抗戦

 伯爵の本陣を出た俺たちは兵士の矢の射程から出たところでようやくほっと息を吐く。


「まずはリン、よくやってくれた」

「いえいえ、でも急に名指しされたときは死ぬほどびっくりしました」

「あれだけ職業を強化していれば一対一の勝負ではほぼ負けることはないと思ってはいたからな。何せ剣聖相当の職業をさらに強化しているんだから」

「あたしからも礼を言う、本当にありがとう」


 それまで黙っていたレセッタもようやく口を開く。

 リンが決闘している間ずっとハラハラしている様子だったので俺は少し申し訳ない気分になる。


「いきなり勝手なことをして悪かった」

「いえ……ですが問題は解決してない気もしますが」

「……そうだねぇ。この分だと、三日待ってもまたせめてくるだろうが。ところであんたたちはどうするんだい?」

「どうするというのは?」

「もし伯爵につくというならここで別れよう。あそこまで実力を示したならそれなりの厚遇はしてくれるんじゃないかい?」


 確かにライオット伯爵は武術の腕があれば新参者でも厚遇してくれそうな雰囲気はある。街を助けるのは無理そうだし、むしろ俺が伯爵に従う方が被害は最小限になりそうな気もしなくはない。


「いや、俺は宮仕えはしないと決めた」

「じゃあこの街を出ていくのかい?」

「いや、百人以上の人に大見えを切ってしまったんだ、それを捨てて逃げる訳にもいかない」


 本当は十人ぐらいしか俺には従わないと思っていたし、それならその十人を連れて逃げてしまおうかと思っていた。

 とはいえ、百人以上の人が俺の呼びかけに応じて従ってくれた以上全員を連れていくのは難しい。そして、彼らを見捨てていくのであれば俺は男爵と一緒になってしまう。


「じゃあもう少しあたしたちのことを手伝ってくれるってことでいいのかい?」

「そうだな」


 俺にもいくつか考えていることはあったが、とりあえずはレセッタが考えていることを聞くことにする。

 レセッタは俺の答えを聞くと真剣な口調で言った。


「そうか。それならあたしはこの街で籠城しようと思う」

「そうか」


 街の人全員を連れて逃げることが不可能な以上、選択肢は抗戦か泣き寝入りの二択になってしまう。だからある程度の予想はついていた。

 しかし、言うのは簡単でも実行するのは難しい。二千の軍勢からどうやって街を守るのだろうか。


「策はあるのか?」

「三日あれば、近隣の領主に助けを求めることは出来る。近隣にはエルム公と親しいと言われる領主が数人いる。この街が落ちれば次は彼らだ。ライオット伯爵が軍勢を起こしたことは伝わっているだろうし、すでに軍勢の準備はしているだろう。助けを求めればすぐに来てくれるだろう」

「なるほど」


 確かに、ライオット伯爵の脅威は近隣の領主全員にも及ぶ。


「だが、彼らが皆ライオット伯爵に屈してしまうことはないのか?」

「ないとは言えないが……幸いライオット伯爵は自分の野望を隠そうともしない人物だった。あたしらにも遠慮なく街で略奪を行うと言ってきたように、他の領主にも厳しい要求を突き付けるんじゃないか」


 確かに暴虐ではあるが、卑劣な人物ではなさそうだった。

 例えば、俺たちに「街の安全を保証する」と嘘をついて街に入り、その後に約束を反故にすることも出来たはずだがそうはしなかった。

 もちろんそんなことをすれば信用が地に堕ちるというリスクはあるが。


 仮に周辺の領主がライオット伯爵に降伏しようとしても厳しい条件を突き付けるだろう。そこに俺たちが助けを求めれば味方が得られるかもしれない。


「そうか。そういうことなら俺も協力しよう。実は俺にもいくつか考えていることがある」

「え? 本当にいいのかい? 別にそこまでする義理はないだろう?」


 レセッタは驚いたように言う。


「まあそれはそうだが、あのとき俺が一声かけただけで百人ほどの男爵の家臣が俺に従ってくれた。この分だと三日あればもっと多くの人が俺に従うだろう」

「でも戦えるのはせいぜい数百人程度だ。もし援軍が来るより先に敵が攻めてきたら負けるかもしれない」

「それについても策がある。俺がいれば、従ってくれる人々が町人でも兵士でもあまり変わらないということだ」


 俺は今大量の職業を持っていて、その中には戦闘系の職業も多数ある。それらを人々に貸せば戦力を強化することは可能だ。

 それでも数では負けているだろうが、一応街周辺には魔物避けの柵がある。補修すれば数日攻撃を防ぐのは可能だろう。


「ただ、勝った場合は捕らえた敵兵の職業は全て俺がもらう」


 これが俺の狙いだった。

 人々から職業を買い集めても手に入るものはたかが知れている。それを考えると伯爵軍には貴重な職業が大量にある。


 それを聞くとレセッタは感心したように頷く。


「なるほど、そんな恐ろしいことを考えていたなんてね。分かった、そういうことなら協力しようじゃないか」


 こうして俺たちはともに手をとって戦うことになったのだった。

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