十一章『真田一族 HUNTERS』
「おいおいおいおい。なんか始まっとるぞおい。自衛隊か?」
どこかの政治家の事務所に逃げ込んだ剣次たち。
指を輪っかにして作った望遠鏡で遠くを眺めるさより。
先ほどから地鳴りが止まらない。今も揺れ続けており迂闊に外に出ることもできそうになかった。
「ってもいつかは出て行かないかんからのぉ。どう思う剣次?」
「無理だ。これは連中の低周波攻撃だ。怪獣を殺しきるまで終わらねえよ」
店の隅でテーブルに突っ伏している剣次が答えた。
「あぁ? 怪獣殺されちゃたまんねえや。アイツはオレが仕留めるんだからな」
「……できるわけないだろ」
倦怠感の溢れる声で剣次が言う。
疲れた調子なのはいつものことだかなんだか今回はどこか言葉にトゲがある。
「俺は目が見えないし。お前はそんな状態じゃねえか。俺たちに何ができるって言うんだ馬鹿野郎」
「なんだとコりっ」
激高しかけたさよりの言葉が不自然に途切れた。
「痛って……唇噛んだ」
「無理すんなよ。体の麻痺が治るまで二日はかかる」
二人はここに逃げ込んでくる前に二人の男の襲撃を受けていた。
そのうちの一人、真田拳という男に剣次は視神経を、さよりは全身にダメージを受けていた。
「ショック系の武装だったからな。後に響くぞ」
剣次は視力の大半を、さよりは筋肉に力を込めると痙攣が起こるようになっていた。二人とも行動するにあたってのハンデをしょい込んだ形になる。
「それにしても―――」
さよりが床にどかりと座り込む。
「結局アイツ等はなんだったんじゃ」
さよりの疑問に剣次は自嘲気味に笑って答えた。
「あれは俺の元家族だよ。真田一族なんて名乗ってはいるけどな」
「真田一族、ねぇ。って納得するかい。詳細を話せ詳細を」
そう言われて剣次は少し口ごもった。
言いたくない、というより何から話すべきか迷っているようなそんな表情。
そして、ようやく口を開く。
「俺らの家系は、……少し長い話になるんだが」
元々はマタギの一集団だったらしい。
そもそもマタギってのは日光の神様仏様だったか、とりあえず山の神から『狩猟許可証』、つまりは『ここまでなら獣を殺してもいいですよ』っていうお許しをもらって狩りをしているらしい。だからこそマタギは山を畏怖し敬う。
だからこそ禁忌も多い。女禁制、山言葉、いろいろ。
しかし。時代が下れば人は増える。
増えれば人は山を崩して生活圏を広げる。領分が侵される。
歴史上、いや、今でも山と里の境界に絡むトラブルは多いだろ? ほら例えば山の開発で住処を追われた熊が人里にってやつとか。
古代なら山に住む『
人を化かして取って喰らう。
そして人身御供を欲しがったりな。
そんな時、マタギたちはトラブルの原因が人の側にあっても人の味方をするしかない。マタギも人だからな。そして民衆もマタギに望むんだ。
『あの怪獣を退治しろ』ってな。
武士も農民も人々は人との争い方しか知らない。獣を討つ力を持つのは当時はマタギしかいなかったんだな。
山野を駆け、谷を見渡し、跡を見分けて匂いを辿り『
その力があったからこそ、御先祖様は禁忌を侵した。
禁忌を侵せばマタギにあらず。
マタギを辞めてある種の職能集団として発展した俺たちは必要に応じて権力者と取引しながら生き延びてきた。
徳川幕府、明治政府、帝国陸軍、関東軍。
要請に応じて『
戦後はGHQに寄生して存続した。経済成長期の開発事業まではずいぶん羽振りがよかったらしいな。
今は怪獣もいなくなって落ち目になってすっかり貧乏暮らしだが。
不定期に頭目が選ばれて『シカリ』になる。だけどここ五十年近く代替わりはしてないな。その五十年以上『シカリ』をやってる男が、
第七十五代『シカリ』。真田銃造。
俺の爺さんだよ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「まあ、こんなとこだ。あの人たちのことは……」
「ほう、とりあえずややこしい奴らなんはわかった」
「………………」
相づちが消えた辺りから理解を諦めたのは伝わってきたがさすがにガッカリした。
「だがまあ、こんままだと奴らに賞金を取られるっつーのははっきりしとるな」
よし、行くか。とさよりが腰を上げた。
まだ痙攣する手でアタッシュケースを持ち上げて、すぐにぼとりと落とす。
「ダメじゃ。力が入らんな。剣次、お前が持て」
「何言ってんだ馬鹿。俺らはここで静かにしてればいいんだ。黙って座ってろ」
外に出る気満々のさよりに冷ややかな声を浴びせる。
