第146話:付与魔法使いは凍りつく
俺たちも後をついていく。
ガチャリ。
寝室には、ベッドが二台。奥のベッドには点滴に繋がれた金髪の女性が横たわっていた。この人がニーナたちの母だろう。
『魔風症』に罹ると昏睡状態になり、眠ったままでは食事すらもできない。こうして外部から栄養を補給するほかなかったのだろう。しかし、命は繋がっていても体調は芳しくなさそうだ。寝たきりだったことで筋肉量が落ちているのか、かなりげっそりしてしまっている。
眠っているので会話できない状態なのだが、苦悶の表情からは言葉にせずとも魔風症により苦しみ続けていることが伝わってくる。
「リザリー、ニーナとマリアが王都から薬を持ち帰ってくれたんだ。もう少しの辛抱だ」
ニーナたちの母の名前は、リザリーというらしい。
ハリーさんは眠ったままのリザリーさんに声を掛けながら、点滴の針を取り外す。そして、ニーナたちが王都で入手した薬入りの注射器を準備。この薬は、『魔風症』の根本原因である細胞内に残存する魔物の魔力を中和する作用がある。
「チクッとするぞ」
真っ白な腕から薬が注入されていく。
この薬はすぐに効き目が現れるらしい。そのため、打ってから数分で目を覚ますはず……と誰もが思っていた。
しかし——
「ど、どういうことだ⁉︎ どうして目を覚さないのだ⁉︎」
どういうわけか、リザリーさんは目を覚さなかった。薬の効果を信じていたハリーさんは状況が飲み込めず、オロオロしてしまっている。
これは、俺も想定外だった。
『魔風症』の原因は、突発的に大きな魔力を浴びたことにより、体内で中和あるいは排出されるべき魔力が細胞に留まってしまうことにある。人体は自己魔力を消費して排出を試みるが、エネルギー不足に陥ったことで省エネのために眠ってしまうという仕組み。
だから、根本原因である魔物の魔力が消えれば自然に目を覚ますはず。薬効には個人差があるとしても、何の反応も見られないのはおかしい。
「アルス、いったい……?」
「俺にもわからない」
セリアの困惑にも答えることができない。
さっきまでの楽観ムードから一転。寝室の空気は凍りついていた。
「……考えられる原因は二つじゃ」
沈黙を破ったのは、険しい表情をした長老のソフィアだった。
「その一、ニーナたちが持ち帰った薬が偽物だった……ということじゃ」
「そ、そんな!」
「私たちはわざわざ王都まで行って、偽物を掴まされた? う、嘘でしょ……」
ニーナとマリアはその場に崩れ、頭を抱えた。
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