赤いアネモネ

彩田(さいだ)

赤いアネモネ

第一章 黄色の水仙




彼女は自分が嫌いだった。


大きく丸みを帯びた体格は、いわゆる女性を表していて、それは彼女自身を絶望へと追い込んでいた。


彼女は彼女ではなかった。


彼女は鏡も嫌いだった。自分の偽りの容姿をこれでもかと見せつけてくる。そんな奴が心底嫌いだった。


「あんた、本当に女なの。男の子みたいに落ち着きがないねぇ」


親は彼女に口癖かのように言い放つ。彼女は言葉も出ないぐらい呆れていた。女に生んだのはお前らだ。しかし、彼女がそのように言ったことは一度もなかった。口に出せなかった。出したくなかった。


そんな彼女がこの世で一番嫌いなものは、この世だった。





第二章 黄色のチューリップ




「実は女性が好きなんだよね。」


彼女からそう聞いたときは正直驚きを隠せなかった。彼女はつい最近まで彼氏がいたからだ。私をからかっているのかと思ったが、そのメールの文から、何故か本気さが伝わってきた。


「恋愛に性別は関係ないと思うよ、私は偏見をもってないよ。」


私はとっさに返信をして、枕に顔を埋めた。彼女は何を伝えたいのだろうか。私には正直わからなかった。


私はふと疑問に思ったので、単刀直入に聞いてみた。


「んで、誰が好きなの。」


彼女からは想像もつかない返信が帰ってきた。


「…先生」


私は思わず手を止めてしまった。まだ、高校生だろ。学生だろ。生徒と先生の恋愛が駄目なことぐらいわからないのか。私は絶句した。


ただ、正直いうと彼女が伝えたいことはこれだけじゃない事ぐらい10年の付き合いがあるとわかるものだ。彼女は私に何故このタイミングでカミングアウトしたのだろうか。きっと彼女にとって大きな決断だったに違いない。


「わからなくもないが、わからない。」


この曖昧な私の気持ちはどう表したらいいのだろうか。好きになってしまうほど魅力のある先生なのだろうか。


確かに生徒思いで、完璧な先生だと私も思う。ただ、それだからといって恋愛的に見てしまうものか。


「わからなくていいよ、普通の人には到底理解できない恋愛をしてるから。自分でもそれがわかる程だよ。」


彼女からはそう返信がきて、そこで私達のやり取りは途切れてしまった。冷房をつけているはずなのに、とても暑く感じた。




彼女と話したのは何日か後の放課後だった。


たまたま帰り道にあったので、駅の前のベンチに二人で腰掛けた。どっかからカレーの匂いがする。


お互いに話したいことがあるのは伝わる。ただ、切り出せない、タイミングを掴めない。そんな空気が5分ほど流れて、彼女の口から言葉がでできた。


「…先生ってクシャって笑う笑顔が可愛いよね。」


「うん、それはわかる。」


思わず反射で答えた。彼女の口からは先生を一人の女性として見ている発言がでできた。私はどうしていいかわからなかった。そのまま彼女の流れに身を任すことにした。


「…偏見ないの。どうして否定しないの。他にもこんな人がいたわけなの。」


彼女は怒っていた。彼女は私が本音で話していないことを見抜いていたのか。少し自分を恥じた。


「正直いうと、好きになるのはありだとは思う。感情は自分自身で操作できないからね。ただ、」


「「伝えるのは良くない」」


「そういうことね。」


彼女は全てわかりきっていた。彼女は大人だった。彼女は全てわかりきった上で自分の感情をどう動かしていいのかわからなくなっていたのだろう。珍しい彼女の姿を見た気がした。


