第拾七話 沙汰なき檻

 牢屋敷にたたき込まれたまま刻が流れた。

 容疑は『はまゆう』の女将・お浜殺しの一件だ。

 一馬が開店前の『はまゆう』でお浜と言い争っていたとの近隣の証言と懐からでてきた切り餅(二十五両)が根拠とされた。


 当初こそ厳しい取り調べを受けたが、その後は檻房に入れられたままなんの沙汰もなく放置となった。

 一馬は侍身分ではないので他の未決囚とおなじ雑居房の住人となった。


 ちなみに江戸時代の入牢じゅろうは刑罰(禁固刑)ではない。牢屋敷は現代の拘置所と同じく刑が確定するまでの代用監獄といった役割だ。


 同房のものは刑が決まって次々と屋敷からでてゆく。それに比べ、一馬はいつまでも留め置かれ放置された。いまは牢内にたった一人だ。これでは独房と変わらない。


(……おれは、はめられた)


 空しい後悔にほぞを噛む。

 公儀始末人こと日下乱蔵が一馬にとどめを刺さなかった理由がこれだ。

 お浜は父・徹山から公儀隠密――影に関するなにかを聞いていたのだろう。

 だから口を封じたのだ。そして、その嫌疑を一馬に振り向け公に罰することで自らの関与を消そうとした。


(作太郎はどうなったのだろう)


 殺されたのはお浜ひとりであることは役人の口から聞いた。作太郎は生きている。だが、その後の暮らしまではわからない。

 影が作太郎まで殺さなかったのは、せめてもの救いだ。もっとも五才の童子がなにを聞いたところで理解はできず、単に捨て置かれただけのことかもしれない。


 ――と、そのときだ、外鞘そとざや(内房に通じる入口の格子戸)の引き戸が開けられる音が響いてきた。

 食事の時間にはまだ早い。

 だれかがひっそりとした足音をたてて薄暗い通路を歩いてくる。

 一人だ。

 燭台の灯りに照らされ、そのものが姿を現した。


「お久しぶりでございます」


 仙石屋徳兵衛であった。




    第拾八話につづく

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