2話「自分のキモチ」
この『
私もその事実はもちろん知ってはいたけど、まさかそれを身を以て体験するとは思ってもみなかった。中学の時にこの島に越してきた私には、やはりどうしてもこの島の人との感覚とズレを感じる。
それにそもそも私は本土でも普通に告白された事自体、経験がない。それどころか、人に恋したことすらなかった。だから尚の事、どうすればいいかわからなかった。
でもこのまま
「そうだ!」
いいことを思いついた。
たぶん、『あの人』なら私の求める答えを教えてくれるかもしれない。
そう思い、足早に私はその人の場所へと歩を進めていった。
「――着いた……」
そこは私の担任の
やっぱりこういう時は経験豊富な大人の人に相談するがいいと思う。結局、周りの友達に相談したところで、それはただの恋愛相談にしかならない。女の子同士の恋愛しか知らないから。それでは私の求める答えは返ってこない。
でも、先生はこの島の外から来た人だというのを以前聞いたことがある。先生なら、きっと私のこの想いを理解してくれるかもしれない。そんな希望を胸に抱きながら、意を決して先生の部屋のインターホンを押した。
「――あら
しばらくすると扉が開き、先生が現れた。
すると先生はすぐに亜弥ちゃんのことを訊いてくる。
こうやって生徒が先生のところを訪ねる時は、だいたい何かあった時だと思うのは普通だろう。
「いえ、そういうことではないのですが……」
だからこそ、急に言い出しづらくなってしまった。
それに冷静に考えると、先生に恋愛相談というのも少し気恥ずかしくて、余計に言い難くなってしまった。
先生からみれば、病人の亜弥ちゃんを置いて来てしまっているのだから、私は分が悪い。それに内容が内容だし。
もちろん、そんなことでいちいち怒ったりするような先生でないのは、重々承知しているけど。それでもなんとなく言いづらい部分があった。
「ん、何?」
「ちょっと相談したいことがありまして……」
「相談ねー……じゃあ、とりあえず中に入る?」
「はい、お邪魔します!」
「うん、入って」
先生に導かれるまま、私は部屋へと入っていった。
先生の部屋に入るのは初めてなので、失礼ながら辺りをキョロキョロと見渡してどんな感じか見ていた。
でも先生の部屋だからといって、何か特別というものはないみたいだ。間取りも設備も、私たちのそれと何ら変わりはなかった。
そんな意外な発見をしつつ、私はリビングへと足を踏み入れる。
「――で、相談って?」
リビングでお互いが座った所で、早速先生がそう訊いてた。
「私、今日……亜弥ちゃんに告白されたんです……」
先生が話のきっかけを作ってくれたことで、私もすんなりと今さっきあった出来事を話す事ができた。
「へー、告白ねーいいじゃない、何か問題が?」
でも先生は島の人たちと何ら変わりないような反応で、そう質問を返してくる。
「そのー……女の子同士ってどうなんでしょう?」
「あーそういうこと。中学生からこっちに入居してきた板橋さんには、ちょっと馴染みがないかもしれないわねー……でも、この島ではそれが『普通』なの、というかそれ以外の概念はないけれど」
続く私の補足説明で、先生はすぐに意図を
「それはわかってるんですけど……」
「というか、板橋さんって適性試験に合格しているのよね? ねえ、適性試験ってどんなことするの?」
そんな恋愛相談の中で、急に話があらぬ方向へと飛んでいく。
しかも先生は興味ありげに、まるで子供のように前のめりになってそう訊いてくる。
でも私はその質問に少し違和感があった。
先生も外の人なのだから、同じ試験を受けているはず。なら、知っていても不思議ではないのに。じゃあ、先生は私と別の方法でこの島に入ることが許されたのだろうか。
「えーと、たしか心理テストみたいな質問をいくつかされただけでしたよ? 思いの外あっさりで、驚いた覚えがあります」
そんな疑問を抱きつつ、先生の質問に答えていく。
ホント、私立の小学校の入学試験みたいな、小さい子供がやりそうなことをされただけで終わった。もっと試験と言うからには、一般的にイメージするようなプリント用紙に書かれた問題みたいなのを解いてくのかと身構えていたから、余計に
「ふーん、そうなんだ。でもよく受かったわねーあれに受かる人なんて、