「それが本音だよ。濁らしててごめん。」


私は彼女に素直になれてスッキリしたとともに、彼女の顔色がどんよりしているのを見た。


「ただ、初めての経験だけど偏見もない。」


私は気持ちを全て伝えきって、彼女に手を振った。


「心の居場所を見つけられなくなったらいつでも言って。」


そう声をかけた私は、彼女に背中を向け駅から離れていった。


「ありがとう。」


ぼそっと吐かれた小さな声がベンチの方から聞こえた。




彼女は自分自身を憎んでいた。


例え彼女に変なことを言われたあたしだってわかる。


「今度キスしていい?」


彼女から来た一文のメールはどんな思いが詰まっていたのだろう。


あたしは何ヶ月前に3年も付き合っていた彼氏と別れた。円満離別だ。仲が悪いわけではない。


ただ、彼女はあたしがまだ引きずっていた事も知っていた。彼女はあたしをずっと見守っていてくれたから、あたしの事は怖いほどわかっている。


あたしは彼女を傷つけないように返信した。


「いやだな-爆笑爆笑」


爆笑は相手を傷つけてしまうかもしれない。でも何もつけないよりかは軽く捉えてくれるだろうか。


あたしは男しか愛せない。


しかし、彼女のメールは一向に帰ってくる気配がなかった。やはり傷つけてしまったのだろうか。あたしは多分彼女の気持ちをわかることはない。わからない。わかってあげれない。


