第1章『あやえり』
1話「動き始めるふたりのカンケイ」
夕暮れ時の寮部屋。私は今日、学園を欠席した。特に体調が悪いわけでもななく、ルームメイトの
昔インフルエンザをうつされたことに気づかずに登校して、クラス中に感染させてしまったことがきっかけらしい。
そんなわけで、私は一日中、亜弥ちゃんの看病にあたっていた。
「どう具合は?」
ベッドで横になっている亜弥ちゃんに具合を
体温的にもそう心配はない、と保健室の先生が言っていたから大丈夫だと思うけれど、亜弥ちゃんが風邪を引くなんて付き合いが長い私でも一度か二度ぐらいしか記憶に無いので、少し心配だった。
「うん……だいぶ楽になった……」
布団から顔をちょこんと小動物みたいに出している亜弥ちゃんが、優しく微笑んで返事をする。
その顔は朝の苦しそうな顔とはうって変わって、まだ完璧とはいかなそうだけれど、元気な顔だった。
「そっか、明日は行けそう?」
「うん、大丈夫だと思う」
「よかった」
私はその言葉にホッと安堵する。
これなら一晩しっかりと休めば、明日からまた元気な亜弥ちゃんの姿が見られそうだ。たぶん、みんなも心配していることだろうし、その亜弥ちゃんの元気な顔が何よりみんなを安心させてあげられるだろう。
「ゴメンね……私のせいで……」
そんなホッとしている中、亜弥ちゃんはさっきの優しい微笑みから顔を暗くしていき、どこか申し訳無さそうな顔で謝ってくる。
いつもは元気な亜弥ちゃんがそんな顔しているのは、久しぶりに見る。今日の亜弥ちゃんはどこか様子が変だ。たかが風邪を引いたぐらいで、それも普通の風邪なのに、ここまで弱々しくなっているんだろうか。
そんな亜弥ちゃんに違和感があった。
「ううん、いいよ。引いちゃったものはしょうがないし。こういう時は助けあうのが友達でしょ?」
「うん、そうだね……ありがとう」
「どういたしまして」
「えりは優しいね……」
布団で口を隠しながら、どこか照れくさそうにする亜弥ちゃん。その姿にさらに違和感が増していく。
「ふふ、どうしたの、急に?」
そして、その変わった亜弥ちゃんに思わず笑ってしまう私がいた。
亜弥ちゃんには申し訳ないけど、その様子がちょっとおかしくてしょうがない。ガラじゃないっていうのは失礼かもしれないけど、可愛らしい亜弥ちゃんなんて初めてみる。
「……ねえ、えり。私ね、前から言おうと思ってたことがあるんだ」
それから一瞬間があって、さっきとは別人のように真剣な顔になる。
「ん、な、何?」
そんな百面相な亜弥ちゃんに戸惑いつつ、そう尋ねる。これほどの真剣な顔をして『言おうとしていた』事なのだから、よほどのことなのだろう。私もなんとなく背筋を伸ばし、それに対して身構える。
「私……えりのことが好き」
「ん? 私も亜弥ちゃんのこと好きだよ?」
身構えた割にはそれはあまりにも普通で、今更言うまでもないような言葉だった。
その言葉の意図があまりよく分からず、困惑しながらもそう返事をする。
そんなの、分かっていると言ったらちょっと自意識過剰かもしれないけど、私がこの島に越してきてからずっと一緒にいる親友なのだから、こうしてルームメイトになるほどの関係なのだから、これで好きじゃなかったら大変だ。もちろん私も亜弥ちゃんのこと好きだし、これからもそれは変わらないと思う。
「はぁ……もう……」
でも、亜弥ちゃんは私のそんな答えにどういうわけか呆れた顔をして溜息をつく。
どうして亜弥ちゃんがそんな溜息をついて、そんな表情をしているのか私には全く分からなかった。何か呆れられるようなことを言ったかな。私としては至って普通の返答だったと思うんだけど。
「そういう意味じゃ、ないの……」
「え?」
そういう意味じゃない……じゃあどういう意味?
