第弐話 碇草

「なんだ、さわさんか?」


 こぼれるような笑みを浮かべて一馬がいった。

 いわれたさわは頬を餅のように膨らませて裾を払う。


「なんだはないでしょ、なんだは」


 どうやら、さわは一馬の素振りに見とれていたようだ。空気を切り裂く木剣の唸りに吸い寄せられたのかもしれない。


 散乱した山菜や野草をさわは葛籠つづらにもどす。

 一馬もそれを手伝う。


「ん? これは」


 碇の形をした淡紫色の草がやけに多い。一馬は江戸育ちなので野草にはあまり詳しくない。


「これはね、碇草いかりそうっていうの。薬草の一種」


「薬草? どんな効能があるんだ?」


「そ……それは。もう、一馬さんてスケベイさんなんだから!」


「はあ?!」


 碇草は一種の強壮薬として知られている。どうやら歳ふりてあっちの役が衰えた旦那衆のために、さわは集めているようだ。


「一馬!」


 ふいに名前を呼ばれた。

 声の方を振り向くと鎧通よろいどおしを手にした父・徹山が厳しい顔でこちらをにらみつけている。


「父上……」


 よく見ると、父の背後に二人の男が立っていた。

 仙石屋徳兵衛せんごくやとくべえと番頭の嘉平かへえである。




   第参話につづく

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