一つわかるとしたら、彼女は何か深く考えすぎていて、自分を見失い欠けている。もっと自分に自信を持てばいいのに。


あたしはそれから彼女に声をかけることはなかった。




紫のクロッカス


僕はきっと彼女の気持ちに寄り添えてあげれないだろう。


彼女はいつあっても自分の趣味のことを話してくる。僕には興味を持っていないかのように。


僕は悔しくなって、ただ悔しくて、性目的で彼女と会うようにした。それなのに彼女は何も言わずに従う。もっと僕に腹を立たせた。


彼女は決して特別可愛いわけではなく、どちらかというとぽっちゃりしていて、だけど僕にはそれが可愛かった。彼女の髪をおろして笑う顔はたまらない。


彼女は久しぶりにできた愛人だった。正直いうと、今まで恋愛という恋愛をしたことがない。キスだってしたことない。手もほとんど繋いだ記憶がない。


彼女はそう言ってもただ笑っているだけだった。僕はなぜそんなに彼女が笑っていられるかがわからなかった。


初めてキスをした。雨の降る日はとっくに沈んだ静かな公園だった。彼女は悲しそうな顔をしていた。


何ヶ月か経つと話すことが無くなった。彼女の話も尽きて、僕も興味がなくなっていった。いわゆる冷め、だ。


ただ僕は彼女を性処理の目的で呼び出していた。彼女はとうとう断った。


「なんで今日は嫌なのさ。いっつもしてくれるじゃないか。」


つい怒り口調で暴論を吐いた。彼女は泣いていた。


僕ははっとした。彼女を傷つけたのだ。…と思った。


「違う、違うの。」


彼女は顔を手で覆いながらつぶやいた。


「自分を性の目的で使うのはいいの。私だっていろいろしてもらえてる。でも違うの。」


彼女が何を言いたいのかも、何もかもがわからなかった。僕は人生で一番困っていた。


「自分に罪悪感があるから、貴方に素直に顔を向けれないの。」


僕は彼女の言いたいことが多分わかった。彼女は僕以外に好きな人がいる。冷めているはずなのに、何故悔しいんだ。


彼女は自分の気持ちを整理できていないのだろう。初めて二人を一緒に愛してしまったのか。そうだと思いたかった。僕は見捨てられたのか。


その数日後、彼女から別れをつげるメールが届いた。僕はその一文に向き合うしかなかった。




第三章 白い菊




彼女は音楽が好きだった。


音楽だけは彼女を許してくれた。彼女もまた音楽だけには心を開いていた。音楽は居場所を作っていた。


彼女の愛する先生は音楽が好きだった。彼女の夢を聞いては笑顔を向けてくれた。来世はピアノを弾く人生にしたいとも言ってくれた。


彼女は生きる価値を全て音楽に掛けていたのだ。


でも、音楽の夢から出た現実は彼女を受け入れようともせず、受け入れる気もなかった。現実は現実を見せた。


性別の壁ははっきりしている。男は男で、女は女だ。子孫を残し反映していく過程で最も大事な括りになる。


それでも、彼女は括られる事を嫌った。


彼女は自分という性別で認めてくれる世界をさがしていたのかもしれない。




第四章 オダマキ




彼女から久しぶりにメールが来た。


最近話していなかったから心が入れ替わったかと思っていた。でも、彼女はまだ引きずっていた。先生が学校からいなくなって半年近くが経とうとしているのだ。


「もし暇だったら答えて。先生を愛するって罪深いのかな。」


彼女は半年以上変われていなかった。私は彼女の思いに気づけていなかった事に恥をかいた。


「前も言ったじゃん。愛する事自体に罪はない。そこからのあなたの行動によっては罪だって。」


彼女はきっと今までの恋とは比べものにならない感情を抱いているのだろう。愛とは何かを考えているのだ。


「高校生の間は思いを伝えることも絶対にしない。生徒として最低なことはしたくないから。ただ、いろいろあって好きになる事を否定された気持ちになってて…。」


私は彼女を見捨てようとは絶対に思わない。彼女は私より恋愛をしてきた。そんな彼女が困っているという事は私が見捨てたら自殺でもしてしまいそうで。怖かった。


「ごめん、私が先生を好きな訳でもないし、貴方と同じ心を持てるわけでも無いからどうしてあげることもできない。話を聞くだけならできるよ。」


女性ならきっと話をするだけで少しは気持ちがリラックスできるはず。彼女は話を聞いてもらうだけでスッキリしてきたはずだ。確か。


私はここ最近、枕に頭を埋める時間が長くなっていた。




彼女に初めておかしな事を言われたのは中学3年の冬だっただろうか。


あたしは彼と上手くいってなくて、日常かのように喧嘩をしていた。


彼女は知っていた。


人は傷ついている時に優しくされると気持ちが変化しやすいことも、あたしが別に彼を嫌いになったわけでもないことも。


