リオナⅥ

 老婆について山荘向かうと、その中には老若男女様々な人々が集まっていた。どちらかという年寄の方が多いような気もするが、中心にいた人物は十代の少女だった。


 私は彼女を一目見た瞬間、彼女がこの集団のリーダーであることを確信した。

 特に服装が高級な訳でもなく、珍しいアクセサリーを身に着けている訳でもない。

 しかし彼女からは目に見えないカリスマ性のようなものがあふれ出しているのを感じる。


「この人は?」

「随分悩んでいるようでしたのでアルーネ様の元にお連れしました」


 少女が尋ねると、老婆は恭しく頭を下げて説明する。

 どうやら少女はアルーネというらしい。彼女はこちらを見ると優し気な微笑みを浮かべる。


「わ、私はリオナと言います! 信じていた方に裏切られて今では何を信じていいのか分からなくなっていまして……」


 彼女の優し気な笑みにつられ、自然と私は自分の胸の内を吐露していた。

 するとアルーネはそっと私の頭に手を置いて優しくなでてくれる。


「そう、それは大変だったわね。でももう大丈夫。あなたは人間の限界に気づいたのだから」

「え? 人間の限界?」


 アルーネは恐らく私より年下のはずなのに、彼女に撫でられているとなぜか涙がにじんでくる。

 そんな私を優しく諭すようにアルーネは言葉を続ける。


「そう。きっとあなたの信じていた人も高潔な方だったのだと思う。だってあなたが一度は信じた方なのだから。でもどんなに素晴らしい人物だって間違うことはある。あなたはようやくそれに気づくことが出来た」

「そうなのですね、私は悪くなかったのですね!」


 フリューゲル公爵に裏切られ、それを信じた自分のことも嫌いになりかけていた私はアルーネ様の言葉に救われる思いだった。

 言われてみればこの世に完璧な人間なんていない。

 誰だって魔が差すときはある。フリューゲル公爵はたまたまそれが致命的な場面だったということだ。


「そう、それに悪い人間だったらこのように涙を流すことはない」

「あ、ありがとうございます……」


 涙を流す私にアルーネ様の言葉は優しく響く。

 そうして私はしばらくの間涙を流し続けた。


 が、やがて我に帰って私は訊ねる。


「ところで、私は今後どうしたらいいでしょうか?」

「それは簡単。人を信じることに限界があるなら神を信じればいい」

「え、神を? それは前から信じていたけど……」


 信仰心は篤い方だと自負していた私は少し戸惑う。


「ううん、そうは言ってもあなたは神ではなく人のために行動していた」

「それは神様のためにはあの方に仕えるのがいいと思ったから……は、そうか!」


 そこで私は気づく。

 そうか、私は神様を信じていたが、実際は神様ではなくフリューゲル公爵のために行動していた。もちろんそれも最終的には神様のためになると思っていたけど、言われてみれば間に人を挟むと今回みたいなことになってしまう。


「そう、あなたは聡明な方だから分かったと思う。人はみな神様のために生きるということを難しく考えすぎて失敗してしまっている」

「なるほど、確かにそうですね。でも神様のために生きるというのはどうすれば?」

「グローリア神は皆様が自分の職業を全うして生きることだけを望んでいらっしゃる。あなたは『聖剣士』ね?」

「よ、よくお分かりですね!」


 アルーネ様は当然のように私の職業を見抜いたので私はますます畏敬の念を深くする。


「そのくらい当然分かるわ。聖剣士の役目は何だと思う?」

「えーと……悪い存在を倒すこと?」

「そう、神様にとって一番の悪は何だと思う?」

「それは、魔物?」

「そう。人間同士の争いなど神から見れば大差ないものばかり。だからあなたは魔物討伐を第一の目的とすべき」

「わ、分かりました。ありがとうございます!」


 アルーネ様の言葉に私は目から鱗が落ちるようだった。

 私が彼女の言葉を完全に理解すると、アルーネ様は満足そうに微笑む。


「この近くだと南方の国境付近が一番魔物の出現が多いと聞く。その辺りの討伐をあなたには任せるわ」

「はい、この身に替えましても!」

「それともう一つ神様のためになる行いとして、まだこのことに気づいていない人々に真実を教えてあげてほしい」

「わ、分かりました!」


 確かにほとんどの人間はそれぞれが信じる人間のために行動をしている。でもそれは間違っているということを教えなければ。人々がみな神のために生きるようになれば世の中はもう少し良くなるだろう。


 ここにくるまで生きる意味を見失ってずっと死んだようだった私に再び生きる目的という火がともったような気がした。

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