「そうなんですか? 初めて知りました。てっきりみんな受かってるんだとばかり」
でも、確かにそう言われれば、私みたいに途中からこの島に越してきた同世代の人って聞いたことが無い。それだけあの試験の基準は厳しいということなのだろうか。
でもそんな厳しい試験そうには見えなかったけどなぁー
「でも、適性試験に受かっているということは、そういうことなのかもね」
「どういうことですか?」
「板橋さん自身は気づいていないだけで、本当はあなたも同性愛を受け入れられる人なのよ。たぶん、その適性試験も本当の心理テストみたいなもので、板橋さんの深層心理が適正であるかどうかの試験だったんじゃないかしら? だから板橋さんの深層心理では、きっと女の子が好きなのよ」
「本当にそうなんでしょうか……? 私は亜弥ちゃんに告白された時、一番に女の子同士ということ思いました。やっぱり、私にはそういう感覚がないんです」
「感覚がないのと、気持ちがあるのを関連付けるのは少し違うでしょ? 本土の人だと『女の子同士が当たり前』という感覚を持っている人はそういないけれど、それでもその人たちの中に女の子を好きな女の子はいるでしょ?」
「でも……」
いくら先生に『ある』と言われても実感がなく、信じられるだけの自信がなかった。
実際に亜弥ちゃんに対して、『ない』人の反応を示してしまっているし、それがなおのこと自信をなくしてしまっているのだろう。
「ねえ、じゃあ板橋さんはこっちに来る前に、誰かを好きになったことがある?」
「いえ、ないです」
「やっぱり。板橋さんは『恋』というもの自体を知らないのよ。だからどうしていいかわからない。結局はあなたの気持ち次第よ? 板橋さんが駒形さんをどう想っているのか、それ次第。それに板橋さんが例え女の子同士の恋愛に感覚がなかったとしても、世界はそうなっているの、だから従うしかないのよ?」
「気持ち次第、か……でもどうしてこの島はここまで徹底しているんでしょうか?」
ふと、疑問に思うこと。
この島は女性だけが住める島であるけれど、でもわざわざ『女の子が好きな女子』に限定する必要はないはず。島の外で異性と恋愛しても問題はないはず。それなのに、この島がそこに拘る理由。
制限しないと人が増えすぎてしまうからなのだろうか。それとも本来はそういう人たちのための島だったとか。
「あぁーあまりこの島のことは詳しく知ろうとしないほうがいいと思うわよ。知らない方が幸せなこともあるの、とくにこのことはその典型的な例ね。知れば知るほど今まで通りの生活はできなくなるわよ」
だけど先生はその話題になった途端、顔を引きつらせて、まるでそれは私に警告するかのようにそんな恐ろしいことを言ってくる。
「え、そんなに?」
いくらなんでも
でも、もしその話が本当なら、先生はその島の秘密を知っているということになる。じゃあ、先生はもう『今まで通りの生活』が出来なくなっているのだろうか。
考えれば考えるほど、この島への興味が湧いてくる。知りたいという欲求が刺激されて、好奇心も
「それは人それぞれだとは思うけれど、でもね、この島はもう言ってしまえば、1つの国みたいなものなの。国の重要な機密を知ろうとすることは危険なことでしょ?」
「確かに……」
本来知るべきでない者がそれを知ろうとすれば、スパイ容疑とかで逮捕されかねない。国が国なら拷問だってありえる。それだけ危険なことだ。今知ろうとしていることはそれと同じぐらいなことなのだろうか。
なんか一人の純粋な疑問が、国家レベルのすごいことになってきた。
「……ねえ、失礼だけど、ちょっと口の中をみせてもらってもいい?」
そんな規模の大きな話に少し
その表情は真剣そのもので、ふざけてはいないと直感的に分かった。
「え?」
でもその先生の言葉があまりにも突然すぎて困惑してしまう。
どうしてこの話の流れで、口の中をみせることになるのだろう。その意図がまったくもって分からない。
「いきなりそう言われたら、そういう反応するのが当然よね。でも、どうしても確認したいことがあるの、いい?」
「は、はい、じゃあ」
私の口の中には何があるというのだろうか。
不思議に思いつつも、私は先生の指示に従い、でも少し恐怖から恐る恐る口を開けていく。
すると先生は私の
「あー、やっぱり……ありがとう、もういいわよ」
数秒ほど見た後で、先生はどこか納得したような感じでそう言ってくる。