ある日、彼女はあたしを避けていた。あたしは正直嫌われているのかと思っていた。でも、それはそれで良かったのかもしれない。


その事実は思っていたのと違った。何ヶ月かぶりに彼女からはメールが来た。


「何で彼氏がいたら友達なんか要らないって言ったの。」


彼女が起こっていたのは事実だったが、嫌っている訳ではなかったのだ。


「あなたを大切にしない彼氏を優先順位あげちゃってどうするのさ。」


彼女はいつまでもあたしを心配していたのだ。あたしは正月の夜中に除夜の鐘を聞きながら泣いていた。


月はいつもより綺麗な白色だった。


「申し訳ないが、言葉を選ばないよ。」


彼女がその一言をメールで送ってきたときから、時計の歯車は狂っていった。


「最低な彼氏と別れて、自分と付き合ってくれないか。あんな奴よりかはあなたを大切にできるし、幸せにできる。絶対する。」


彼女の考えている事が全くわからなかった。あたしは彼が大好きだ。


なぜ別れなければいけないのだ。自分勝手な人だったとは、少し残念に思った。


「ごめん。別れる気はないから。」


あたしは言葉を選ばず、一番言葉を一直線に伝えられるようにした。


それなのに彼女はこんなことをメールしてきた。


「自分勝手な事言ってごめん。返信してくれてありがとう。」


「幸せそうで良かった。」


彼女はあたしのことを一番知っているのだろう。あたしがいつも心配をかけまいと喧嘩をしている以外の事を伝えないから、あえてこんな形で聞いてきたのか。


…あたしの考察は違った。彼女は半分本気だった。




コスモス


別れて1年弱たっただろうか。久しぶりに元彼女からメールが来た。


「お久しぶり。元気って聞く挨拶の代わりに、彼女できたの。」


彼女は平常運転だった。いったいどこまで面倒を見ようとしているだろうか。


僕は高校を卒業して、小さな会社で働いていた。今は生活をに慣れる事で精一杯だった。彼女なんか作る暇はない。彼女とは違うから。


「んなわけ無いやろ。そっちこそ恋人出来たの。」


僕は知っていた。彼女が性別関係なしに人を愛することを。


正直理解はできない。ただ、それなりの対応を自分なりに頑張ろうとは思ってた。


「できるわけ無いじゃん。一緒だね。」


馬鹿にしてきた。僕はちょっといらついた。ムキになっていたかもしれない。


久しぶりに彼女からメールが来るのは本当に心臓に悪いことだ。なんの目的かわからないから、僕は無駄に困惑しなければならない。


「僕は忙しいだけ。作ろうと思えば作れるし。」


「そうなんだ。いいな。私は叶わない恋をしてしまったから、ちと羨ましいわ。」


彼女が急に連絡をとろうとしていた理由は自分の恋愛話をしたかったからなのか。変わってないな、僕はどこか懐かしさを感じていた。


ところで、叶わぬ恋とは何なのか。


「実はさ、先生を好きになってしまったんだよね。」


申し訳ないが、僕は驚かない。彼女はいろんな伝説を持ってる。僕の前の彼氏は僕よりもずっと歳が上だったはずだ。確か僕より6つ上だった。


「そりゃ叶わないね。お疲れ様です。」


彼女は友達がいないのか。そもそも相談する相手を間違っている。


でも、結局それからかなりの時間、彼女の話に付き合わされた。


「あなたぐらいしか本音で話せる人がいないから、ありがと。」


彼女は僕にも気を使おうという気にはならないらしい。


「ま。スッキリしたなら良かった。」


彼女はきっと人一倍苦しむだろう。普通と言われる道とは違う道を歩もうとしている。


「最後に質問していい。」


「答えられることなら別にいいけど。」


「私のこと、一度でも好きでいてくれた?」


「もちろんだよ。好きだった。」


これから一生連絡を取らない約束をして、メールをやめた。




第五章 ルドベキア




自分は時々、性別を間違えて生まれて来たのではないかと思うときがある。自分は私じゃなくて僕なんじゃないかと。


でも、日に日にその考え方は無くなる。自分は僕でも私でもない。自分だ。


だから、女性らしい、男性らしい、と言う言葉を作ったこの世が憎くて悪くてたまらない。


自分という性別が選べる日は来ないだろうか。


アダムとイブが性別を知らなかったら。


この世はもう少し性別にとらわれない世界になっていただろうか。




第六章 フクジュソウ




彼女はいつでも悩んでいる。


私だってそうだ。


周りも少しずつ大人に近づき始めて、でもまだまだ子供だった時。


彼女には彼氏ができた。初めての彼氏だった。


クリスマス前の、小学校の卒業前。私は正直遊び半分だと思っていたし、周りの人だって、たかが小学生のすることは可愛い事だろうと思っていた。


