レッサードラゴンⅡ

 俺たちが立ち向かう姿勢を見せると、二体のドラゴンはまずディグルを睨みつける。ブレスを吐かなかった方のドラゴンは急降下してディグルに襲い掛かった。


「バカめ、自分から降りてくるとは! 強化魔法と支援攻撃を頼む!」

「エンチャント!」


 ディグルの仲間の魔術師が支援魔法をかけ、さらに後ろに退避していたディグルの取り巻きの女性陣が矢や攻撃魔法を放つ。

 しかしレッサードラゴンにとってはその程度の攻撃などかすり傷にすらならない。加速してディグルに突っ込む。

 ディグルは強化された剣をドラゴンに向かって振りかぶる。


「喰らえっ……ぐはっ」


 が、次の瞬間ディグルの剣は牙にぶつかって真っ二つに折れる。

 そしてドラゴンの鉤爪がディグルの体を引き裂いた。ぷしゃっと音を立てて鮮血が吹きあがる。

 それを見て後ろの女性たちからは「きゃあっ」と悲鳴が上がる。


 あれだけ自信満々だった以上もう少し戦えると思っていた俺は呆れる。この分だとワイバーンにも勝てたかどうかは怪しいのではないか。


「リンは背後を頼む! ティアはもしブレスがきたら防いでくれ!」


 俺はそう叫ぶとディグルを倒したばかりのドラゴンに斬りかかる。

 通常ドラゴンは空を飛んでいるが、今なら攻撃し放題だ。


 ドラゴンはディグルに止めを刺そうと口を大きく開けたが、不意に俺が斬りかかってきたため慌ててこちらを向く。


 が、それでも俺の動きよりは一拍遅れていた。


「もらったっ」


 すかさず俺は渾身の一撃をドラゴンの鱗に叩き込む。


 メキッ


 鈍い音がして、剣が鱗に食い込み、血があふれ出す。

 が、これまで倒してきた相手のように致命傷を与えた雰囲気はない。


「まずいっ」


 俺が慌てて剣を抜いて跳び上がると、すぐにそこを鉤爪が通り過ぎていく。

 もし動くのが少しでも遅れていれば真っ二つになっていたかもしれない。


 後ろではもう一体のドラゴンが俺を攻撃しようとしているのをリンが牽制している。ドラゴンは体が大きすぎて、不用意に二体で俺を攻撃すると互いにぶつかってしまうので本気を出せないのだろう。


「アレン様、エンチャントです!」


 そこへ、ブレスの心配なしとみたティアからの魔法が飛んでくる。

 俺の剣は魔法がかかって瞬時に強化された。


「ありがとう!」


 そこへ再びドラゴンの鉤爪が襲い掛かってくる。俺は身をかがめてそれをかわすと、今度はドラゴンの腹の下に潜り込む。この辺りなら他よりも鱗が柔らかいのではないか。


「喰らえっ」


 今度こそ全身全霊をこめて鱗をつく。


 ずぶり


 鈍い感触と共に剣はドラゴンの体内に沈んでいく。


「グオオオオオオオオオオオオオオオオおオオオオオオオオッ」


 今度は致命傷となったのか、ドラゴンは周囲の物を吹き飛ばすような咆哮をあげる。もしティアの「ブレス」をかけておいてもらっていなかったら俺の鼓膜も危なかったかもしれない。


