第41話:付与魔法使いは付与魔法を正しく使う

闇商人の元締めたちを衛兵に突き出した後、俺たちはユキナを連れて宿に戻った。


「さすがに三人となると、ちょっと手狭に感じるな」


 もともとここはセリアが一人で借りていた部屋。


 ベッドがひとつしかないこの部屋に俺が転がり込み二人で過ごすようになった。


 シルフィは小さいので無視できるとして、二人でギリギリだったところにユキナも加わるとなるとさすがにもう少し広い部屋が欲しくなる。


「そろそろ別の部屋を借りたほうが良いかもしれませんね」


「そうだな」


 ユキナが新たにパーティに加わることがなかったとしても新しい部屋を借りるべきではあったのだが、武器の新調を優先してお金を使い果たしてしまった。


 結果としては新しい武器のおかげで早期に資金に余裕がある状態に持ってくることができたのだが、今日の一晩はこの部屋に泊まるしかない。


 まあ、俺としては雨風を凌げるちゃんとした部屋で過ごせるのであれば、一晩くらいなら何の不満もない。


「おっと、そうだ。報酬の分配をしておかなくちゃな」


 俺はアイテムスロットに収納しておいた今日の報酬を取り出した。


 今日の報酬は、総額で十五万ジュエル。


 魔物の素材を丸ごと持ち帰れなかったのでやや少なめだが、さすがにDランク依頼でも高難易度のものとなると依頼報酬だけでもそれなりの金額になるらしい。


 もっとも、一人前の冒険者と言われるのはCランク以上の冒険者だから、冒険者の稼ぎとしてはまだ少ない方なのかもしれない。


 とはいえ、俺たちのパーティ『インフィニティ』の人数を考えれば一人当たりの収入は十分に高いと言えるだろう。


「どうしたのですか?」


 俺が今日の報酬である十五万ジュエルを眺めていると、セリアが尋ねてきた。


「パーティメンバーの数が増えてくると、報酬の分配についてもちゃんと決めておかなくちゃいけないと思ってな」


「あ〜、確かに……そうですね!」


 これまでは俺とセリアと二人だけのパーティだったのであまり深く考えていなかったが、金銭面はトラブルの元になる。


「普通は依頼ごとの貢献度に応じて分配するものよね?」


「そうなんだが……貢献度って基準が難しいんだよな」


 魔物に与えたダメージ量を基準にするならアタッカーだけが有利になってしまう。


 誰の目にも触れないところでパーティを支えていることだって大いにあるのだ。


 それに、これから更にメンバーが増えた際にすぐには活躍できない人材もいるかもしれない。


 その時に貢献していないから報酬はなし……としてしまうと育たなくなってしまう。


 なるべく公平かつ優れた仕組みにするには——


「まずはパーティの取り分を一割引いて、残ったものを均等に人数で分けることにしよう」


「パーティの取り分……ですか?」


「ああ。報酬の一部を誰でもなく、パーティが持つんだ。諸々の経費はここから出せば手間が少ないし、フレキシブルに使いやすい」


 育てる必要がある人材がいるのなら、パーティに貯めた分から支出するということもできる。


 複雑にならずかつなるべく公平感がある設計になったのではなかろうか。


 ——と、思ったのだが。


「それだとアルスが損してない?」


「そうですよ! アルスが一番活躍してるのに均等にするのはなんか悪いです……」


 なぜか、二人から猛反対を受けてしまった。


 とはいえ、俺が現時点で多少の損になることは承知の上の設計である。


「そう思うなら、二人が強くなって平等になるように成長してくれ。俺はこれで何の問題もないと思ってる」


 そう、現時点では俺がパーティ内で突出して強いので均等分配にすると不平等感が生まれてしまうが、セリアとユキナが成長して戦力が拮抗するようになりさえすれば問題は解決するのだ。


「なるほど、アルスからのメッセージってわけね」


「そういう言い方をされたら頑張るしかなくなっちゃいます……!」


 なお、均等分配にしたとしても手取りとしては勇者パーティ時代よりかなり多いので、本当に不満はない。これをモチベーションに二人が頑張ってくれるなら一石二鳥ってところだ。


