第壱話 父の厳命
晩秋。
紅葉が舞い散る山中で懸命に木刀をふるう一人の剣士の姿があった。
寒河江一馬。
数えで十八。
総髪を後ろで結わえ、黙々と木刀を振り続けるその姿は凜然としてたくましい。
素振りの数もとうに五百を超えているにも関わらず、刃筋にいささかのぶれもない。
――毎日、千の素振りをせよ。一日も欠かしてはならぬ。
これは父・徹山の厳命であった。
寒河江徹山は
古来、戦場における剣術は長刀を必要としない。
体術を用いて相手を制し、鎧通しと呼ばれる短刀で素早くとどめを刺す術技こそが実用的であった。
太平の世にあって剣術は様式の美が尊ばれるようになった。剣は禅と同じような精神的宗教的な色彩を帯びるようになっていった。
それに厳然と異を唱えたのが寒河江徹山だ。
偏奇で狷介な性格も災いし、徹山は江戸剣壇を追われ一人息子の一馬を連れて漂白の旅にでた。
ちなみに一馬には母はいない。彼は徹山が娼婦に産ませた子であった。
ガサ……。
それはわずかな葉ずれの音であった。
だが、一馬の剣尖は宙でぴたりと止まり、音がした方向へと急角度で向いた。
「きゃあ!」
娘が驚いて尻もちをついた。
手に持った葛籠から山菜や野草がこぼれ落ち散乱する。
彼女は近在の百姓の娘で名を、さわといった。
一馬とは顔見知りの仲である。
第弐話につづく
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