 気が狂ったドラゴンはこちらへ向かって無我夢中で鉤爪を繰り出してくる。

 狂乱しているだけあって、どれも当たれば一瞬で肉塊になりそうな力が籠っているが、大振りになっているためかえってかわしやすい。


「甘いなっ」


 俺はドラゴンの攻撃を避けながら再び腹の下に潜り込む。


「これで終わりだっ」

「エンチャント」


 俺の攻撃に合わせて再びティアが強化魔法をかけてくれた。

 二度目の攻撃を叩き込むと、再びドラゴンは周囲を揺るがすような悲鳴をあげる。

 そしてドサリ、と音を立ててその場に崩れ落ちた。


 が、その時だ。


「ご主人様、危ないですっ!」

「え?」


 リンの声が聞こえたので俺は反射的にその場を飛びのく。


 すると先ほどまで俺が立っていた場所に灼熱の炎のブレスが命中する。そしてブレスは勢い余って先ほど倒したドラゴンの胴体をも焼き焦がしていった。


 そうか、仲間が死んでしまった以上、もう一体のドラゴンは巻き込みを気にする必要がなくなったということか。


「すみません、つい油断してしまいましたっ」


 防御魔法を使いそびれたティアの申し訳なさそうな声が聞こえてくる。しかし冒険初日でドラゴンと戦わされて的確な立ち回りが出来る訳はない。


「いや、本来はそこまで気を配るべき俺が油断してしまっていたのが悪い」


 俺も冒険者の歴は大して変わらないが、それでもパーティーのリーダーとしてしっかりしなければ。


 一方、それを見たドラゴンはブレスでは埒が明かないと思ったのか、こちらへ降りてくる。

 もう一体が俺にやられたのを見たためか、体をうっすらと魔法の膜で覆っている。恐らくは防御魔法のようなものだろう。


 先ほどはエンチャントを受けても一発では倒せなかったのに、今回相手に防御魔法がかかっていたら、倒すのに何回攻撃しなければいけないのだろうか。


 そこで俺はとある案を思いつく。うまくいくかも分からないし、うまくいってもドラゴンを倒せるかは分からないが、やってみる価値はある。


「すまないリン、足止めを頼む。ティアも防御魔法で支援を」

「「はい」」


 二人が頷き、リンは急降下してくるドラゴンの牙や鉤爪と剣戟を開始する。剣豪奴隷という職業で雑魚敵を圧倒してきたリンだったが、さすがに相手がドラゴンだと分が悪いのか、一合撃ち合うごとに押されていく。


 早くしないと、と思いながら俺は倒れているディグルに駆け寄って、叫ぶ。


「お前の職業をよこせ! さもないとあのドラゴンから助けてやらないぞ!?」

「な、何だと!? ふざけるな……うっ」


 ディグルは激怒……しそうになったが、重傷のせいで言葉が続かない。

 そして口ではそう言いつつも本心では生存欲求が勝ったのか、俺は「魔導剣士」の職業を手に入れてしまう。


「あの、私たちの職業も使ってください!」

「わしのもだ!」


 それを見て後ろに下がっていた女性たちや魔術師の男が俺の元に駆け寄ってくる。レッサードラゴンを第四層までおびき出してしまったことへの罪悪感もあったのかもしれない。

 とはいえ今は少しでも戦力が欲しいのでありがたい。


「ありがとう」


 そう言って俺は彼ら彼女らの職業を受け取る。

 一応Bランクパーティーだけあっていちだんと俺は強化されたような気がした。




「プロテクション!」

「やあっ!」


 一方、リンはティアの防御魔法で攻撃を防いでもらいつつドラゴンとの戦いを続けていたが、額に汗が滲み、足取りは重くなり、疲労が溜まっているのが見えた。

 あの二人でも荷が重いということは、レッサードラゴンがここで暴れ回ればもっと大惨事になるだろう。


 つくづくディグルは不用意なことをしてくれたものだ。


「もう大丈夫だ!」


 そう言って俺は二人の元へ戻る。

 それを見てティアが魔法を唱えた。


「アレン様、これが最後の魔法です……『エンチャント』!」

「ありがとう、これで決める!」


 俺は剣を振り上げると、まっすぐにドラゴンの胸に突き立てる。

 ドラゴンはそれに気づいたが、鱗で防げると思ったのか、攻撃を回避するのではなくリンを仕留めようと爪で引き裂きにかかる。


 が、その判断が仇となった。

 グサリ、と剣がドラゴンの心臓の辺りを貫き、ドラゴンはどさりとその場に倒れる。


 こうして思わぬ形で始まったドラゴンとの死闘は終わった。

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