魔物を釣るなら異世界で

フジ

序章

とある海の上で

「あっ――――――っつ………………」


完全に殺しに来てる殺人的な暑さの中、飯田いいだ水菜みずなは思わずそう呟いた。


黒く長い髪をした、ごく普通の少女といった風貌の水菜だが、彼女がいるのは、ごく普通の少女がいそうな、喫茶店でもアミューズメント施設でもない。


彼女がいるのは、どこまでも広がる、大海原のど真ん中である。


それも、乗っている船は煌びやかな豪華客船でも、荒ぶる海賊船でもない。ごく普通の、所々擦ったような跡がある、ボロボロの漁船、その甲板で、釣り竿を前に座っていた。


ちなみにその釣り竿はこの一時間全く動いていない。


「アインさん……待ってればその内釣れるとかなんとか言ってたけど……どんだけ待てばいいのよこれ」


深い、深いため息をつく水菜。


その時だった。


「!? いま動いた、絶対動いた!」


カタ、と音を鳴らす程度だったが、確かに釣り竿が動いた。と思った瞬間。、勢いよくリールが回転した。

慌てて竿をつかみ、リールを回す水菜。


だが、


「っ、おも!?」


想像の何倍も釣り糸を引く力が強い。リールが石のように固く、ずりずりと海の方へ身体が引きずられていく。


ここで逃がしてはこの一時間パアになる。下手したらまた一時間待つことだってあり得るかもしれない。それだけは絶対にいやだった。


「こ、んの。の、が、し、て……たまるかあああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


花の女子高校生に似つかわしくない、猛々しい雄叫びをあげ、思いっきり釣り竿を引っ張る。すると、引っ張られた釣り糸の先が、勢いよく海面から飛び出した。


鮮やかな青色をし、立派なトサカを持ったその生物は、空中で飛び跳ねるように、釣り糸に引っかかっていた。


「キタ、トサカマグロだ!」


上々な獲物に歓喜の声を上げる水菜。




の目の前に、突如として紫色のガ〇ラが現れた。




「…………………………へ?」


突然現れた、ゆうに十メートルを超えるその巨体に呆然としている水菜を置いて、そのガメ〇は、糸に引っかかったままのトサカマグロを一口でパクリと食べると、そのまま海へと戻ろうとする。


もちろん、釣り竿を持った水菜を引っ張る形で。


「ちょ、ちょいちょいちょいちょいちょいちょいちょっと、待って待って待ってえええええ!?」


ザピューンという効果音と共に飛んでいきそうになるのを必死に耐えながら、水菜は叫んだ。


甲板の端に足を引っかける形でなんとか耐えきっているが、正直身体が引き千切れそうだった。


「あ、アインさあああああん! 助けて、超助けてええええええええええええ!!」


釣り竿と甲板を結んで、身体が一直線になりながら、水菜は必死に助けを求める。


すると、操舵室の扉が勢いよく開かれ、中から水菜より少し年上といった風貌の青年が現れた。


「おーう水菜。ってうおっほ、ポイズンフェロナじゃねえか! なかなか上等なもん釣り上げたなおい!」

「いいから早く助けて! っていうかポイズン!? なに、毒持ってんのこいつ? ならなおさら早く助けてよ!」


もはや身体がギチギチ言いながら、っていうかなんで糸千切れないの? と真剣に考えている水菜の後ろで、突如床を蹴る音が鳴り響く。


その瞬間、彼、アインはすでに空にいた。


〇メラ改めポイズンフェロナの眼前で、青黒い靄を纏った右腕を振りかぶりながら、アインは叫ぶ。




「喜べえ! 今夜は鍋だあああああ!!!!」




そのまま、その右手でポイズンフェロナの顔面をぶん殴った。アインの拳が、冗談のようにポイズンフェロナの顔面にめり込み、これまた冗談のように吹っ飛ぶ。


その吹っ飛んだポイズンフェロナが咥えていた釣り糸の釣り竿を持っていた水菜は「え、嘘でしょ、ちょま」と言いながら、ザピューンと吹っ飛んでった。


「にははははは、今夜が楽しみだぜえ。ってあれ、ミズナ?」


華麗に甲板に着地したアインは、海にぷかぷかと浮かぶポイズンフェロナを眺めながら涎を垂らしていると、ふと、水菜の姿が消えていることに気が付いた。


「おっかしーな。どこいったあの野郎」


とっても摩訶不思議な現象に首を傾げていると、どこからともなく、「おーい!」と声が聞こえてきた。


声のする方、甲板の端から身体を乗り出して、船の真下を見ると、水菜が海の上に浮いていた。どうやら吹っ飛ぶ直前で竿を離したおかげで、ホームランボールのように遠くに吹っ飛ぶことだけは避けられたようだ。


そんな水菜を見て、アインは、


「なにやってんのお前」

「アンタが落としたんだよ! っていうか早く助けて! なんかぐにょぐにょした変なのが近づていくるんだけど!」

「なに! それはまさか揚げると最っ高美味しいメレンじゃーねえか!」

「いいから早く助けろこの野郎!」


そんな水菜の叫びを完璧にスルーし、白いクラゲみたいな生物を捕えにアレンが海へ飛び込んだ。


「あぁ、どうしてこんな目に…………」


地球の太平洋、ではなく、そこから遠く離れた地、


異世界〝ラメール〟で、水菜は涙目で嘆いた。

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