日常5 保健体育寄りの、『TSF症候群』に関する座学

 着替えを終えて、場所を移す。


 移動した先は、学校の教室みたいな場所じゃった。


 イメージ的には、大学が近いかもしれぬ。


「よーし、ここからは楽しい楽しい座学のだ。と言っても、さっき半分くらい話したようなもんなので、軽めに行くぞ」

「助かる」


 早く寝たいしの。


「ここでする話というのは、法律に関わってくるものだったりするが……まあ、そう硬い話でもない。簡単なものだ」

「法律とは言うが、どのようなものなのじゃ?」

「簡単に言えば、性的なものとか」

「露骨じゃな」

「仕方ないさ。そう言うものなんだから。じゃ、説明するぞ。まず、基本からね。今、まひろ君は美少女になっていると思う」

「うむ、そうじゃな」


 一応、美少女……だとは思っておる。


 まあ、自分の理想というわけじゃからな、これは。


 他人から見た時の感想は、違っていそうな気もするがな。


「では問題。君の性別は、法律・戸籍上、何だと思う?」

「む? それは……女ではないのか?」

「残念、違うんだなー、これが」

「では、男だと言うのか?」

「それも違う」


 ……まるで意味がわからん。


 男でも、女でもないとなると……


「オネェか?」

「それも違う。正解は、TS、だ」

「……なんじゃ、その頭の悪い性別は」

「仕方ないだろう。これを決めたの、『TSF症候群』が発生した当時の内閣総理大臣なんだから」


 ……その総理大臣、絶対オタクじゃろ。

 特に、TS好きの。


「この性別は、かなり特殊なんだ」

「それはそうじゃろう。名前からして、すでに特殊なんじゃから」

「確かにそうだが……そうじゃない。この性別には、ある利点があるんだ」

「利点?」

「そう。その利点と言うのは……『誰とでも結婚できる』というものだ」

「……それはつまり、赤子から老人までという」

「そういう誰とでもというのではなく、性別だよ、性別」

「あぁ、そっちか。……む? ということは、男とも結婚できるし、女とも結婚できる、ということか?」

「そういうことさ。君で例えると、外見は少女だが、中身は男だろう? それで、一般男性と結婚したいかと訊かれれば、そうじゃないだろう?」

「いや、儂は別に気にしないんじゃが……」


 個人的に、好きになった相手の性別は気にしない、という考えじゃからな。


「……普通はそうなんだよ」

「そうなんじゃな」

「……どうにも調子狂うな、まひろ君は」


 なぜか疲れている神。

 きっと、仕事が大変なんじゃろうなぁ……なんと可哀そうなことか。


「君、絶対余計なお世話なことを考えたよね?」

「気のせいではないか?」

「……まあいいけど。ともかく、普通は中身の性別的に、同性と結婚するのは嫌だろう? だから、政府は認めることにしたのさ。もちろん、TS同士での結婚も可だよ」

「ほほう……」


 結構面白いことを考えるもんじゃな。


 すべての性別と結婚が可能とは。


「じゃあ次。君が見知らぬ四十代くらいのおっさんから、電車で痴漢されたとしよう。その際、君はそのおっさんを訴えることはできると思うか?」

「ふむ……できるのではないか?」

「うん、正解だ。その理由は至ってシンプル。TSした者の体に合わせて、法が適用されるからね。なので、TSした女性が男になり、電車内で痴漢を働けば、普通に捕まる」


 そこは普通なんじゃな。


「と言っても、痴漢と言うのは相手が不快感を覚えた時点で、性別関係なく訴えることはできるんだけどね」

「なんじゃ、そうなのか」


 それはちと意外じゃった。


「ちなみに、情状酌量の余地はないのかの?」

「一応あるぞ。さすがに、問答無用で逮捕はさすがに可哀そうだからね。ある程度の融通は効くんだよ。例えば、女性が発症させて男になって電車に乗った際とか、女性だった時の感覚のままでいる場合も多いからね。間違いもある、というわけさ。……ま、やりすぎたら即アウトだけどね」