結局のところ、キスなんて事はしなかった。


冷え込んでいたある日、彼女と私は二人で公園のベンチで話していた。


遊具は特になくて、誰もいない静かな公園に彼女の悩みは反響していた。


「付き合うってなんなんだろう。」


私は白く濁る息を合わせた手に吹きかけていた。


「手をつないで、ハグして、キスをするだけが付き合う理由なのかな。」


彼女は何を考えていたのだろうか。何があったのだろうか、私は何も知らない。


「確かにまだ小学生だし、ませてる感あると思うけど。」


私は最近好きな男の子に振られたのが悔しくて強くあたった。


彼女は悲しい笑顔を浮かべて言った。


「そうだよね。キス断ってよかった。まだ早いって思ってしまったんだよね。」


私は安堵と驚きの感情が一度に来た。キスしてないし、キスしてない。


彼女はいつから大人になったのか。まだまだ子供なのに。


静かな公園がより一層静かになる。ほろほろと雪が降ってきた。


彼女は手袋をつけたてをパンパン叩いていた。


「そうだよ。まだ小学生だよ。キスなんて大人になったらでいいよ。」


私は少し早口になりながら言った。


彼女はジャンプしながらベンチから立った。彼女はそのまま目の前の小さなグラウンドに走りに行った。


私は何を考えているのだろう。


彼女の走っている姿を見ながら、私が何を考えていたかはもう思い出せない。


ところで彼女が何故走っているかが気になった。


彼女は気分が落ち着いたのか、走るのをやめて私のところへ帰ってきた。


彼女がこちらをみてニコッと笑ったが、私は何か恐怖を感じた。




何度も遊んだ事がある3人なのに、祭りにいくのはこれが初めてだった。


隣街の祭りに行くために、あたし達はお洒落をした。浴衣着て、髪の毛を結って、化粧をした。


電車に揺られついたそこは人でごった返していた。


「あのさ、彼氏が来てるみたいでさ、あってきていいかな。」


もう一人の子がそう言ってどこかに行ってしまったので、あたしは彼女とで店を回ることにした。


「かき氷食べよ。」


彼女は暑そうに扇子を仰いでいたので、あたしは自分の携帯扇風機を当てた。


彼女は楽しそうに扇風機に向かって「あー。」と言っていた。


かき氷は趣味や性格を表しやすいと思う。


あたしはいちご味の練乳がけを買った。


「実はそれも食べたかったんだよね。いいな、美味しそうだな…いいなぁ。」


彼女は一口くれとも言わんばかりの目線を送ってくる。


「もう、しょうがないな。」


あたしは一口食べさせた。彼女はニタァと笑うと幸せそうな顔をしてかき氷を食べた。


「はいお礼。」


彼女はレモン味のかき氷を一口くれた。とても甘いレモンだった。


かき氷を堪能していた時にもう一人の子が帰って来たので、軽く軽食を取ることにした。


あたしたちが食事を取ってると、男性二人と女性一人の3人組が前で話していた。


「あたいの男だよ、とらないでぇ。」


「いや、俺の男だもんね。」


酔っているのか、3人組は大きな声で話しているものだから、こっちにまで丸聞こえだ。


彼女ともう一人の子が話し始めたのであたしは静かに聞いていた。


「あの女の人辛いだらうな。」


「ん、どうして。」


彼女は何か真剣にかんがえていた。


「だって、男の人、あれ同性愛者でしょ。叶わない愛って辛いでしょ。」


もう一人の子は鼻で笑ってポテトを食べながら言った。


「何言ってるの。あれふざけてるだけだよ。そもそもゲイとか気持ち悪いって。」


あたしは彼女が一瞬暗い顔をしたのを見逃さなかった。でも彼女はすぐに笑って、


「そうだよね。同性愛者とか気持ち悪いよね。」


そう言って、彼女もイカ焼きを食べる事に集中した。


軽食を食べおわって、花火もあっけなく終わって、あたし達は祭りの場を立ち去った。


駅に向かうと、もう一人の子の親が迎えに来ていた。


「じゃあ、またね。今日はありがと。」


もう一人の子は手を振ると、親のもとへ駆け足で向かっていった。


彼女とあたしは電車で地元へと帰った。電車の中で彼女は一言も話さなかった。


地元の駅から彼女の家のほうが近いのに、彼女はわざわざあたしの家までついてきてくれた。


帰り道、彼女があたしに聞いてきた。


「同性愛者って気持ち悪いかな。」


彼女はずっとこの事が引っかかっていたのか。あたしは素直に答えた。


「気持ち悪くないし、あたしはいいと思うよ。」


彼女はニコッと笑って、そっか、そうだよね、と言った。


あたしの家にやっとついた。


「今日はありがとね。また来年も3人で行けたらいいね。」


「来年の状況によるかな。」