そして先生はどこか複雑な表情を見せている。私の口の中にそんな表情を見せる要素があったのだろうか。
「なんだったんですか?」
「んー、やはり板橋さんはこの島のことを知るべきではないわ。それが今のでわかったの」
「え、どうして?」
先生は言葉を濁して、ハッキリとしない。このやりとりで何が分かったのだろうか。口の中にある『何か』が鍵なのか。どうしてそこと、島の秘密が関わってくるのか。
疑問が次から次へと湧いてきて、それを解決したい好奇心にかられる。
「それも知らなくていいこと」
「えー、そんなこと言われると余計に気になりますよー!」
私の中にはもうこの島の謎を解き明かしたい好奇心でいっぱいだった。
この島は本来何のために存在し、どうしてこうなっているのか。そして先生たちは何を知っているのか。ものすごく気になる。
それは推理小説の犯人が明かされる前で焦らされている感じにも似たもどかしさだった。
「イギリスには『好奇心は猫を殺す』ということわざがあるわ。過剰な好奇心は自分の身を滅ぼすというような意味よ。あまり
「うっ……それは嫌ですね……」
流石にまだたった十数年の人生を終わらせるようなことはしたくない。それに殺されるともなれば、その恐怖心は好奇心をも上回る。それでもやっぱりこの島の秘密は気になってしまう。
知りたいようで、知りたくないようなそんな不思議な感覚だ。
「でしょう? だから知らないほうがいいわ。無知はいいわよ、何も知らない――これほどに幸せなことはないから」
「でも、それって知る者から見れば、ひどく残酷で
「そんなことはないわよ。むしろ内容によっては羨ましいんだから。私だってあなたちが羨ましいもの。記憶を消してしまいたいぐらいにね……」
先生はどこか遠い所を見つめるような目をして、寂しそうな表情をみせる。
先生はどこまでこの島のことを知っているのだろうか。記憶を消したいほどに恐ろしい内容なのだろうか、そんな新たな好奇心が生まれた。
たぶん、それも先生は教えてくれないのだろうけれど。
「そんなに深刻な事実がこの島に?」
どうもこの島にはとても深い闇がありそうな気がする。
きっとそれが明るみに出ることは一生ないのだろうけど。生きているうちに一回ぐらいは、せめて死ぬ直前ぐらいには知ってみたい気もする。
「知らなくてもよろしい。とにもかくにも、板橋さんは駒形さんのことをどう想っているのか、考えるべきね。さあ、駒形さんを1人にしてきたんでしょ? 彼女が待ってるわ、お行きなさい」
「はい、わかりました。ありがとうございます」
私は先生に一礼をして、部屋を後にした。なんとなくだけど、答えが見つかったような気がする。
郷に入っては郷に従えという古い言葉もあるし、私はこれからの生涯をこの島で暮らすのだから、この島の習慣にもっと寄り添うべきなのだろう。否定してばかりでは何も始まらない。少しは受け入ようとする気持ちも大切なような気がする。
そう結論を出し、私は足早に自分の部屋へと歩を進めた。
◇◆◇◆◇
部屋に戻ると、幸か不幸か亜弥ちゃんは眠っていた。
実を言うと、少しホッとしている自分がいた。亜弥ちゃんにどんな顔をして会えばいいのか分からなかったから。
それにその後、間違いなくあの時みたいに気まずくなるに決まっている。幸いにも、亜弥ちゃんが眠っていてくれたおかげで、それは免れた。
とりあえず、亜弥ちゃんの容態を確認するため、私は亜弥ちゃんのベッドへと向かう。
「あっ……」
亜弥ちゃんの顔を見た瞬間、私は気づいてしまった。
亜弥ちゃんの目が少し腫れ、布団から出ていたパジャマの袖が濡れていることに。
きっと亜弥ちゃんは泣いていたんだ。私が見せた反応で、望み薄だと思って。
「ごめんね、亜弥ちゃん……」
そう呟きながら、亜弥ちゃんの頭を優しく撫でる。
その涙の痕跡を見て、心がとても痛んだ。不本意とは言え、亜弥ちゃんを悲しませてしまったこと。答えを出さないで、曖昧にしたまま1人にしてしまったこと。
それらの償いのためにも、今はちゃんと答えを出そう。もう一度、ちゃんと私の亜弥ちゃんへの想いをここで見つめなおそう。亜弥ちゃんとしっかり向きあおう、そう決意した。
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