「じゃろうな」


 そんなバカ、そうそういないと思うぞ、儂。


「なので、まひろ君も気をつけてね。もしかすると、鼻息が荒い脂ぎったおっさんから痴漢を受けるかもしれないから」

「き、気色悪いことを言うでないわ! 想像しただけで寒気がしたぞ、今!」


 鳥肌がすごいぞ、今。


「ハハハ。すまないな。……とまあ、そんな感じ。あ、ちなみに、成人した人と性交とかしたら、相手が一発アウトだから」

「しないぞ、儂。興味ないし」

「まあ、まひろ君、どう見ても睡眠欲が異常に強そうだしね。その辺りの心配はいらなそうだ」


 なんか、性的な話しかしてない気がするぞ、この座学。


 本当にこれ、病気のための座学なんじゃよな? なんか、学校の保健体育の授業を受けている気分じゃぞ。


「じゃあ次。君、今は少女なので、生理が来ると思ってくれ」

「あ、やっぱり来るんじゃな」


 というか、随分ド直球に言ったのう……。


「当然。何せ、子供は作れるからね」

「……生々しい話じゃな、本当に」

「仕方ない。そう言う話なんだから。ちなみに、私が『TSF症候群』の座学をするのは、これで十回目だったりする。一回目~九回目の人たち全員、興味津々で、食い付きが半端なかったぞ」

「……大丈夫なのか、それ」

「さぁ? 大丈夫なんじゃないか? 私は、その人がただれた生活を送ろうが、個人の自由だと思っているからな。ヤりまくっていても、どうでもいいさ」

「本当に生々しいし、露骨すぎるぞ、おぬし」

「こういう座学なのさ」


 どういう座学じゃ。


 ……いやまあ、儂も健吾相手にそう言うボケをかましてはいたが、あれはボケてるだけじゃ。こやつの場合は、ボケているのではなく、本気で言っておるわけじゃから、余計に質が悪い気がするのはなぜじゃろうか。


「ただ、これだけは言える。正直、生理は辛い。場合によっては動けないこともあるから、気をつけてね」

「……つまり、寝ていられるということか!」

「いや、そう捉える? 普通」

「む? 違うのか?」

「……いや、君がいいならそれでいいけど。だが、あらかじめ生理用品とか買っておくおことをお勧めするよ。朝起きたら血が出てるとかざらだから」

「……洗濯とかめんどくさそうじゃな」

「まあ、仕方ない」


 女子って、面倒なんじゃなぁ……。


 そう言う意味では、男は気楽だったということか。


「たださ、君の場合はどうなるかわからないんだよね」

「どういうことじゃ?」

「いやほら、君って十六歳ではあるけど、体はどう見ても小学三、四年生くらいだろう? 初経って、十五歳までに来るのが普通なんだけど、体的にどうなのか、と」

「すまん。なんかもう、保健体育の授業をしているだけじゃないのか? これ」

「仕方ないだろう、そう言う話なんだから。ちなみに、女性が『TSF症候群』を発症した場合も、私が診察をしたり座学をしたりしている」

「……おぬし、変態と言われたことはないか?」

「いや、全然? むしろ、男性化した女性からは、『や、ヤバい、ムラムラする』とか言われるぞ?」

「……堂々とそれを言う時点で、変態じゃと思うぞ」


 こやつに任せて、大丈夫なのか?

 まあ、大丈夫なんじゃろう。きっと。


「ま、私のことはいいじゃないか。それより、君のことだ。保健体育の授業的なものはここで終わらせるとして。後話すことは……あ、そうだそうだ。日常生活の方だ」

「何かあるのか?」

「そりゃね。まず、君がさっきの書類にサインをした時点で、君の戸籍はもう書き換わった。まあ、正確に言えば戸籍はまだなんだけど、実質的には完全に今日から『TS』という性別になる。あぁ、戸籍の方は国の方でやってくれるので問題なしだし。今日の夜頃には、君の戸籍の性別欄は『TS』に書き換わっていることだろう」