彼女は数秒あたしを見つめるとニコッと笑った。少し顔が近かった気がするが、彼女は手を振って帰っていった。


彼女の後ろ姿はどこか悲しそうだった。




久しぶりに僕から彼女に話しかけたことがあった。


「男子がエロビデオを見る事についてどう思う。」


僕が彼女にそう聞くと、彼女は、は?とも言わんばかりの顔をしてきた。


案の定、彼女は「は?」と言ってきた。


「いや、純粋にどう思ってるか気になるだけだよ。」


彼女は凄く困惑していた。確かに僕も公共の公園のベンチでのんきに話すような内容ではないと思う。


「脳みその中、変態な事しかないの。変態要素以外何かないの。」


彼女はとっても失礼だ。僕がエロい事を考えていない日がないわけないじゃないか。


「目の前の滑り台してる女のコに触りたいとか思ってないから。触るのは成長されたぐらいが丁度いいから。君の以外触らないから。」


彼女は僕を無視した。頭おかしいんじゃないの、とオーラで伝えてきた。


僕は彼女が聞いてなくても続けて話した。


「じゃあそのエロビデオで、僕がレズものしか見ないって言ったら。」


彼女は目をこれ以上開かないというぐらい開いて僕を見てきた。困惑を超えると人間は目が限界まで開くらしい。


「何、なんて答えたらいいの。なんて答えてほしいの。」


「素直な感想と助言をください。」


彼女は何か考えている。考え込んでいる。


彼女は悩むときこんな顔をするのか。それにしても真剣だ。何こんな変な質問に真剣になっているのか、僕にはわからない。


数分ぐらい考えて、やっと彼女が答えた。


「あなたはどういう目的でレズビアンものの動画を見てるの。」


考え込んでそのこたえかよ。僕はこたえた。


「何かノンケのセックスって気持ち悪く感じてしまうっていうか。自分がするってなったら気持ち悪いとは思わないんだけど。」


彼女はうげっ、変態野郎め、と言ったがその後真面目な顔して言った。


「実はね、自分、バイセクシュアルなんだ。黙っててごめん。だから、あなたの気持ちが理解はできるし、自分にとって同性愛って普通だから何か思うとか思わないとか、何にもないかな。ただ、こんな公共の場でその話はやめよ。」


僕は驚いた。彼女はカミングアウトのタイミングを間違ってる気がする。


「確かに、そんな性別に関する事を話すなら、もう少し人のいないところで話すべきだったよ、ごめん。」


彼女は呆れていた。僕は一体何を間違ったのか。


「アホなの。エロとかエロとかエロとかの事。あの子に聞こえてたらどうするの。」


女のコのお母さんだろうか、大人がこちらを見てきた。不思議そうに睨みつけると女のコを連れて帰っていった。


僕は大きな勘違いをしていた。彼女は僕の話す内容について呆れてきたのか。


あっさりとカミングアウトしてきた彼女だが、思えば隣に両性愛者がいる。なんとも不思議な感覚になった。


「女性を好きになる気持ちって、男が女を見るのと変わらないの。」


僕は気になった事を彼女に質問した。彼女は親切に丁寧に答えてくれた。


「その辺の感覚は人によると思うけど、自分は半々かな。可愛いとか、胸がでかいとかも見るけど、自分の場合はその人の魅力に惹かれることが多いかも。行動とか、表情とか。」


ただ、彼女は男が女を見るときは、容姿しか見てないと思っている。それは大きな勘違いだ。そこも男の中で別れてくるポイントだ。


「てか、両性愛に抵抗ないんだ。」


彼女は僕に聞いてきたが、ここまでレズものを見てて抵抗があるとか言えない。そもそも抵抗はない。理解はしにくいが。


「僕は同性とかはよくわからないし、僕は女の人しか好きにならないけど、いてもいいとは思ってる。」


彼女は何故か声を出して笑い始めた。彼女のテンションにはついていけない。頭がおかしいのではないのか。


「上から目線に聞こえたけど、なんか真面目に考えてて、新しい一面が見れたかも。」


僕はそんなに真面目に見られてなかったのか。ショックを受けた。


ただ、自分の彼女が両性愛だろうと、彼女が好きなのには変わりはない。彼女がいてさえくれば、僕はそれで良かった。


僕は彼女に抱きついて、そっと好きだよと呟いた。


彼女は公園ということもあり少し抵抗していたが、諦めたのか、僕に抱きついてくれた。




第七章 赤いアネモネ




自分は愛してはいけない人を愛している。


この気持ちはどうしたらいいのだろう。いくら本を読んでも、いくらピアノを弾いても、この感情が無くなることはない。


自分は日記を書くことにした。全て本音で綴られている、自分の心の日記を書いた。


自分で読み返しても気持ち悪いと感じてしまった。自分の心は自分自身が許していない。


○月○日(晴れ)


