第三十九話「勃発」

 セルベロの死を確認しナイフを回収するとスクイはホロに振り向く。


「さて、こういった仲間の異常を察知する魔法があるのであれば、幹部の死も伝わりかねません。早く始めましょうか」


「はい、ご主人様」


 私はいつでも大丈夫です。そう言うホロ。


 スクイは魔力を込める。

 この作戦の難点、それはスクイの魔力がほぼ全てこのギミックに費やされるという点にあった。


 マロフィ草の成長、遠隔での爆発や入り口の封鎖など、距離が遠いほど消費する魔力が増大するこの魔法ではかなりの魔力を消費する。


 しかしスクイの目的はボスの撃退でなく組織そのものの破壊。数を減らすための策を惜しめなかった。


「では、始めましょう」


 そうスクイが言うと、部屋から大量の草の根が溢れるように伸び、その質量はドアを破壊しながら廊下に飛び出す。


 同時に全階で同じことが起こる。建物中で騒ぎが起こる中、異常成長したマロフィ草は膨れ上がった。


「さて、そろそろですね」


 部屋を埋め尽くすマロフィ草が変色し始めた頃合いを見て、スクイは廊下に出てホロのそばに屈む。


「お願いします」


「わかりました」


 そういうと、ホロはスクイと自分を覆うように岩のドームを作る。

 岩が2人を覆うと、ホロはさらに魔力を込め強度を上げた。


「ご主人様」


「はい。行きますよ」


 声を掛け合い、スクイは最大の罠を発揮した。


 轟音、そう呼ぶにふさわしい音が、覆われた岩の中にも響く。

 とてつもない爆発音。見るまでもなく成功したのがわかる。これが全階で行われているとなれば組織の人数は半分減少では済まないのではないか。それほど空間が震えるのがわかった。


「ホロさん。蒸し焼きになる前に岩を解除してください」


「あ、そうですね」


 外界への恐怖で解除が遅れるホロ。スクイに声をかけられて我に帰ったように岩を解除する。

 2人を覆っていた岩が崩れると、あたりは火の海。


 ではなかった。


「んー2人?別働隊か?」


 消火されている、スクイは場を把握する。取り囲むのは数十の人間と、身に覚えのある顔。


 幹部が残り4人揃っていた。


「まさか2人だけってことはないはずだが、いや、不可能ではないのか?」


 ぶつぶつ考え込む目の前の男、身なりのいい高級そうなコートを着込んだ彼は、この爆風と火事があった中まるで汚れがない。


 幹部の1人、オールと呼ばれる男だ。


 その横には顔を仮面で隠した男、しかしその真っ黒な面は却ってその男の特徴となっている。

 幹部のクリメントである。


 クリメントは話さず、ただオールの言葉を聞くように横で立っている。


 やはり幹部の死は伝わるようになっているのか。スクイは自分の甘さに、感謝した。


 同時にきたなら話は早い。まとめて殺す、スクイの思考は即座に切り替わった。


 オールは一瞬考えたようだったが、先手を取ることを優先したらしい。

 部下を見ると、呟いた。


「とりあえず、殺せ」


「手筈通りに」


 スクイはオールと同時にホロに呟く。


 ホロはそれを聞くと同時に魔法を展開する。頭の周りに天使の輪のような水を浮かび上がらせた。

 そして身体の周りに岩が浮遊する。明らかに攻撃のための造形。


「はい、ご主人様」


 ホロは構え、それを見た周りの人間は即座に構えるか、スクイたちに飛びかかる。


 スクイ動かない。


 彼には構えがない。


 戦闘の火蓋が切って落とされ、スクイはほんの目の前にまで敵が襲いかかっても全く身動きひとつ取らなかった。

 しかし、敵がスクイより先にホロに目を向けた瞬間、その人間が真っ二つに割れる。


「ほお」


 オールはそれを見て唸った。


 文字通り、真正面から真っ二つになる人間。それに本人すらも気付かないうちに、実にスクイの周り30名がバラバラの死体になって床に転がる。


 しかし怯まない。距離をとった者たちはすかさずスクイを撃ち殺そうとした。


 だがそれも同時に失敗に終わる。死にはしなかったが、スクイを撃とうとした全員が、魔法の出力を行う手を撃たれていた。

 全員が何が起こったかこちらは理解できた。ホロが全方位に岩の玉を撃ったのだ。


 およそ7名の手を狙った投石。360度構わず外さない攻撃により遠距離攻撃を無効化する。


 ホロは頭の上に浮かべた水の輪っかで全方位を確認していた。ホロの水魔法はスクイの見立てでは攻撃に使えるほどではない。岩魔法を攻撃に特化させるべきだと考えていた。

 しかし補助的に使う分には効果的である。ホロはスクイの足りない遠距離攻撃をサポートする手段として、全方位にノータイムで撃てる投石を用意していた。


 この繰り返しだけで十分である。組織の人間は手を挙げればホロに撃たれ、近づけば何故か体が切り刻まれた。


 魔法の種類など関係ない。絶対的な攻撃。スクイはとりあえず一息つき。


 頭を何かが貫通した。


 状況を把握しようとする。しかし目が無くなっている。幸い耳はあるため聴覚で補った。


「す、すみませんご主人様」


 問題ない。口もないようなので身振りで伝える。

 遠距離攻撃。それもホロより上の実力。


 指を鳴らし場を理解する。スクイは目がなくとも場所を把握できた。


 幹部、フォーコか。

 唯一の女性幹部、彼女だけは魔法を知っていた。

 火の魔法を得意としているが、その精度がずば抜けている。


 現にかなりの威力で飛んできた火球だったが、スクイの顔には穴以外のダメージがない。


 速すぎて着火や爆散の余地がなかったと言うべきか。


 遠距離合戦ではホロには分が悪い。

 スクイはホロの肩を叩き伝える。


 彼女は私が倒します。しばらくここを任せられますか?