「確かにお前はその武器を手に入れて強くなった気でいるんだろうよ」
剣次がアタッシュケースの落ちた辺りを指さして言った。
ケースの中にはボウガンと金属製の筒状の矢が入っている。筒の中にはC4爆薬が詰められており無線で起爆する仕組みになっている。
矢の先端、矢じりは物体に直撃すると弾けて中に封入した工業用の瞬間接着剤が飛び出す仕組みになっていた。
ボウガンで矢を飛ばして怪獣に吸着させ、無線で起爆して皮膚に穴を開ける。そんな作戦を立てていたらしい。
「だがなぁ。そんな甘くないんだよ」
意地悪く、どこか自虐的に剣次の口角が吊り上がる。
「あの怪獣、レイラニは常に空気の鎧を纏って本体はその中に引き籠っているタイプの怪獣だ。そういえばさっき少しだけ本体を出したか? その時はどうだった? 自衛隊のガトリング砲が全部弾き返されてたじゃねえか。本体自体の硬さだってハンパじゃない」
どこか呑気に話を聞いていたさよりの眉間にしわが寄っていく。剣次の言葉に含まれる悪意に明確に反応して、苛立ってきている。
「オレにゃわからんな。何が言いたい。剣次」
「何をしてもムダ。そう思わないのか?」
ガコンッ。床に何かが勢いよく転がる音がした。
「オレに手を引けと、そう言うのか……!」
さよりが片方の下駄を投げた音だ。本調子ならば剣次の額に命中したであろうソレは狙いを大きく外れ見当違いの方向に転がって行った。
かっと目を見開き犬歯を剥き出しにして彼女は吠える。
「オレに諦めろ言うんか!」
「そうだよ!」
ついに剣次も激高した。
なぜだ? なにに怒っている?
「聞こえないのか! この地鳴りは真田の波状攻撃だ! もう俺らじゃあそこへの接近すら不可能なんだよ! 怪獣の周囲は道も電気も封鎖されて暗闇で弾丸と破壊だけが飛び交う戦場そのものだ! 身体ですらこのザマな俺らに割り込む余地があると思うか!」
「じゃかましい! やるんじゃ!」
さよりは怒りのままにつかつかと剣次に詰め寄って左腕を振り上げる。
そのまま、振り下ろした。
力も何も入っていない。弛緩して痙攣している麻痺した腕が、宙に浮いた状態からの物理的な結果として、弧を描いて落下した。
「っつ」
剣次の頬をぺしりと叩く。
その一撃は少しも痛くなかった。
しかし、どこかに強く響いた。
「…………く」
その一撃であれだけ高ぶっていた気持ちも急激に冷めて、代わりに無力感が溢れてきて、どうしようもなくなって、ただ俯いた。
どうにもそんな様子を見ているとさよりの方も喧嘩する気力も失せてしまう。
「……まあ、なんだ。悪かったな」
「謝んなよ。情けないから」
剣次が今にも泣きそうな声を出した。
「色々ごちゃごちゃ邪魔が入って、しかもそれが昔逃げ出した家族で、襲われて、逃げ出してさ。おまけに目も見えないし……お前にも怪我させたし。しまいには八つ当たりだ」
コレがドツボってヤツなのかもな。
パチンっ。そこまで言った時、再びさよりの掌が剣次の頬を叩いた。
「カバチ垂れんなヘタレが」
さっきまでの怒鳴り声とは違う。言って聞かせるような声。
「家族に襲われた? 目が見えない? オレが怪我をしただ? 関係ねえ」
胸ぐらを掴もうとして、失敗した。剣次のTシャツの襟を何度も握りなおし、ついに力と勢いをこめて吊り上げる。
「お前は何をしにここに来た? オレの援護じゃろうがボケ。それ以外どうでもええんじゃ!」
目と目が合う。
「ええか。ここまで来て一人でテンパってんじゃねえ。そんなに見えなくて困っとるんならなァ!
――――オレがお前の眼になってやる!」
頭突きをかますかの勢いでまくしたてて、突き放した。
いきなり手を放されたので剣次は突き放されたままに尻餅をつく
「…………ふん」
その姿勢のままさよりの顔を見上げる剣次の瞳は先ほど前とはまるで違っていて――――。
「須田……ケースは持ってやるからお前が先導しろ」
「怪獣のところに行くんか」
さよりの問いを、ケースを手さぐりで探しながら剣次は否定する。
「いや、今から怪獣からちょい離れた辺りを廻る。ヤツのことだからよく状況が見えて更に安全な場所にこもってるはずだ。それを探す」
さよりが首を傾げた。剣次の言っていることがまるでわからない。
「……怪獣は?」
「いったん放置だ。大丈夫、まだ手はある」
「じゃあヤツってのは誰じゃ」
「そりゃあ、真田の連中が来てるならヤツが来てるはずだろ?」
「――――
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