て、人気が無い所で電話に出る。


「もしもし」

『お! 本当に声が女になってらぁ!』

「……その声、父上か?」

『おうおうそうだぞ! いやー、昨日祥子さんから電話がかかってきてなぁ。お前が『TSF症候群』を発症させたって言われてさ、俺と母さん、急いで仕事を切り上げて帰ってきちまったよ!』

「何をしておるんじゃ……」


 仕事を切り上げたって……。


「今回の仕事は長丁場になりそうとか言っておらんかったか?」

『んなもん、お前に降りかかった面白――じゃなかった、不幸を前にしたら塵芥だぞ! あと、父さんと母さん、今家にいるぞ。お前、どこにいるん?』

「おい、今面白そうとか言わなかったか?」

『気のせいさ! それで、ほれほれ、どこにいるんだよー。父さん、久々にお前に会いたいぞー』


 相変わらず、ちとウザいノリの父上じゃ。


 話をするのが疲れるんじゃよなぁ……。


「……ショッピングモールじゃよ。近くの」

『ほっほー。めんどくさがりのお前が外に出るとは珍しい。やっぱあれか、健吾君や優弥君辺りとか?』

「今日はそこに美穂も追加で、更には途中でばったり遭遇した同じ学年の女子もおるよ」

『ってことは、女子が二人もいるわけかー。いいぞいいぞ! もっと女子との交友関係を増やせ増やせ! お前は昔っからモテる方だったからな! お前が女を落とせば落とすほど、俺も娘が増えて嬉しいってもんさ!』

「……何を言っておるんじゃ。父上よ。母上に訊かれたら――」

『あら~、あなた? 一体何を言っているのかしら? どうやら、お仕置きが必要みたいね~?』


 ほら、言わんこっちゃない。


 うちの母上は怖いからのう……父上に妙に当たりが強いし。


『か、母さん!? 一体いつか――むぐー! んっー!?』


 なんじゃ、急にくぐもった声になったぞ。


『もしもし、まひろ?』

「母上か。久し振りじゃな」

『ほんと「むぐ~っ!」ね~。今ちょうど帰って「んっ~~!」来ているのよ。あなたの状態を知り「んぐぐっ!」たい――うるさいわよ! 「んひぃ!?」』


 ……一体、この電話の向こうで何が行われていると言うんじゃ。


 じゃが、絶対に知りたくはない。


『こほん。で、私も今のあなたの状況を知りたいので、一度帰ってきてほしいのよ。可愛い息子の一大事だから』

「……じゃが儂、今友人たちと出かけておるんじゃが……」

『あら、珍しい。めんどくさがりのまひろが外に出るなんて』

「おぬしら両親、儂を馬鹿にし過ぎではないか?」

『だってあなた、『動くのがめんどくさいのじゃ~』とか普段から言ってるでしょ?』

「……否定できん」

『でしょ? だからね。でも、こっちとしても確認はしておきたいから、帰ってきてくれない? お土産も買ってきたから』


 ふむ、土産とな。


「土産はなんじゃ?」

『えーっと、羊羹と雁金茶ね。どう?』

「……………………し、仕方ないのう。これからの人生のことじゃし、やはり両親と話す必要はあるものな。うむ、わかった。すぐに帰るとしよう。べ、別に、食べ物で釣られたわけではないぞ?」

『はいはい。それじゃあ、待ってるからね』

「うむ」


 通話終了。


 父上に何があったのか気にはなるが……まあ、いいじゃろ。


 ともあれ、みなに言わなくてはな。


 儂は店に戻るなり、美穂たちに電話の内容を話す。


「そりゃ帰った方がいいな。特殊すぎる病気だしよ。説明も必要だろ」

「そうですね。ご両親に話すのは当たり前でしょう。こちらの支払いは僕たちの方でしておきますので、気にせず帰って大丈夫ですよ」

「というか、帰らないのはまずいでしょ。早く帰った方がいいわよ」

「そうですよ、まひろちゃん。わたしたちのことは気にせず、帰って大丈夫ですので」

「ありがとうな。では、儂は帰るとしよう。では……っと、忘れておった。瑞姫よ、連絡先の交換をしたいのじゃが」


 危ない危ない。忘れるところじゃったわ。

 この機会を逃せば、次会うのは新学期になってしまうからのう。今の内に済ませておこう。


「い、いいのですか?」

「もちろんじゃよ。友達じゃろ?」

「は、はいっ! で、では、こちらがわたしの連絡先になります! いつでも連絡してきてくださって大丈夫ですので、遠慮なく!」

「うむ、そうさせてもらおう。ではな」


 連絡先が増えるのは地味に嬉しいものじゃ。


 さて、うちの両親の話すのか……ちと面倒じゃが、みなの言う通りじゃし、さっさと帰ってさっさと済ませるとしよう。


 ……おっと、先に成長せねばな。さすがに服を買いすぎてこの姿じゃ持って行くのに無理がある。


 ちと腹は空くが、家で羊羹が待っていると考えれば、多少腹を空かせておいた方がいいというものじゃな。


 憂鬱と楽しみが混じった、よくわからん胸の内にはなっておるが。


 面倒じゃなぁ……。

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