「いえ」


 ホロはフォーコが様子見を行っているのを見た。

 なぜ次の攻撃を行わない?その疑問。


 怖いのだ。そうホロは結論づける。いきなり本部に現れテロを起こした目的不明の2人。しかも攻撃方法不明で周りの大勢を瞬殺し、顔を打ち抜いても死なない。


 攻撃という行動が裏目に出ないか、確認を取りたいのだろう。


 そして現に今スクイの不死という魔法がバレた。

 遠距離を担当したホロのミスだと、彼女自身が感じないわけはなかった。

 このままではスクイの手段、その全てを暴かれる。そしてその情報がのちに戦うボスに行かないとは言えない。


「ご主人様はそのあとすぐにボスのところに向かってください」


 幹部の相手をスクイにさせれば、勝てても次のスクイの戦いで不利になる。

 残り3人と残党は私が処理します。そう息巻くホロ。


 スクイは少し考える。普通に考えればホロが勝つことは不可能、下手をすれば情報を抜き取られるかもしれない仲間を置いて次に向かう。


 スクイはようやっと回復した口を撫で、目をホロに向けて言う。


「任せましたよ」


 同時にスクイはフォーコへの距離を詰めた。


 スクイとフォーコの間にいた、スクイの攻撃範囲外だった組織員が全て肉片と化す。

 文字通り肉の壁。肉飛沫による目隠しを試みながら接近するスクイに対し、フォーコはスクイの位置を飛び散り方と、視力強化の魔法により判断し、次弾を撃ち放った。


 もう一度顔面、その火球は今度はスクイの顔を破裂させる。


 そして同時に放った火球で足と利き腕を破壊した。


 不死という極めて異例な魔法に対し即座に最適解を撃つ。

 スクイの身体は勇敢な走りとは裏腹に、ひどく簡単にその場にばたりと倒れた。


「オール、回収しな」


 触りたくもない。そういった態度でフォーコはオールに言う。燃やしても生き返るかもしれないという考えは、彼女に追撃をやめさせ、人頼りにさせた。

 もう少しで攻撃範囲だった。フォーコの手前の部下は全員死亡している。後一歩まで来ていたと言えるだろう。


 ナイフを握っていた手もないスクイを慎重に様子を見るフォーコだが、他の誰も動こうとはしない。


「おいオールなに」


 その瞬間、床が崩れた。


 スクイのいたところだけではない。

 周り、とは言っても周りにいた人間はスクイによって肉片に変えられていた。


 そう彼女以外はである。


「お、うお!」


 バランスを失い、なすすべもなく落ちる。

 スクイが床を切ったのである。敵をナイフと紐で広範囲斬りつけると同時に、床を切り文字通り盤面を動かしていた。


 しかし高さが変わったところでスクイとフォーコの距離は変わらない。そしてスクイは利き手を失い遠距離でのナイフと紐の攻撃を使えない。

 一瞬の動揺、床が急に無くなり状況を把握することも難しい中、しかしフォーコが空中でスクイに標準を合わせようと考えた。


「は?」


 しかしその一瞬が、すでにこの状況を作り動いているスクイに比べれば致命的に遅い。

 スクイは左手で投げナイフを取り出していた。

 自分のナイフは右腕を失い取り出せなかったが、懐には投げナイフを用意していた。


 しかしスクイは現在顔を丸々撃たれている。目を耳で補えても、耳もない中空中で、瓦礫と死体に紛れたフォーコに攻撃ができるとは思えなかった。


 その瞬間、フォーコの目の前に目玉が落ちてくる。


 いや、落下したのはスクイとフォーコと大量の死体である。目玉など大量にあって仕方ない。

 だがフォーコにはそれが、自分を見つめているように見えて仕方がなかった。


 そして、不死という魔法、組織の幹部に上り詰めたフォーコは途端に理解する。


 それと同時にフォーコの身体はズタズタに切り刻まれた。


「嘘だろ」


 火球を打つ暇もない高速。フォーコの手も脚も胴体もズタズタに切り裂き、即座に瀕死にする


 階下に2人が落ちる頃には、フォーコは虫の息だった。


 速すぎる。先程利き手にナイフと紐を見たときには、これを高速で振り回して攻撃していたということに怯えを滲ませたが、今はそれに遜色ない速度で投げナイフも扱っていた。


 スクイの投げナイフは速度はともかく威力の面でフォーコの火球に劣る。しかし床抜けと、まさか両足と利き腕、頭を失って攻撃されまいという常識がフォーコの手を遅らせた。


「バケモンかよ」


 その言葉にふさわしいように、スクイはもはや肉塊というべき体で、手足を回復させながら時間をかけて立ち上がる。


「まあそうですね」


 階下にいた組織の人間と、虫の息になったフォーコを一緒に物言わぬ肉塊に変えながら、最後にスクイがそう返したようにフォーコには思えた。

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