ますますわけが分からずに頭が混乱してきてしまう。
こうも相手の言っていることの意味がわからないと、分からない自分がおかしいんじゃないかと不安になってくる。
「その……わ、私はえりを、恋愛対象として好きなの!!」
亜弥ちゃんは顔を真っ赤に染め、恥ずかしそうにしながらハッキリと言い直す。
のコロコロと表情が変わっていく表情を、いつもならからかうところだけど、今はそんなことをしている余裕はまるでなかった。
「え、えッ……? それって……?」
それはあまりにも予想外の言葉で、私の脳はフリーズしてしまう。
そのせいで、亜弥ちゃんの言葉をちゃんと理解することが出来ず、思いがけず亜弥ちゃんに聞き返してしまう。
「そういうこと……察してよ」
さっきみたく布団で口元まで隠して、目を逸らす亜弥ちゃん。
私はそんな彼女を見ながらフリーズした脳を必死に解答し、状況を理解しようとする。
その姿、さっきまでの会話――それらを足し合わせてようやく私は亜弥ちゃんの言った意図がわかった。
「え、えええええ――――!?」
驚かずにはいられなかった。だって、亜弥ちゃんは私に『恋愛感情』を抱いていたのだから。信じられない、そんな素振りはいままで全然感じたことなんてなかった。
「そ、そうなんだ……亜弥ちゃんは私のこと、好きだったんだ……」
時が経てば経つほど、そんな嘘みたいな事実が亜弥ちゃんの表情によって、現実味を帯びてくる。
私の反応がきになるのか、チラチラを私の方を見てきて、目が合ったらまたすぐ逸らす。これはからかっているとか、おふざけで言っているものじゃない。真剣に、本気で私に恋をしているんだ。
その実感が増していくほどに頭が混乱して、まともな思考ができなくなる。どうしていいかわからなくなる。
「うん……」
その亜弥ちゃんの告白に私はうまい言葉が出ず、思わず黙り込んでしまう。
そのせいで、2人の間には、なんとも言えない気まずい空気が流れだした。なにか話そうにも、何を言っていいか私にはわからなかった。
だからと言って、黙ったままでいるのもこの空気に押しつぶされてしまいそうでそれはそれで嫌だった。
「あっ、そうだ! 私にちょっと先生に呼ばれてたんだった! じゃあ、ちょっと行ってくるね! すぐ戻ってくるから安静にね?」
必死に真っ白になっている頭でこの状況を切り抜ける方法を考えた結果、あからさまな嘘をついてこの部屋から逃げ出すことにした。
亜弥ちゃんバレバレかもしれないけど、それ以上にこの気まずい空気に耐えられなかった。亜弥ちゃんの気持ちを考えれば、ここで何か一言でもいいから返事をしてあげるのがいいのだろうけど、今の私には残念ながら到底無理なハードルだった。頭がまともな思考をさせてくれない。
今のソレだって、なんとか振り絞って出した答えだった。だから私は逃げるしかなかった。
亜弥ちゃんに背を向け、そのまま振り返りもせず、一目散に部屋の外へと出ていく。
「はぁー……これからどうしよう……」
出てすぐ玄関のドアに背中を預けて、私は誰にも聞こえないような小さな声で呟いた。そして両手で顔を覆って、その場に座り込んでしまう。
気まずい空気から抜け出せたはいいものの、それは一時しのぎに過ぎない。いつかは戻らなきゃいけない。
でも今すぐに戻っていったら、気まずい空気に逆戻りだし、状況的にも変。
だけど、私は後先のことを考えず部屋を出てしまったので、この先のことを一切考えてはいなかった。
あんな理由をつけて部屋を出たのだから、しばらくはどこかへ行かなきゃ。何でもいいから時間をあけなければ――そう考えて、私は何の目的もなく、まるで
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