 ◇


 約束の割合で今日の報酬を分配した後、三人で食堂へ向かった。


 シルフィは俺たち以外の人間がいる場所では精霊界に隠れてしまうため、一緒には食べられない。持ち帰りもできるので、何かお土産を持って帰るとしよう。


 人間のように食べ物から栄養を摂る必要はないらしいが、気持ちの問題である。


「アルス、今日は何を食べますか? って、あれ?」


 食堂の前に着くなり、セリアが不思議そうな顔を浮かべた。

「どうしたの? え、営業終了⁉︎」


 『食材不足のため、今日の営業を終了します』と書かれた紙が扉に貼られていた。


「え、でもまだ十八時ですよね⁉︎」


「……まあ、仕方ない。たまにはこういうこともあるんだろう」


 夕食を食べられないのは残念だが、ご飯を食べられる店はここだけというわけではない。


「どこか他の店に……おっと」


 言っていると、店内から扉が開いた。


「おお、アルスさん方でしたか。いやあ、ご不便おかけしますな」


 この前、冒険者に絡まれていた責任者のコックが出てくるなり、頭を下げた。同時に、店内からのツンとした強烈な腐敗臭が鼻をついた。


「……何かあったのか?」


「実は在庫の食材が急に全て腐ってしまったんですわ」


「腐った……?」


「ええ、普通はありえないんですが……肉も野菜も全部ダメになっちまって。他所も大変なことになってるみたいで今日の午後から騒ぎになっているんですわ」


 俺たちはさっき村に戻ってきたばかりだったので騒ぎになっていることには気づかなかったが、どうやらそうだったらしい。


「ちょっと見せてもらっても良いか?」


「ええ、構いませんが……」


 誰もいない店内をコックに誘導で進んでいき、貯蔵庫に着いた。


 貯蔵庫はかなり広く、冷凍と冷蔵と常温に分けられており、普段からしっかりと管理されていることが伝わってくる。


 しかし、常温の保管場所はもちろん冷凍と冷蔵も全ての食材が朽ち果てていた。


「酷いな。今日腐ったってレベルの腐敗じゃないぞ……」


 例えば、冷凍されていた牛肉。


 普通『腐っている』と言われてイメージするのは少し茶色く変色している程度のものだが、目の前には黒く変色した物体があった。


 ざっと、一週間分の食料が全て無駄になってしまったといったところか。


「この通り、どうしようもないですわ。明日には緊急で隣の村から届いた食料が配給されるらしいんで、お客さんが飢えて死ぬことはないと思うんですが……はあ」


 一食くらい食べなくても死ぬことはないが、それ以上に大量の食材の腐った姿を目にするのは精神的に堪えた。これはセリアとユキナの二人も同じだったようで。


「こ、これ全部捨てなきゃいけないんですよね……?」


「そりゃそうでしょ……もったいないけど」


 と、残念そうに腐敗した食料を眺めていた。


「……まあ、でも必ずしも捨てなきゃいけないわけじゃないぞ」


「え?」


「どういうこと?」


 セリアとユキナが俺の方を見た。


「少なくとも昼までは新鮮な状態だったんだから——」


 と言いながら、『リペア』を使用する。


 すると、一瞬のうちに腐った肉塊の一つが新鮮な赤い肉へと戻った。


「す、すごいです……!」


「こんなこともできるの⁉︎」


 そういえば、ユキナには付与魔法を応用したところを見せたのは初めてだったか。


「まあ、これが付与魔法の本来の使い方だ」


「聞いたことないけど⁉︎」


 と、そんなことはともかく。


 リペア、リペア、リペア、リペア、リペア、リペア、リペア、リペア、リペア、リペア——


 と繰り返すこと約十分。


「おおおお……‼︎ なんと! す、全ての食材が元通りに……‼︎」


 コックは感銘を受けたようだった。


 ついでに腐敗臭に関しても『リペア』で元の状態に戻すことで消臭処理が済んでいる。


「いやはや、なんとお礼をすれば良いか……」


「なら、何か美味いものを食わせてくれると助かる……」


 急激な脱力感を覚えた俺は、フラっとしてしまう。


「だ、大丈夫ですか⁉︎」


 セリアに支えられながら、膝をついてしまう。


「魔力が底をついたんだ。食べて休めば明日には戻るから心配しないでくれ」


 さすがにこれだけの回数の付与魔法を繰り返すと魔力の消耗が激しい。


「アルスさん、回復の助けになりそうな美味い料理を準備しますんで!」


 コックは調理場に復活した食材を持っていき、すぐに料理を始めたのだった。


 それから、俺たち以外誰もいない食堂のスペースで待つこと数十分後。


「お待たせしました! ゆっくり召し上がってください」


「おお、早いな。ありがとう」


 魔力の回復に役立ちそうな肉料理や魚料理を中心に、色とりどりの新鮮な野菜をふんだんに使った特別料理がテーブルの上に並べられた。


「美味い!」


 一仕事終えて腹が減っているのもあるが、いつも以上に美味しく感じる。


 無理してでも直して良かった。


 こうして夕食を予定通り(?)終え、シルフィのお土産を確保した俺たちは食堂を後にしたのだった。

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