 なんという特殊な性別。


 しかし……世界に、約千人しかいない性別か……。


 それはそれで特別感があるのう。


「で、君には後日身分証が郵送されるので、できればそれは、肌身離さず持ち歩くようにお願いしたい」

「了解した。しかし、それはなぜじゃ?」

「『TSF症候群』を発症した人にとって、生命線みたいなものだからね。ないと多分……色々と面倒。あと、無くしたら国からの援助が受けらなくなるね。まあ、再発行はできるけど、結構時間がかかるから、なるべく無くさないようにね」

「そういうことか。わかった」


 地味に面倒くさいな、この病。

 今のところ、いいことなんて娯楽施設の利用くらいじゃぞ。


「それから、学校に関することとかは気にしないで大丈夫だよ。こっちで連絡しておくから」

「それは助かるぞ」

「ま、そう言う仕事だからね。……と、まあ、座学はこんなところかな? 基本的に話すことは話したし」

「そうか。では、これで終わりでいいのかの?」

「ま、そうかな。……あ、そうだ一つだけ」

「なんじゃ?」

「君のご両親の連絡先を教えて欲しい」

「ああ、そう言えばそんなこと言っておったな。うむ、これが連絡先じゃ」

「ありがとう。こちらの方で連絡しておこう」


 色々とサポートくれるのは、本当にありがたい話じゃ。

 その辺りは、手厚いようじゃな。


「あぁ、一応身分証になるカードなんだが、ATMのカードにもなっているから、必要な時があったら、それを使うといいよ」

「それはつまり、好き放題使ってもいい、と?」

「間違ってはいないが……私利私欲で使わない方がいい。だってあれ、税金から出てるから」

「なるほど。それはたしかに、必要な時の方がよさそうじゃ」


 国民の血税から出ているので、無駄遣いをするということは、血税を無駄に使っているということじゃからな。


 世の中には、市役所の中にシャワー室を作った阿呆がいるみたいじゃからな。

 あれは本当に馬鹿だと思ったわ。


「一応、月に使用できる限度額は十五万円くらいかな」

「結構な額じゃな」

「まあね。特殊すぎる病気だし、監視なんて言う特殊な状況下に置かれるわけだから、それくらいはしないと暴動が起きかねないからね。まあ、さっきの娯楽施設で事足りているとは思うけど」


 それはたしかに。


 十分優遇されているとは思うがな。

 まあ、世界的にまだまだ事例の少ない病じゃから、色々と研究したいということじゃろう。


「よし、今度こそ座学終了」

「意外と早いな」

「まあ、座学と言っても、本当に軽くだから。ルールとか特にないしね。危険な能力をむやみやたらに使わない、って言うのがルールと言えばルールかな。まあ、まひろ君の場合、そこまで心配はなさそうだけどね。強いて言うなら、『獣化』の能力だね」

「獣化?」

「ああ、獣化。君の能力、名前がないと不便だろ? なので、呼びやすいものを考えておいた。ネーミングセンスはないんで、適当だけどね。これに書いてあるのが、名前だから」


 そう言って差し出された紙を見れば、たしかに名称が描かれていた。


『成長退行』『獣化』『変色』


 うーむ、そのまんまじゃな、これ。

 じゃがまあ、シンプルで覚えやすくていいな。儂は気に入った。


「もしかすると、身体能力とか向上するかもしれないからね。ま、一応その名称が能力のデータベースに登録されるから」

「うむ、わかったぞ」

「それじゃ、これで解散としよう。私も、研究とか、君の検査結果の表とか作らないといけないから。あ、職員が家まで送り届けてくれるから、安心してね」

「それは助かる」

「まあね。それじゃ、気を付けて帰るんだぞ」

「うむ。今日はありがとう、神」

「いいってことさ。……あ、これ、私の連絡先。もし何かあったり、わからないことがあれば私に連絡するといい。助けてあげるよ」

「それは助かる。ありがたく、活用させてもらおう」

「ああ、遠慮なく連絡してくれ。それではな」


 そう言って、神は去っていった。


 ……ふむ。神という名字、やはりインパクトがすごいな。


 神が去っていくって、地味にカッコいいし。


 ちょっと羨ましいかもしれん。

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