今日は胸糞悪くなるぐらい本音を綴ろうと思う。


今日は脳みその中が性のことで溢れていた。自分のものにしたい欲は本当にどうしたらいいのだろうか。なぜ叶うわけのない感情を持ってしまったのか。


いっそうのことあの人にめちゃくちゃにおかしてほしい。自分の感情がなくなってしまうほど強く抱いて。


…先生は一生自分のものにできない。それくらいわかっている。キリをつけたいのは自分自身だ。


叶うなら、抱き合って、キスだってして、手をつないで、セックスだってしたい。


いつか、この思いは消えてくれないだろうか。


自分は男でも女でもないのに。




誰かに読まれては自分の居場所がなるなると思い、自分は奥深くに日記帳を隠して、日記を書くのをやめた。自分の思いは奥深くにしまった。


この気持ちは誰にも相談できないものだ。自分は一体何者かも自分自身がわかっていない。


きっと一生引きずっていくのだろう。




第八章 チョコレートコスモス





それは自分の誕生日に起きたことだった。


自分は傷つけた相手がいた。


自分の愛を求めていない、“フツウ”の人。


それは中学生の時の話。


自分はその人と距離を置いた。


その人は自分といる事を苦痛に感じるようになっていて、なんだか申し訳なくなった。


「暫く連絡は取らない。色々、ごめん。」


自分はそう言って、その人と距離を取った。


簡単に言えば、彼氏がいたその人を好きになっていた。


先も前も何も見えていない自分は、とにかくその人に思いを伝えていた。


相手の気持ちを考えずに。


案の定、彼女は自分と話すのが辛くなった。


当時は自分自身をかなり恨んだ。


何故、彼女を傷つけたんだ、と。


あの時まで、ずっと恨んでいた。


でもその人にとって、暫くは本当に暫くだった。


軽く二年が経った頃、自分の誕生日が来た。


ピンポーン、と言うチャイムと共に、フツウの人は現れた。


「ハッピーバースデー!」


自分は二年かけて、ようやく記憶を消し、前を向くようになっていた頃だった。


…来ないでほしかった。


だけど、こうなったのも自分のせいだから、と思った。


彼女が苦しいモノになったのは自分のせい。


そう思った。


「ありがとう、だけどね。」


自分は自分の思いを正直に伝えた。


「        。」


結局、その人は自分を苦手になった。


その次の年、自分はその人に誕生日プレゼントを用意した。


自分が貰ったから、返さないのはどうなのか、とか、真面目に考えていた。


忘れたくて、距離を置きたいなら、そんな事しなければいいのに。


なんて、今の自分は思う。


その人には合わずに、玄関の前にプレゼントを置き、自分は立ち去った。


もう、これで、本当に終わったんだ。


彼女と自分は、もう関わることはない。


そう考えていた、そう考えていた自分が甘かった。


snsは消し、メールは全てブロック。


もう連絡を取る手段は無い、これでもう。


その年も彼女は現れた。


「ハッピーバースデー!」


彼女が現れて、結局消した連絡先を戻す羽目になった。


その人は、自分と友達になりたいと言ってきた。


去年も言った。


「あいしてもいいの。」


自分は友達として接しれない事を伝えた。


フツウの人は機嫌を悪くした。


何で、友達になってくれないのか、と。


もう話しても無駄だと思った。


もうこれ以上、君のことを考えて苦しみたくないんだ。


そう思ったから、最後にもう一回。


「嫌なら、関わらないで。」


今回は強く呟いた。


お願いだから、自分の我儘を聞いてほしいんだ。


君を傷つけたくない、自分も傷つきたくない。


それが我儘なのは、重々わかってる。


だけど、だから、お願い。


彼女は、メッセージに既読を付けた後、返信することは無かった。

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